第8話 ひねくれ者たちのパーティー会場(2)

 大きなため息をつかれた後、少女は顔を上げてくれた。

「契約しようか」

 こんな子供までそんな堅苦しい話をするのか。いや、日本で言う「ゆびきりげんまん」程度の乗りなのかもしれないけど、それで有罪になっちゃうんだぞ?

服部はっとり愛川あいかわもまだ帰ってこないの」

 子供だからだろうか?コイツの話はぴょんぴょん飛ぶ。元の世界にもいないわけじゃないけど、ついて行くのが大変だ。ともかく、あと二人ばかし来るらしい。

「あたしはねむいの」

「・・・だから?」

 我慢できずに促してしまった。俺の中では等号でも矢印でも、不等号でも対義でも繋げることができないし。

「あなたお腹がすいてるんでしょ?」

 あれ・・・?今軽く無視された?俺ちょっと泣いちゃうよ?

 彼女はまた頭を下げて眠る体制になる。あれ?契約は何処言った?ってかなんだこの超マイペース少女!

 ワタワタしていると、こもった声が聞こえてきた。

「だから契約。ご飯食べてもいいから、寝かせて」

 ・・・なるほど。つまり、あと二人来るから質問はそいつらに聞けと。そういうことだな?腹が減ってるのは確かだから助かるけど・・・

「これ、食っていいものなのか?」

 凄く美味しそうだし、めちゃくちゃ腹減ってるのは確かだから、食い物をくれるのは助かる。でも、こんな綺麗にセットされてるのに、本客が来る前に通りすがりが食べていいものだとは思えなかった。

 相変わらず顔を上げることはないが、答えてはくれた。

「いいよ。それは誰かのためであって、貴方のための物でもあるから」

 ・・・この子が使ってるのは、この世界の言葉か?知ってる単語だし文法も一緒だけど、俺の知ってる日本語の言い回しじゃない。それに、小学生がこんな難しい言い回しは知らないだろう。

 ひねくれ者なのか?


 ぐ~


 ・・・また腹が鳴った。これだけ疑ってかかっているのに、正直すぎる腹の虫に羞恥心が込み上げてきた。今度は顔が真っ赤になるのが解る。

 次の言葉が出て来なくなった俺を、じっと見つめてくる。相手もまた、言葉を発してくれない。切なくて恥ずかしいだけの沈黙が続く。

「・・・そんなにお腹がすいてるのなら、交渉成立でいいじゃない。あたしももう、眠たさが限界だもの」

 そう言って、突っ伏してしまった。とにかく起こしてほしくないようで、こちらも我慢するしかないらしい。

 ・・・契約なのは確かだ。この世界での契約の威力は何となく把握している。

 契約だと言えば、文句を言われることもないだろう。

 とはいえ気まずいのには変わりはない。周囲を確認して他に人がいないことを確認してから席に座る。目の前に並ぶのは旨そうなごちそう。うちじゃ、クリスマスだってこんなの食わねぇぞ?

 しかし逆に、ここまであると悩む。どれを食べればいいものか・・・

 優柔不断さからしばらく悩んだ結果、目の前にある鳥の丸焼に手をつけることにした。昔見た欧米のアニメでは、グルンとまわすともも肉が外れていた記憶がある。

 手を伸ばしたその時。

「おや?客人が来ているよ?」

 イケメンボイスってこういうことを言うんだろうか?鷲尾の声が低めのテノールだとしたら、その声は低すぎず高すぎずの理想的なテノールだ。声優でも、こういう声の人が多い気がする。


 まあ、手をつける前でよかった。


 振り返ると、攻撃的な銀色の光を放つ男がいた。何を持っているのかと思ったら、それは時計だ。俺が拾ったようなのと似ているが、色が違う。銀色の懐中時計だった。この世界では、懐中時計が標準なんだろうか?なかなかアンティークな世界観だ。

 さらに髪の毛も銀色だった。だから、反射した日光がやっぱり眩しい。真っ黒なシルクハットを被っていてくれるおかげで、顔を認識できるレベルだ。

 しかし、よく見てみるといろいろおかしい部分が出てきた。いや、おかしいって言うのは失礼か。それでも、色合わせが派手すぎるんだ。

 真っ赤なジャケットはいい。けれど、それに青色のズボンを合わせるのはどうなんだよ。しかもデザインが完全に二色のスーツを合わせたような感じだし。黄色のワイシャツも目新しいし、見える限りボタンは全て色が違う。紫色の紐ネクタイが、緑色のスーツ用ベストから漏れている。

