第11話 白ウサギの恩返し(3)

「もしかして、従属関係についてご存知でないとか・・?」

 俺が黙りこくってしまったせいだろう。心配そうに雪坂が覗き込んできた。相変わらずどいつもこいつも距離感がおかしいけど、美少女となら悪くもないな。

 けれどもそれでも恥ずかしさとは別物だ。女子との付き合いの浅い俺は、堪らず視線をそらす。

「い、いや・・・その辺の説明は鷲尾わしお・・・じゃなくて、グリフォンから・・・」

「ああ・・・」「グリフォンはねぇ」

 ・・・?

「え?何かまずいことが?」

「グリフォンは先代まで、誰にも仕えた経験がなかったのですよ。その先代も赤に脅されて従属し、亀まがいの場所を教えなかったことで即座に殺されてしまったので、カウントしていいものかわかりませんが…」

 そういえばそんなこと、羊元ようもとが言ってたっけ。詳細はともかく、珍しいとまでは言っていた気がする。でも社会的システムなら知っててもいいんじゃないか?

 打海が快活な笑顔をこちらに向けてくる。

「例えば、『従属相手に主人側は何も出来ない』みたいなこと、言われてませんか?」

「いや、『罰を与えられる』ってちゃんと聞いた」

 何処にも変な要素もないし、聞き間違えたことないと思う。覚え違いもないはず。なんだけれど、雪坂にはため息をつかれ、打海には苦笑いをされた。え、何か違うのか?

 自覚できるくらいに挙動不審に動いていると、打海が教えてくれる。

「厳密に言うと、『賞罰』と『制約』を与えられるんですよ」

 打海が俺と自分を交互に指差しながらしてくれた説明を、簡単にまとめるとこうだ。


 動きに応じて、制約を増やしたり減らしたりすることができる。それも従属関係の一種だという。

 従属する際に、ある程度の制約を従う側につけられる。従属した相手…分かりやすく主人としようか。主人に危害を与えてはいけないというのは最低限の制約だ。俺は誰ともそういうのを作ってないので、ここでは雪坂を例に出そう。

 彼女の場合、「時間厳守」、「制服着用」等の「制約」が付いているらしい。そして宰相としての仕事が評価された「賞与」として、「自由外出許可」が与えられたという。

「要は束縛か」

「にゃははっ、そう言っちゃうとわがままっぽいけどね」

「その制約に関して、これは制約にしちゃいけないとか言うような…その、禁止事項とかはあるのか?」

 聞いた後、あるに決まってんじゃんと思い、思わず赤面した。が、雪坂が淡々と答えてくれる。

「ありません」

 ほらやっぱり決まって・・・ない?今ないって言ったのか?

 驚いた顔から察したのだろう、雪坂が感情のない目を向けてくる。

「はい。赤の女王の制約として『白の兵士を一日一人殺してこい』と言われれば、従属している私は守らなければなりません」

「主から『主を殺すこと』と制約されれば、殺さなければならないんですよ。たとえ最低限の制約があったとしても、ね」

 雪坂の言葉を受けた打海が、皮肉気な顔で笑った。笑い事じゃないだろ?お前らは「従属」しちゃってるんだぞ?話を聞くにいつでもいくつでもそれは増やせるんだろ??だったら何時そんな制約が来るか解らないのに、そんな他人事な・・・

「こ、断れるんだよな?」

 そうだ。そうじゃなきゃおかしい。こいつらは殺したくもない相手を殺さなきゃいけなくなるんだぞ?しかも従属相手が決まってる、打海みたいなやつもいる。人権とか、そういうのがないだろ。

「いいえ。制約を破ることは、一方的な従属破棄であり、『罰』が与えられます」

「罰って…死にはしないよな?」

「罰は罰です。自害を命じられれば、意思に関係なく決行されますよ」

 言った雪坂は、表情一つ変えなかった。悲しそうな顔もしない。打海を見ても、平然と笑っている。

この世界は、やっぱりおかしい。

 背筋が凍る思いってのは、きっとこういうことを言うんだ。


 ・・・待てよ?


「待ってくれ。それじゃあ『制約』じゃなくて『命令』だろ?逆らえない命令を出せるのは王族だけじゃ・・・」

「王族の能力は多少の差はあれ、『誰にでも命令できる』という点です。従属相手にしか命令できないのとは格が違います」

 なんてことだ。思わず座り込んでしまった。肩に乗っていたトーヴだけが、「ヴ?」と心配そうに覗き込んでくれる。

 救われない。鷲尾と宝亀ほうきは本当に俺なんかに従属しちゃって良かったのかよ?こういうこと知らないんだろ?確かに俺はひどい命令なんか出さないけど・・・

 茫然と固まってしまった俺を見ずに、打海が黄色い綺麗な空を見て、平然と吐く。

「ま、王族が非能力者や能力者を『命令』で『従属』させ、『制約』で縛り付けてるってのが、今のこの世界だし?」

 なんて悪政。政治とか国とか、そんなことわからない俺でもそうだと感じた。宝亀たちが逃げ回っていた理由も解る。従属は重複できないと言うから、もう安心なのかも知れないけれど・・・

 ふいに、けたたましいベルの音が鳴り響いた。避難訓練の警報機の音みたいだ。

「な、なんだ?」ときょろきょろする。すると雪坂がいきなり向きを変えた。

「会議開始五分前の合図です。失礼しますね!」

 そう言って彼女が向かうのは、先ほど脱出したばかりの赤の城だった。大根すぎる演技で怪しまれたのは事実。そんな中俺を連れずに城に戻ったら、酷い目に遭うんじゃないか?

