第8話 ひねくれ者たちのパーティー会場(1)

 黄色い空も水色の森も、だいぶ見慣れてきた。一人でも躓かなくなってきたし、宝亀ほうきが目印も教えてくれたから迷うこともない。

 ・・・なら良かったんだけど。俺って実は方向音痴なんだよね。いや、今さら「実は」もないか。何回迷ってんだかって感じだもんな。

「白い屋根・・・、白い屋根・・・」

 呟きながら探すのは、年齢がもっと上になってからだと思っていた。それともその「上」に、もう入ったのだろうか?

 こっそりとまだ持っていた学校の鞄は、一般を漏れず肩掛けできるような手提げ鞄だ。今は両方の持ち手に腕を通し、リュックサックのように背負っている。下校中にこういうことやっている人を見たとき、何変なことやってんだよと思ってた。だって普通に考えれば、学生鞄じゃないボストンバッグとかを背負う人は見ないだろ?だからそのイメージが大きかったんだけど、少し反省したよ。両手が空くというのは非常に便利だ。走る時によたよたしないし、曲がるときにサッと木に手がつける。重たさも軽減した気がする。偏見は持たずに、何事もやってみるもんだ。思わぬところで学んだよ。

 それにしても。

「あー・・・、腹減った・・・」

 ぐ~っと、腹が盛大に音を立てて鳴いた。


∴∵∴∵∴∵


 毎度おなじみ、すこし前を復習しようか。

 一人で行くことになったので、はじめてのおつかい並みにドキドキしてくる。俺の初めてのおつかいっていつだったっけ?

有須ありす、あの赤い屋根は見えるか?」

 見える、見えます。黄色と青色の間に赤いとんがり屋根が見える。描写的なものじゃなくて、こう、確実に槍みたいにとんがってる。絶対に先っぽに何か刺せる。モズが早贄しに来そうだし。

「あれは赤の城だ。あそこには行くな」

「え?」

「赤の王族は利己的だからなぁ・・・」

 最悪の王様だな。ま、戦争起こすくらいだから当然か。でもそれじゃあ・・・

「どうすんだ?」

「白の王に頼め」

 どこにいんだよ。

 口に出す前に、宝亀が唸る。

「白の城は・・・」

「白い屋根だよ。白い屋根を目指せば着くものさ」

 脇で聞いていた羊元ようもとが毛糸玉を転がしながら教えてくれた。まるで玉ころがしだな。まあ、白い屋根を目指せばいいのか。

「しかしだな」と心配されたが、俺もそこまで馬鹿じゃない。この建物が少ない世界で、赤い屋根はもう一つくらいあった気がするけど、白い屋根はまだ聞いた覚えがない。・・・と思うけど。

「白い屋根って、他にあんの?」

「ないない。建物に白色を使えるのは、白の王族だけと今代の王が定めたし」

 ・・・あれ?白の王も身勝手じゃね?気のせい?

 行く準備もできた。卵は袋に入れて、その紐をベルトに通す。意外と落ちそうにない。飛び跳ねても足踏みしても大丈夫そうだ。よし。

「じゃ、俺行くわ」

「あ、待て待て」

 振りかえりざまに、眼鏡の隙間に何かを差し込まれた。

「危ないだろ!」と注意してからそれを見ると、俺にとってはもう恐怖の代物となった物、鷲尾わしおの羽根だった。二度と使いたくないなぁ・・・。また俺ボロボロになるの?

「助けが必要だったら、また使ってくれ」

 なんだよその八方塞がりは。こっちは助けが必要になるような目に遭うのも嫌だし、この羽根を使うのも嫌なんだぞ。後半はわがままにカウントされるのかもしんないけどさ!

 でも一応お礼を言って受取って置いた。この羽根を使う方がマシな事態に遭遇するなんて考えたくもないけど、あり得ない事態じゃない。だってこの世界は、戦争があるんだから。目の前で銃弾が飛び交ったり、「刀慣らし」でもされたら、きっと気持ちも変わるはずだ。想像しただけで身震いがするほどだしな。

 鷲尾の羽根を鞄にしまっていると、もう一度宝亀が念を押してきた。

「いいか、白だ。間違っても赤には行くな。命の保証がない」

「大丈夫だって」

 鞄のチャックを閉めてから、その鞄を肩にかける。背負ったのは途中からだ。初めの方は普通に持っていた。ま、その辺の訂正はいいか。

「羊元だって赤なのに、殺そうとはしないだろ?」

「あたしはね。殺したところデメリットはないし、有望だから赤についたってだけさ。公爵夫人やらはいかがかねぇ」

 鷲尾を捕えていた時点で想像はついてたけど、公爵夫人って名前と人柄が一致してない気がする。なんでそんな優雅な呼び名なのに、そんな凶暴な性格なんだ。

 何はともあれ、羊元を含む三人に見送られて、俺はその場を後にした。


∴∵∴∵∴∵


「羊元が安全だから、赤の連中に会っても大丈夫」という考え。実際あれは、持っている考えじゃない。

 頭に残っているのは、公爵夫人宅の武器コレクションと、謎のバカップルがいた、トランプと呼ばれる兵士の殺傷現場だ。もしあの武器を向けられたら、あのトランプと同じ末路を迎えてしまうに違いない。それだけは、何としてでも避けたい。