 とにかく白の靴と真っ黒なシルクハット以外、どれもが極彩色なんだ。派手すぎて目が痛くなる。

 顔も俳優レベルに整ってるのに、なんて残念な奴なんだ。俺みたいに中の中という面立ちからみると、ありがたいセンスだけど・・・

 狂ったその衣装に呆然とすると、そいつはいきなり少女の方に歩いて行った。

「ユメノは寝てしまったのか。まったく接待が向いてなくて愉快だ」

 向いてない仕事を割り当てられるこの子がかわいそうだ。っていうか、この子ユメノっていうのか。

「で?君は一体?」

「と、通りすがりの者だ。起こさない代わりに飯をくれると契約したんだ」

 少し説明上手になってきたか?俺。

 一人でテンションが上がっていると、いきなり肩に手を置かれた。顔の横に何かが来た気がする。男は隣にいるままだし・・・。

 そこで思い出す。そうだ。この子は二人の人間を待っていたっけ?

「きみ、きみ、今日は誕生日?」

 振り返る前に耳元で尋ねてきたその声は、無邪気なソプラノだった。

 ・・・ソプラノ?

「うわっ!」

 思わず手を払ってしまった。それから振り返ると、一人の女の子がいた。タータンチェックのスカートに、黒色のベストはまるで学校の制服だ。ただ、ワイシャツの襟を立てていたり、ドでかいリボンをつけていたり、兎の耳っぽいものが異様に長くついた帽子をかぶっている人は見たことがない。

 それにしてもこの子、さっき俺の肩にあご置いていたぞ。女子免疫がなさ過ぎて、離れた今でも思い出されて恥ずかしくなる。

 払われた方も、払ってしまった方も固まったまま時間が流れる。しばらくして、もう一度訪ねてきた。

「今日がハッピーバースデー?」

「いえ・・・ちがいます、けど・・・?」

 もしかして、誕生日のやつのためのごちそうだったのか?誕生パーティーの会場だったのか?!

 しかし、その推測はハズレだったようだ。二人の顔はみるみるうちに明るくなっていき、手を引いて俺を立たせた。

「ならこれは、君のためのパーティーだ!」

「は?」

 通りすがりのためのパーティーって何なんだ?そういえば、ユメノもそんなことを言っていた気がする。俺のためのパーティーでもあるって言ってた気もする。


 ここは正直に行こう。


 そう決めて「なんのパーティーなんだ?」と聞こうと思った時、まるで飲み会の掛け声のようにそれが始まった。

「公平さは大切だ」と男が言うと

「大切なら大事にしなきゃ」と少女が返す。

 んで、そうやって同じ様に掛け合っていく。

「誕生日だけが祝われるなんて」

「そんなの絶対不公平!」

「だったら他の日どうすればいい?」

「誕生日じゃない日も祝いましょう!」

 誰にも誕生日があるのだから、その時点で公平じゃないか。

二人はカゴメカゴメのように、ぐるぐると周り始めた。

「誕生日じゃないってすばらしいっ!」

「誕生日じゃないって素敵!」

 歌っている姿はとても楽しそうだが、囲まれてる方は頭がおかしくなりそうだ。洗脳か?これが洗脳なのか?いや、それどころじゃない。とにかく聞かなきゃ。

「た、楽しんでるところ悪いんだけど!」

「客人、名は何だい?」

 聞いてねぇ・・・。

 少しイラッときたけど、まあここは従っておこう。変なところで殺されたら嫌だし。

 とはいえ、名前を名乗るわけにはいかない。個人的には違うけど、本名も「ありす」なんだよな。この世界ではアリスという名前には意味があるようだし。でも、偽名なんてSNSもしてないから、一度も作ったことなんてないし・・・

 思いつきは苦手だ。想像力もない。だから。

「・・・啓介けいすけだ」

 嘘はついてない。こいつが聞いてきたのは名前で、名字じゃない。そう思い込むことにした。ユメノも名前だし。

「・・・啓介、か。知らん名だ。非能力者か」

 顔の情報がいっているのではなかったか?詳しい内容は覚えてないけど、鷲尾はそんな風に言っていた気がするんだけど。

 しかしそれから、二人の態度は一変した。いきなり近くの椅子にふんぞり返り、御馳走を食べ始める。ただ食べるだけでなく、俺との件が一切無かったかのように振舞っているのも気に食わない。なんなんだよ、こいつら。

 なんかこう・・・、口下手で申し訳ないけど、嫌味な感じだ。っていうか、こいつら、自分の名前も名乗ってないんじゃないか?

