第5話 頑固な門番(2)

 説明を求めると、また宝亀が難しい説明をしてきた。


 まず、王族の能力の話だ。

 王族の能力は形こそ違うものの、要は「逆らえない」「言いなりになる」というものだそうだ。様々な逃げ道は存在するものの、「能力」に慣れていなかったり、おつむがちょっとどころじゃなく弱い俺には、結構な難題だった。これでは説得するどころか、流されてどうなることやら。

 そこで出てくるのが、俺の能力らしい。

「え?やっぱり俺にも能力あんの?」

「ああ、当然だ。アリスほど特殊な存在はいないだろうが」

 あんたらの当然と俺の当然を一緒にするな。軽く説明された気もするけど、全く理解出来なかったし、何せ元の世界じゃ、振り返ったら同じような奴が五人くらい街中で見つけられちゃうような、脇役Dぐらいを徹底してるんだ。特殊なんて言葉は、夢のまた夢に存在するんだよ。

 ・・・ん?待てよ。それならこのまま城へ行きゃいいじゃんか。なんでいちいち店なんかに行くんだ?この世界で、従属してないこの二人が献上品を持っていくことは考えにくい。あれ?もしかして、俺が情報貰うために買って行く感じ?

「俺、金とか持ってねぇンだけど!」

「金?」と聞き返してきた二人は、また顔を見合わせた。どうやら金の概念もないらしい。物々交換が全てってことなのか?逆に大変だなぁ。ってか、面倒くさい。

 金について目を輝かせて聞いてきた宝亀に、適当な説明を返してから、こちらもまた説明を求める。金がないのに、どうやって物を手に入れるのか?

しかし、それ以前のところで問題が起こる。

「武器については、説明がまだだったか」

 じろりと鷲尾を睨みつけ、宝亀が返してくれた言葉はこれだった。いちいちそうやって、鷲尾を責めてやるなよ。カカア天下ってやつか?この二人は夫婦じゃないみたいだけど。

 それにしても、武器とはまた物騒な話だ。戦争が起こっている、というのは情報としてはあるものの、俺自身が武器をふるうことになるとは。虫も殺せないとは言わないけど、ネズミとかはもう殺せないような俺が、人と戦うことができるのだろうか?男のくせに、ワルが出てくるような漫画も読めないんだけど。

「武器とは・・・」という宝亀の言葉で、我に返る。

「能力を使うときに必要なものだ」

「・・・俺の能力って、そんな攻撃的なものなわけ?」

「いや、そんな言葉があるか解らないか、むしろ無力的だろうな」

 それもそれでちょっとがっかり。無力的って・・・脱力系ってことか。

 落ち込む俺を見て、鷲尾がふと気付いた。

「アリスの思う武器って、俺らとちょい違うんじゃね?」

 何故いきなり「攻撃的な能力を持っている」と俺が思ったのか、不思議がっていた宝亀はその言葉にハッとした。え?武器の使い方が違う?

 混乱する俺を見て確信をもった宝亀が、即座に解説してくれた。すぐに説明できるってすごいな。

「能力は武器を持っていれば発動できるものであり、武器がなければ能力が使えないものなのだ」

 要は、能力を使う媒体ってところ?でもやっぱりそれって、こう、剣とかじゃなくても、杖みたいなものなんじゃないの?

 説明を聞いてもまだ解らない俺に、さすがの彼女も頭を悩ませた。これ以上説明しようがないようだ。そこで、鷲尾が口を開いた。

「アリス、宝亀の武器は何だと思う?」

 その質問に、俺は宝亀を観察する。といっても女性の体をじろじろと見るのは気が引けた。そのため、ちょっと見ては視線を逸らすという、やった後「痴漢みたいじゃね?」と落ち込むような見方になってしまう。

 宝亀が着ているのは、そのものと言わずとも軍服だ。背中に巨大な盾を背負い、腰にはフェンシングのほど細くはないけど、まあまあ細身の剣を挿している。となれば、俺の思う武器は・・・

「剣」

「ハズレ」とすぐに返されたので、

「なら、盾か?」というと、鷲尾は目を丸くした。当たったらしい。すこし考えてから、鷲尾はまた聞いてきた。

「鍵守の武器は何だと思う?」

 それはもうあの一回で嫌なほど印象に残った。顔をしかめて答える。

「鍵だろう」

 俺の思う武器のイメージにはないけど、あの使い方は紛れもなく武器だ。たしかゲームとかでも、そういうのがあった気がする。そのせいか違和感もあまりない。

「当たるなぁ。川澄かわすみのは見た?宇尾うおは?」

 少し古い名前だったので思いだせないが、俺がほかに見たのは、公爵夫人宅のメイド服と燕尾服だ。合っていると信じ込んで返す。

「どっちがどっちかわかんねぇけど、メイド服なら巨大なスプーンだろうし、燕尾服ならフォークじゃないか?」

 お揃いの巨大な食事道具なのだから、燕尾服もあのフォークをメイド服同様に扱うのだろう、というのが、俺の推測だ。あの使い方は、確実の殴具の武器だよ。

 思いのほかすらすら答える俺に感心しながら、鷲尾が続けて口を開いた。

「じゃあ、おれの武器は?」

 この質問には困った。だって鷲尾は武器という武器を持っていない。今も手ぶらで、ポケットハンドをしているだけだ。宝亀のように何かを背負っているということももちろんなくて、首輪は確かに違和感あるけど、武器とは言えない。もしかして。