 つまり、俺の持っている実際の考えはこうだ。


「赤だろうと白だろうと、ごまかせなければ殺される」


油断大敵ってことだ。

 そう頭の整理がつくと、今度は不安になってきた。

 上手く王族と交渉できるのだろうか?許可証なんてもらえるのかな?もらえたとしても、無事元の世界に戻れるとは限らない。もし日本に帰れなかったら?アメリカに帰されたって、英語の苦手な俺にとってはアウトな話だ。

 不安はどんどん募り、プレッシャーとなってのしかかってくる。命がけって言葉を舐めてた自分が羨ましい。あの頃ぐらい気楽にいたい。

 マイナス思考が余りにも膨らむので、落ち着かせるためにポケットに手を突っ込む。昔から、とにかく落ち着こうとするときにこうする癖があり、逆にこれをすると落ち着くことができる、便利な技だ。特技ともいえよう。


 カチャリ


 ・・・そうだった。今さら思い出した。なんでこんなところに迷い込む羽目になったのか。あのコスプレ美少女に、金の懐中時計を返すためだ。今思えば、決してコスプレしていたわけではないようだけれど、もう印象付いてしまったのでどうしようもない。ともかく、これを返さなければ、いくら帰れたとしても苦労が水の泡だ。あの時三人に聞いとくんだったな。ってかさすがにこの世界のヤツだよな?何の関係もなかったら泣くぞ。


 ぐ~・・・


 違うものが鳴いた。本日二回目。今まで言ってこなかっただけで、何も食べていなかったわけではない。宝亀や鷲尾が、代わる代わるご飯となる木の実とか果物を持ってきてくれた。味も美味しかったし、みずみずしかったので水分補給も出来ていた気がする。が、育ち盛りの男子に木の実や果実のみの食事というのは、いささかいただけない。いただけないって言うか、こう、足りないんだ。肉とまではいかなくとも、せめて魚とか、力の付く料理が食べたい。贅沢なのは解っているけれども!


 ぐ~・・・


 食い物の事なんて考えてるから、余計腹が減ってきた。ともかく腹が減っては戦は出来ぬというじゃないか。何か食おう、なんか。

 不意に、いい香りが流れてきた。何だろう?でも、なんだかとてもいい匂いだ。匂いのする方を見てみると、白い木々の間をくぐって流れてきているらしい。昔見た子供向けのアニメのように、その匂いに導かれていく。


 いつの間にか森を抜けていて、目の前には見渡す限り真っ赤な草原が広がっていた。が、視界はゼロだ。まだここが森の中なのか、森の中の草原なのかは判別がつかない。なぜなら、宝亀に出会ったあの草原のように、異常な長さの稲っぽい植物が揺れていたのだ。気付けば奥には鍵守かぎもりの守るあの扉が見えた。

 ・・・気のせいじゃない。思い過ごしでもない。戻ってきちゃったんだ。宝亀と出会った場所まで。

 ふわっといい匂いが鼻に届く。そうだった。俺はこの匂いにつられてきたんだっけ。


 ぐ~・・・


 また腹が鳴った。ああ、もう限界。屋根も見えないし、食い物があるってことは、きっと誰かがいるはず。選択肢は二色だし、その色も覚えた。紅白だ。その二色はこの世界では重大な意味があるのは何回も経験した。

 誰かいれば、絶対に城の場所を知っている。

 俺はそう確信する。自分ひとりの力で行くのは無理だ。

 鞄を下して、まずは襟を立てた。それから第三ボタンまで外して、代わりに肘まで引っ込める。不格好だけど、これなら手や頬が切れることはない。この間切れた傷はちょっとだったからもう消えたけど、よそ者であることを隠すためには、血を見られてはまずいんだ。一度下した鞄を頑張って背負い直す。手首だけで鞄を支えるの、意外とキツいぞ。