「なあ」

 無視。

「なあってば」

 無視。

 うっわ、感じ悪っ!でも、ここで挫けたら負けだ。普段なら負けてもいいけど、今はなんだか負けたくない。

 思いっきり男の肩を掴みながら、大声で呼びかける。

「おい!」

「なんだね、うるさいな」

 すこぶる不機嫌な顔を向けられた。失礼にも程があるだろう。こっちの方がずっと気分が悪いのに。

「名前聞いといて、自分は名乗らないのか?」

「お前に名乗る価値なんてないだろう」

 他人に価値を求めるタイプか。嫌な系統だな。

 でもそれを逆手に取ってみる。

「俺みたいなのに出来ることが、お前には出来ないって言うのかよ」

 ピクッと眉が動いた。が、またお茶を飲み始める。本気で話す気がないらしい。

 イラッとしていると、隣からけたたましい笑い声が聞こえてきた。アヒャヒャって感じの、ちょっと変わった笑い声だ。

 見てみると、さっきの少女がいつの間にか座り込んでいた。テーブルを足にかけて、椅子を斜めに傾けている。・・・ってか、スカートの女の子がやっちゃいけない格好だろ!中見えんぞ、中!

 のけぞった姿勢のまま、目元を拭った。涙が出るほど笑いやがったのか・・・

「無理だよ、服部は誰に対しても公平だからね」

 何がどう公平なんだ?

 こいつら何度も「公平」って謳ってるけど、こいつらの言う「公平」って何だ?元の世界の公平の意味も確かに解っちゃいないんだけど、こいつらのは拍車をかけて解らない。日本語が合ってるか解らないけど、それが解らなくなるくらい解んねぇぞ!

 一応男の名前が服部という名前なのだと解った。ってことは・・・、この女の子の名前は・・・何だっけ?ユメノが何だか言ってたよな、服部となんとかって。よりによって服部の方しか覚えてねぇよ。

「ってか、あんたは良いのか?」

「別に?あたしはあんたがユメノと契約した時点で、他の非能とは不公平になったんだもの」

 ・・・どうやら不公平になれば、扱い方がマシになるらしい。そんなの、ビバ不公平じゃねぇか。

 その言葉を聞いて、服部が音を立ててカップを置いた。

「ふむ。その考えは確かかもな」

「でしょう?普通なら契約しないもの」

 思わぬところで契約が効果を発揮した。契約しておいてよかった。怖くてもしてみるものだな。

 席を立って裾を直した服部は、胸ポケットから時計を取り出した。懐中時計を見る。

「・・・ている服部銀河ぎんがだ。しがない帽子屋さ」

 いきなり自己紹介をしてきたので、頭の方を少し聞き逃した。平気だよな、何か大切なことじゃないよな。

 今度は隣で反っていた分取り戻すように、少女がぴょんと跳ねかえった。びっくりして声をあげてしまった。二人がぎょっと見てきて、盛大に笑われる。失礼だぞ、こいつら。小学校の時に必ずいた、いじめっ子タイプだ。

 さんざん笑った後、彼女は走ってユメノのほうまで回る。

「あたしは弥生やよいだよ、愛川弥生ィ!」

 そしてそのまま眠るユメノの手を持って、ぶんぶんと振らせた。起きないユメノがすごい。

「この子は夢野ゆめの、夢野耶澄やすみだよ!」

 !!夢野は名字だったのか。そう言えば、ここの住人は、あまり人の事を下の名前で呼んでなかったな。鷲尾然り、宝亀然りだ。

「で、一般人。僕らに何か用かな?」

 音を立てて元の椅子に座り直した。何か偉そうな気がする。

 あると言えばあるんだけど、通りすがりって言っちゃったし、ちょっと言いにくい。でも、正直城には連れて行ってほしい。出来る限り大事になる前に帰りたいというのが本心だ。

 はっきりしないことにイライラしたのか、初め以来目を合わせることがなかったのに、淡々と、眺めるように向けられた。

「夢野とわざわざ契約をして留まったんだろう?僕らに用があると考えるのは当然だ」

 頭の回転が悪くて申し訳ないなっ!

 そうだよ、決めたじゃないか。ここは素直に言っておこうって!

「城の場所を教えてくれ」


 ガタッ


 音を立てて服部が立ち上がった。なんか変な事言ったか?助けを求める意味で愛川を見ると、彼女もさっきまで遊んでいた夢野の手を落としていた。おかげで起こしてしまったようだ。不機嫌な顔で、夢野が俺を睨んでくる。


俺のせいじゃない、俺のせいじゃない・・・!

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