第12話 危険な双子にご用心(1)

 いつの間にか空は淡い黄緑色に染まっていた。緑色は目に優しいというけど、見慣れると茜色の夕焼けよりも落ち着いて目に映る。意外といいものだと、初めてこの世界に肯定的な意見を抱く。

トーヴは相変わらず俺の肩の上で呑気に眠っていた。どんな生態かよく分からないけど、まぁ大人しいものだな。

 道中、打海うつみから説明を受けた俺はしかし、どうにも何かが引っ掛かっていた。「今日はここで野宿ですかー?」と能天気にほざいている彼に生返事をし、少し考え込む。少々長すぎる時間をかけて、その正体にやっと気付いた。


ーーこいつ、俺と出会う前の情報を何処で仕入れたんだ?


 亀まがいとグリフォンを従えた、と言う情報は、役職持ちの情報が共有されている世界だと考えれば不思議はない。空から降ってきた、というのも、まぁ目に入っていたとしてもおかしくない。でも、戦争反対発言とか、見返りなしで戦闘に突っ込んでいったとか、そういうのは情報として流れるものなのか?

 少なくとも、昨夜別れて昼に助けてもらうまでの間に、羊元ようもとのところから赤の城まで引き返すのは難しい。俺は確かに迷ったけど、慣れた奴だからといって、あんなに小さく見えた屋根のところに辿り着くのに半日かけないなんて絶対に無理だ。

 つまり、昨晩会った時点で、彼はそれらの情報を持っていたことになる。

 もともと食えないやつだとは思っていたけど、ここまでくると流石に警戒心が生まれる。恩を仇で返すなと言うけれど、助けてもらったからと言って油断はできない。提供だか何だか知らないけど、そこまで情報を持っているんだ。俺がこの世界のルールに疎いことも筒抜けだろう。いくらでも間違った情報を刷り込める。厳しいことを言うなら、彼が本当に従属しているかさえ怪しいんだ。

「打海」と呼びかけると、彼は屈託ない笑顔で振り返った。疑ってかかってるから胡散臭く見えるが、純粋に見れば油断しきった顔である。

「なんで、俺にそんなに詳しいんだ?」

 当然の不安だ。初対面だと思った人がいきなり自分の事を詳しく知っていたら、芸能人とかじゃない限りどうしても警戒する。少なくとも、それでへらへらと笑っていられるほどプライバシーは公開しているつもりはない。

 しかし、打海は不思議な顔をした後、なぜか悲しそうな顔をした。一部を除く一般人の俺には、人を傷つけることに免疫がない。だからものすっごく焦った。なんで?俺そんな酷いことは言ってないだろ?

 打海の憂いは一瞬だった。元の笑顔に戻ると、両人差し指を頬に付け、明らかなぶりっこポーズを決めてみせる。

「にゃー?アリスに関する情報収集において、チェシャ猫の右に出る存在なんていませんて」

「ストーカーか。あとキモいからそれやめろ」

 にゃははっと笑って、手を下す。気のせいだったみたいだ、うん。こんなやつが傷付くことなんてきっとない。

 そう思って、俺は草むらに横たわった。


∴∵∴∵∴


 深夜遅く、楽しげな声が聞こえてきた。少し高めの男の声だが、打海の声とは少し違う。目を擦って身を起こすと、すでに起き上がって声のする方を見ている打海がいた。やはり笑ってなどいなく、むしろ警戒しているように映った。トーヴまで、俺の傍を離れて同じ方を毛を逆立てて見つめている。

「・・・どうしたんだ?」

「主、すいませんが、しばらく黙っていてください」

 何事だ?体勢を低くして、低い木々に隠れる様は、本当に猫のようだ。本当に気が抜けないのか、こちらを見もしない。

 俺は外していた眼鏡をかけて、こっそりと動く。しゃべるなとは言われたが、動くなとは言われてない。

 トーヴに気を付けながら打海の隣に行っても、彼はピクリとも動かなかった。気付いていないことはないと思うけど、本当に一体何事なんだか。彼の視線を追うと、一人の人が見えた。が、暗がりで誰だか判別できない。分かるのは、男だってことだけだ。それも視覚情報ではなく、聴覚情報だし。

 チェシャ猫もやはり猫らしい。奥にいる彼らの姿が見えているようで、人影の一挙一動に瞳が敏感に動いている。すごいな。そう感心するも、俺には出来なさすぎる芸当だったので、耳を澄ますことにした。

「赤の城にアリスが来たんだって。・・・。そうそう。・・・。きっとそうだよ!」

 携帯でも使ってるのか?セリフの間に妙な間がある。誰かと一緒なのか?もう一人の声が聞こえないけど・・・


「やっほう!久しぶりだね、チェシャ猫」


 いきなり背後から声を掛けられた。驚いて思わず声を上げてしまった俺を、直ちに打海が突き飛ばし、相手に向かって足払いをかける。が、相手は遊ぶかのように軽くジャンプをしてかわした。しかし打海の攻撃には続きがあり、そのまま地面に手を突くと身を翻し、足払いを仕掛けた脚を高く回して相手を蹴り飛ばす。流石にこれはかわせなくて、声をかけた相手に見事にヒットした。

 ・・・なんというか、すげぇ運動神経だな。ってか、これはまだ運動神経の範囲に入る芸当なのか?