 ガサガサと匂いを辿って行くと、ぐるりと円状に視界が開いた。人工ミステリーサークル張りに綺麗な円で、ちょっと違和感がある。

 でもまだそんなのましだ。目の前に広がっているのは、ただの円形ではない。

 パーティー会場だ。まごうことなきパーティー会場だ。間違いない。言い切れる。

 長いテーブルには前後左右対称に豪勢なごちそうが並べられ、ほかほかと湯気を立てている。その上には巨大な横断幕が立っていて、そこには大きく「パーティー」と英字で書いてあった。いくら馬鹿な俺だって、パーティーくらい読めるんだ。


 ただ妙なところもあった。


 人が誰もいないのだ。椅子の数はぱっと見で二十脚くらいありそうだし、食器もコップも全部同じ数がきれいに並べられている。なのに、誰もいないんだ。もちろん人がいないのだから、料理に手もつけられていないし、皿も使われていない。

 これからなのか?と、一瞬思ったけど、やっぱり客がいつ来るかわからないのに、主宰がいないのもおかしい。迎えに行っているのかもしれないけど、この世界でそんなことがありうるのだろうか?

 まあ、一つだけ可能性がないわけでもない。それは「仕えている主人が客で、その人が『家』を持っている場合」だ。しかし考えておいて何だが、その可能性は実に低い。と、俺は考えてる。

 宝亀と契約しているから俺が殺されるかもしれない。宝亀だけでなく、鷲尾も羊元も頷いていた。言い換えるなら、一人にしか仕えることができず、それは誰もが知っている常識的なレベルの話だってことだ。ちょっとカッコよく「原則的に」とか言う方が、当たっているのかもしれない。

 さらに、主従関係には「契約」と「提供」があるって言ってた。うろ覚えだけど、それしか言っていなかったと思う。ってことは、主から従者への・・・「報酬」っていうのが合っているんだろうか?それはないらしい。だから、お偉いさんが従者のためにわざわざ出向く、なんてことも無いってことだ。たぶん。

 あと考えられるのは、一人が多数と契約する可能性だ。でもこの場合、俺がいたからといって殺される心配もないし、平気だろう。


 なんか、今の俺、頭冴えててカッコよくないか?インテリっぽくないか!


 ・・・気のせいか。そうか。


 なにはともあれ、ここで人を待ってみるのも方法かもしれない。腹が減っているのに目の前に御馳走があるというのが目の毒だが、仕方ない。なんか条件付けて食わしてもらおうかな。

 入ってみると、すぐに無人ではないことに気がついた。右端の席に、誰かが突っ伏している。鼻が潰れそうなくらい、べったりと顔面が見事なまでに付いている。体調が悪いのかと思ったが、それにしても動かない。人形かな?人間でも人形でも、ちょっとあの体勢でいるのに近づく勇気はあまりない。

 ゆっくりと近付いてみると、またもや女の子のようだった。が、今までの女子たちの中でも一番幼い、小学校高学年くらいだろう。一人で何をしているんだか。もしかして、彼女が主催者だとでも言うのだろうか?

「こんにちはー・・・」と挨拶をしながら近付いてみるも、動きもしない。よく見れば息をしていない気もする。でも、ここまで近付いたらさすがに解る。間違いなく人間だ。ってことは・・・

「だ・・・だいじょうぶかっ!」

 慌てて駆け寄って肩を引く。と、勢い余ってそのまま彼女はひっくり返ってしまった。

 いや、虐待じゃないよ?これは不慮の事故だ。暴力を振るったわけでもないんだって!

 必死で言い訳を考えているのに対し、彼女はむくっと起き上がった。

「もっと優しく起こしてよぉ・・・って、あれ?どなた?」

「え、あ、いや・・・通りすがりの者デス」

 必死すぎる言い訳。下手過ぎる言い訳。さっきの自惚れていた自分を殴りに戻りたい。やっぱり駄目です。俺は頭が弱いんです!

「・・・なんでここに来たの?」

 そうですね、そうですよね!その辺やっぱり気になっちゃいますよね!

「あ・・・、えと・・・、いい匂いがしてきたから・・・」

 わぁ・・・っ、俺って素直ぉ!ああ、もう終わりだ。ばれるよ、ばれちゃうよ!俺って死んじゃうの?

 顔が真っ青になる感覚がした。本当に死ぬかと思った前の時よりは酷くなかったけど。でもその子は眠たそうな顔でこちらを見てくるだけだった。

「お腹が空いてるの?」

「は、はい・・・」

 拍子抜けしすぎて、疑いもせず肯定してしまった。特になんてこともなく、「ふぅん」とだけ言って、また眠る体制になった。いや、ここで寝られたら困る!城だ。城の場所を教えてもらわないと!

「ちょっと聞・・・」

「聞」まで言えた自信はない。何せ、顔も上げずにこちらを睨みつけてきたのだから。とんでもなく怖かった。


小学生くらいの女の子に高校生にもなる男子が押し負けるってダメな気もするけど、慣れてないんだよ!

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