「ちょ・・・」

 慌てて立ち上がり、言いかけて伸ばした手を、打海に止められる。目の前で人がアウェイの中に突っ込もうとしてるのに、止めないなんて可笑しいだろ。振り払おうとするが、全然振りほどけない。腕力は相手の方が勝っている。

「何をお考えで?」

 ふざけたような、場にそぐわない笑顔だった。それにイラッとして、手を思い切り振る。が、やっぱり彼の手からは逃れられない。もう雪坂の姿が見えない。

「雪坂・・・っ!」

「主っ!」

 打海に怒鳴られて、思わずびくっとした。目を向けると、先ほどとは打って変わって、不気味なくらい真面目な顔をしていた。

「白ウサギは止めてはダメです」

「何言ってんだよ!」


「さっきの話をもう忘れたんですか?」


 ハッとした。ついさっき話したばかりだ。雪坂は時間厳守、守らなければ従属の制約違反。この世界では重罪中の重罪だ。

「・・・彼女は、どうなるんだ?」

 打海は少し困って頭を掻いた。そりゃそうだ。いくら彼がこの世界に長く住んでいたって、赤の王族に仕えたことがない限り、イレギュラーな事態の処罰までは解らないだろう。それでも聞かずには居られなかったんだ。

「殺されるんじゃないのか?初対面の俺を気分で殺そうとしたヤツらだぞ!」

「それはあり得ませんよ」

「解らないだろ!」

「解りますよ、落ち着いてください、主」

 眼鏡がずれて相手の顔がよく解らなくなるくらい、確かに興奮していた。大きく息を吸って吐く。それを三回くらいやってから、打海を見た。

「どういうことだよ」

「彼女は宰相で、赤の王族が『唯一』賞与を与えた人間ですよ?そうやすやすと殺されることはありません」

 唯一だったのか・・・。なるほど、そう言われると簡単に殺されることはないかもしれない。落ち着いた俺を見て、嬉しそうに打海が笑った。

「それに、赤の王族があの現場を見ていたわけではありません。どんなに多数決で責められても、兵士長の言葉より宰相殿の言葉の方を信じるでしょうね」

 信用度の違いってことか。彼女が「捕まっていて、さっき解放された」といえば、処刑されることも確かにないだろう。そして何故か、打海の言葉は信じていい気がする。

少しだけ安心した俺は、座り込みながら呟く。

「それにしても、嫌でも主従が決まってるなんて大変だな」

空は黄緑がかってきていて、もう夕方になるんだとしみじみと思った。今日一日、さんざんだった気がする。と、打海は不思議そうな顔をした。

「嫌ではありませんよ?」

「言い方が悪かったですね」と打海は難しい顔をして少し考える。そして、解りやすくパッとひらめいた顔をすると、俺の方に向き直った。

「好きで仕えてるんです」

 言ってることがさっきと真逆じゃないか。選べないんじゃねぇの?生まれつき決まってるんじゃねぇの?

 言わんとしていることが伝わったようだ。打海はまた頭を抱えながら唸った。説明は得意な方ではないらしい。

 待っている間、赤の城を見る。俺を逃がしてしまったことはそれほど重大ではないらしい。もう周囲は静まり返っていて、俺たちを探す声すらない。いや、もしかしたら先ほど合図のあった会議が相当重大なのかもしれない。下っ端も出なければならないほどに。きっと、俺のことだろうけど。

 パンッと手を叩く音がして、振り返るとにやりと笑った打海がいた。説明できるネタは見つかったのか?

「つまりですね、生まれた時から好きになるように刷り込まれてるんですよ!」

 ・・・解らない。何がつまりなのか、さっぱり解らない。でもきっと、多分だけど、能力者が他の能力者の情報を知っているのと同じようなことなんだろう。それを説明する時、鷲尾も「伝わってくる」みたいなことを言っていたし、きっと明確な何かではないんだ。

「言い換えると、『この人に従いたい』って衝動が本能的にあるってこと?」

 解りやすくなったかもしれないけど、なんだか野性味あふれる表現になってしまった。

 それはこちらの世界の打海にもしっくりとくる表現だったようで、目を回すんじゃないかと思うくらいガクガクと首を縦に振った。

「さっすがは我が主!俺の言いたいこともよく解ってくださる!」

 こいつの褒め言葉はどうにもお世辞にしか聞こえないんですが・・・

 ため息を一つ吐いて、再び打海に目を向ける。童話の「アリス」なら、一般常識程度の認知はしてる。チェシャ猫は食えないキャラだけど、確かにアリスの味方ではあっただろう。困った時に現れたイメージもある。その設定がこっちまで来てるってのか?