 離れた地面に身を打ちつけた相手を見ると、ショートカットのため気付かなかったが、それは女の子だった。黄色と白の目覚ましいボーダーにサスペンダー付きの、これまた派手な赤い短パンを履いている。女の子の服装には詳しくないから申し訳ないけど、かぼちゃパンツみたいな形のズボンで、太腿の半分くらいまでしか隠されていない脚は、目がチカチカする紅白模様のハイソックスに包まれている。大丈夫かと声をかけようとした時点で、ハッとなる。俺は、彼女を見たことがある。

「わー!チェシャ猫だ、久しぶり」

 先ほど聞いていたのとと同じ声だった。振り返ると、そこには一人の少年が立っている。先ほどの女の子とほとんど同じ服装で、七分丈というズボンの丈だけが異なっている。彼は赤色のベレー帽をかぶっていたが、女の子の方も蹴られたときに脱げただけのようだ。そしてやはり、彼にも見おぼえがあった。

 鷲尾わしお宝亀ほうきのところまで案内してもらっていた時に見た、あのバカップルだ。そこそこ前の事なのに、今でも傷だらけの兵士と風に舞う粉末状の紫の血の中で、たのしそうに話していた姿が鮮明に思い出せる。

 打海は警戒する様子を隠す気もないらしい。かなり引き攣った笑顔で、剣呑な雰囲気をまとったまま尋ねた。

「・・・何しに来たんでしょ?」

 すると彼とは打って変わって、異様にラフな雰囲気で少年が笑った。

「やだなぁ!今は夜だよ?休戦協定休戦協定」

「休戦協定は赤と白だけの決まりっしょ?おいらたちに適用される保証はないね」

 そうだったのか!言われてみれば、逆の理由で服部はっとりが打海を銃で撃っていたような…今まで完全に油断してたよ。ってか、鷲尾も宝亀も大丈夫だって言ってたぞ?

「言われてみればそうだね」

 効果音としては「にこり」のほうが似合う笑顔なのに、雰囲気的には「にやり」のほうが妥当な気がする。悪寒が走るような、うすら寒い笑顔だ。同時に殺されるんじゃないかと言う恐怖に襲われる。現代日本を平凡に生きている上ではなかなか体験することのない、「殺気」と言うやつだろう。出る水分があれば、完全に漏らしていたところだった。

 そんな彼を制止したのは、意外にも、先ほど蹴り飛ばされた少女だった。

「だめだよ、カズキ。戦闘の音がうるさいからって話でしょ?音が出るなら無所属だって攻撃できないよ」

 すっげぇ判断基準。でも彼女のおかげで解った。男の名前はカズキというらしい。怒られたカズキは、今度こそ愛嬌のある笑顔を彼女に向ける。

「嫌だなぁ!怒らないでよ、カズキ」


 ・・・は?


 思わず少女に目を向ける。が、彼女は平然とした顔をしていた。カズキと呼ばれても違和感はないようだ。一体どういうことなんだ?そんな混乱で恐怖も忘れ、

「え、お前ら・・・」と零すと、打海が慌てた様子で

「主、それは・・・」と言いかけて、自分の口を塞いだ。

 ほぼ同時に、二人組の視線が打海に集まる。確かにそれは不思議な動作だったが、そんなにマジマジと見るようなものじゃないだろう。

 すると今度は、同じタイミングで俺の方に振り返った。驚いているような大きな目と、毒々しくニヤけた口が不気味さを放つ。ちょっと前の俺だったら、間違いなく腰を抜かしていたと思われたほど、激しい恐怖が全身を駆け抜けた。

「へぇ・・・」と怪しく呟いた後、まるで別人格のように晴れやかな笑顔で二人同時に俺の手を握ってきた。女の子に握られるのはうれしいけど、男に握られても、それこそさぶいぼが立つレベルにおぞましい。

「こんにちはっ!あなた、アリスなのね?」「こんにちは、君、アリスなんだね?」

 双子が同時にしゃべることを「ステレオ」とよく喩えるけれど、今のはただの雑音だった。全く同じセリフじゃないとステレオにはならないんだな・・・

 まごまごしていると、奥にいる打海が不安そうに見てきているのが目に入った。彼の不安も解るが、要は彼らを怒らせなければいいだけだ。今は「オール」ではなく「卵」を持っているわけだから、彼らの能力も無効化できるはずだ。そこまで神経質になることもないだろう。

 俺がすぐに返事をしなかったのが悪いらしい。そしてこいつらはじっとしているのが苦手なタイプだった。

「えい」「やあ」

「うわぁ!」

 二人同時に、片手ずつで俺の胸部を触ってきた。女の子がこの行為をどれだけ恐怖するのか解らないけど、男だっていきなりやられたら飛び上がるくらいにはびっくりする。

 二人の手を振り払って、思わず胸を手で押さえた。

「何すんだよっ!」

 俺の胸を触った手を、払われたそのままの形で揃ってわきわきと動かした。

「いや・・・」「ねぇ?」「だって」「ほわぁ」

「「本当に女の子じゃないんだね!」」

 こいつら超失礼だ。ってか男の方、お前もし俺が女の子だったらどうすんだよ、痴漢だぞ痴漢!ってか女の子だって下手したら痴女にされるぞ!

 はぁ・・・とため息をついてから少し考える。この場合、俺はアリスだって言っていいのか?なんでかもうバレてるっぽいけど・・・

 確認を取ろうと打海を見ると、彼は全く動かない。ただひたすらに、二人を警戒している。なんなんだ?この二人・・・

 自己判断した結果、すぐに教えるのは危険だと言う結論に至った。が、しらばっくれるのは危険だ。だったら、残る手立ては一つだ。

「どうしてそう思った?」

「チェシャ猫が言ったから」「うつみんが言ったから」

 誰だよ「うつみん」って。いや、解るけどさ。何故それだけで解るんだ?そう聞く前に、少年の方が少女に話しかけた。

「っていうか、このことを聞く時点でアリス決定だよね、カズキ」

「そうだよね、この世界に人なら、非能力者だって知ってる常識だものね、カズキ」

 そうなのか・・・。俺の頭脳フル回転は常識と言う一言に一蹴されてしまった。この世界の常識はまだまだ把握できていないようだ。

 しかしただではこちらが損だ。もはや開き直ってしまうとしよう。

「ああ、そうだ。俺はアリスだよ。ってかお前ら何なの?お互いカズキカズキって」

「「だってカズキだもん」」

 は?

 その感情は、かなり分かりやすく表に出ていたようだ。少女の方がくるりと回転して言う。

「あたしの名前は、シガカズキ」

 言い終わると、今度は少年が同じように回転して言った。

「僕の名前はシガカズキ」

 ・・・わからない。いや、もしかして・・・

「同姓同名ってことか?」

 正直確認なんて取らなくたってそうだろう。だが、女の子の方が首をかしげた。

「同姓同名?」

「音だけならそうだけど、文字にしたら違うね」

 そう言って、少年はしゃがみこんで地面に文字を書く。その隣に、少女が同じように文字を書いた。書かれたのは二種類の「シガカズキ」の名前。それぞれが書いた文字を指差して、彼らは再び自己紹介をしてくれた。


「あたしの名前は四賀しが和希かずき

「僕の名前は志賀しが和樹かずき


 確かに違う。厳密に言えば確かに違う。でも、これくらい同姓同名って言っていいじゃないかっ!

 はぁとため息をついてから、すこし考える。こいつら、普通に話している限りは、特に危ない感じはしないんだよな・・・?確かにあの時の光景を忘れたわけじゃないし、そういう凶暴性も持ち合わせているのは間違いないとは思う。でも、鷲尾や打海の警戒の仕方は多少異常なんだよな。

 黙りこくった俺を、しばらくじっと見ていた二人が、バラバラに動き出した。和樹の方は俺から少し離れて、ポケットから何かを取り出している。何を取り出したのかは見えない。和希の方は逆に俺に近づいてきて、下からずいと覗き込んできた。

「ねぇ、アリス?」

 鼻先が付かんばかりの距離に、現実世界では見たことのないような綺麗な色の瞳が迫っている。彼氏が居る前で、他の男とこの距離まで近づくのは如何なものかと・・・

「白の城に来ない?」

「は?」

 思わず間抜けな声が出た。仕方ないだろ?俺が城を目指していることを知っているのは、鷲尾や宝亀、せめて打海が限界だろう。そうなると答えは一つ。

 そう、赤の王族と同じことを、白の王族が考えているということだ。

 警戒しているのを悟ったのだろう。和希は満面の笑みで、引き寄せるように俺の首に両手を掛けてきた。流石にこんなことをされたことがないので、鼓動が自然と速くなった。

「別に王族に会ってとは言わないよ?白の城に遊びにおいでよってお誘いだから」

 近付く彼女の顔から、なんとか視線を逸らす。と、和樹がさっき取り出したものが分かった。

 サバイバルナイフだ。

 途端に背筋が凍った。彼の前には打海がいる。彼女達は何も言ってない。が、間違いない。打海が人質だ。彼が先ほどから動かないのも、それを警戒しているからだろう。

「・・・これは、脅しじゃないのかな?」

「え?なんのこと?」

 和希はこちらをずっと見ている。和樹が取り出した刃物に気付いていないのか?


彼女のためなら何でもするとか?

そんなの献身的すぎるだろ。

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