 待て、早まるな。 思わず自分を押しとどめる。 「アリス」にグリフォンなんて出てきたか?亀まがいなんてもっと不思議じゃないか。チェシャ猫の「チェシャ」はただ「笑う」と言う意味だって何かで読んだ記憶もある。これを童話のアリスと結びつけるのはまだ早い。

 いろいろ考えていると、暇を持て余したのか打海が尋ねてきた。


「そういえば、主は『不思議の国のアリス』って物語知ってます?」


「・・・え?」

 アリスって、今俺が考えてたあの「アリス」か?

 唐突過ぎて答えに詰まったのだが、打海はどうやら解ってないと思ったらしい。

「ああ、知りませんか。知らないならいいんです」

「いや、待て!アリスってあの、童話の『アリス』か?」

「『アリス』って、そんなにたくさんの話があるんです?」

 わざとじゃない。彼は本当に不思議そうな顔で聞き返してきた。でもこう・・・、なんかな。こいつの顔の造りの問題かもしれないけど、バカにされた気がしてならない。結果、八つ当たりのようにつっけんどんな返事になる。

「馬鹿にするなよ」

「馬鹿になんてしてませんて」

 怒るどころか、くすくすと笑って返された。さっき出会ったばかりなのに、彼は「俺が『彼が俺の事を馬鹿にしているわけじゃない』ということを理解している」というのを解ってくれているようだ。何故だろう。時間はそれほど経っていないのに、ずいぶんと長く一緒にいたかのようだ。たまにいるけど、これほど親近感を覚えるやつは少ないだろう。

「でも確かにチェシャ猫や帽子屋は出てくるけど、グリフォンだの、ましてやドラゴンなんて出てきた覚えがないぞ?」

「そうですか?じゃあ、今まで来たアリスたちとは違う物語だったんですかね?」

 今まで来たアリスたちがどんな奴らだったのか、俺は知らない。ただ、俺もそこまでアリス通なわけでもないし、原作を読んだことがあるわけでもない。あの、某有名アニメ会社が昔作った子供向け長編アニメーションのビデオを、幼稚園の頃授業の一環で見せられただけだ。だから繋がりも曖昧だし、チェシャ猫を聞くまでアリスと言われてもピンとこなかったわけだけども。

 むむむ・・・と悩んでいると、打海が笑顔で付け足してきた。

「気にすることありませんって!主は色々イレギュラーな存在なんですから」

 ・・・ん?イレギュラー?英語が苦手すぎて、悲しいかな自信がないけど、それって確か「普通じゃない」的な意味じゃなかったか?悪い言い方をすれば異質ってことだ。

 でも能力のイレギュラーさは、宝亀が解らなかったのだから、こいつに語れるはずがない。ってことは、もっとベタな部分のはずだ。

 そう言えば、宝亀は「歴代のアリス達はみんな、鍵守の守る扉から入って来た」とか言ってなかったか?さっきの説明とは違い、誰かの何気ない発言を一言一句違わず覚えてる、なんてことは俺に限ってあり得ないから、そこは諦めてほしいところだけど。

 もしそれが本当なら、空から降ってきたなんていう俺は相当異質だろう。でもそれだけじゃ解決しない。今、打海はこう言ったんだ。


『色々イレギュラーな存在だ』と。


 流石に数分前のセリフくらいは一言一句ちゃんと覚えてる。んでもって色々ってことは、すなわち一つではないということだ。打海に目を向ける。彼は答えてくれるだろうか?一応聞いてみる。

「色々って、どこが違うんだ?」

 すると、待ってましたとばかりににやぁ~っと笑われた。不気味だからその笑い方は直した方がいいと思う。余計なお世話は承知だけど。打海は指を立てながら一つずつ挙げて行く。

「沢山ありますよ?空から降ってくるとか、戦争に反対してるとか、亀まがいとグリフォンを従えちゃうとか、戦闘の中にわざわざ突っ込んでいくところや、見返りなしで動こうとするところとか」

 見返りなしで動けた記憶はないけどな。必ず何らかの契約の形にさせられた記憶がある。

「なにより男だってのが一番の驚きですよね」

 ・・・はい?

「ちょ、今何て言った?」

「『一番の驚きですよね』?」

「わざとだろ」

「失礼。『男が初』ってことですよね?」

 反省した色のない「失礼」は、それこそ失礼な話だと彼は気付いていないのだろうか?いや、そこもわざとなんだろうけどさ。

 それにしても男が初ってどういうことだ?今までのアリスは全員女性だったってことか?ってか、そうだよな・・・

 思ったよりもずっと、俺はイレギュラーな存在だったらしい。この先どうなるのか解らないのは、俺だけじゃないみたいだ。

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