「ポケットナイフかなんか、持ってるのか?」

「は?」と心底不思議な顔をされた。いや、もうちょっと遠慮しろよ、そこは。俺が虚しいじゃんか。

 しかしどうやら、本気で刃物は持っていないらしい。その後も聞いてみたが、スタンガンとかも持っていないというから、なおさら解らなくなった。そこでふと気付く。そうか。俺は武器を持っているという大前提にとらわれ過ぎていた。こいつの特殊能力なんて、俺は見たか?いや、変わったことはしていないはずだ。ともなれば答えは一つ。

 自信満々に宣言する。

「お前は武器を持っていない!」

「持ってなかったら能力は使えんと説明しただろうが」

 傍観に回っていた宝亀が、冷静かつ的確な突っ込みを入れた。そういうの解るんだな・・・。てっきり冗談の利かない頭の堅い奴だと勝手に思ってた。でも能力なんて見てないんだって・・・って、あ、いや、違う、思いだした。俺の今までの移動のほとんどは、鷲尾の能力に従ったものじゃんか。地味だけど、かなり助かる「カーナビ」能力。あれ、グリフォンだっけ?つい地元の人に道案内してもらっている気分だった。でも、あれも思い出してみれば能力って言ってたよな。

 頭を抱えて悩む俺を見て、鷲尾が満足げに笑った。


「ほらな。やっぱり、アリスの言う『武器』とおれ達の言う『武器』は違うんだよ」


 自分の考えが間違っているとはっきりと断言されて、不安にならないほど俺は自分を確立できてない。何とかして自分が間違っていないと思いたくて、必死に確認を取る。

「武器って、攻撃に使うもんじゃねぇの?」

 無情にも、返ってきた言葉は違った。

「違うよ」

 久々にここまで落ち込んだ。がっかりと首を落とし、孤独が包み込んでくる。そんな俺の肩を軽く叩いた。心に響かない慰めの言葉を受けてから、違いを語られる。

「ここでの武器ってのは、攻撃に使えなくてもいいんだよ。ただ、能力を発動させるためのものだから」

 もちろん宝亀や鍵守、メイド服達のように攻撃にも使える「武器」もある。ただ言われればどれも、「武器」のように使われていたが、目に見て解る武器ではなかった。きっと杖のように使っていれば杖だったのだろうし、持っているだけでは仕事上必要な「道具」なのだと考えただろう。

 そこでもう一度鷲尾を見た。攻撃に使わなくてもいいということは、彼の持っているもので、違和感を抱くものを探ってみればいい。

 しかしそうなると、今度は別の問題が浮上した。

 鷲尾の服装が、俺の理解を越えていたのだ。巨大なリボンを、ゆったりとだがプレゼント包装のように肩から腰まで斜め掛けにしてるのも、タンクトップの上から着ている肩のガッツリ開いた服も、どこぞのアイドルグループみたいに腰に巻いている布も、首にある繋がれていたときから気になっていた首輪も、耳に付けているピアスでさえ、全て俺には違和感だった。パンクって言うんだろうなとは思うけど、俺はパンクが何なのか解ってない。だから、どれがパンクから外れているのか解らないんだ。だから、人間として違和感を抱いたものを上げてみることにした。

「・・・首輪?」

 俺のイメージでは首輪はペットのするものだ。いや、もちろん人間で首輪に似たチョーカーをつけるのは知ってるけど、鷲尾のは俺の抱くチョーカーのイメージとかけ離れてる。本当に、大型犬の首輪じゃないの?って思うくらい、ナチュラルに「首輪」なんだ。

 しかしどうやらその話は終わったものとされていたようで、二人に目を丸くされた。それから、鷲尾が首輪を触りながら答える。

「残念。俺の武器はこっち」

 そう言って鷲尾が首輪からだらりとぶら下がっていた鎖を持ち上げた。そう言えば、それにはすでに一度、違和感を抱いたじゃないか。繋がれてるときに、鎖のど真ん中に鍵があったから、不思議に思ったんだ。

 でも待てよ?本来の金の話は一切解決していないじゃないか。

 それを尋ね直すと、宝亀は「むぅ・・・」とこもった声で唸った。ごめん、俺が馬鹿すぎるから、説明しにくいんだよな、きっと。

「金の概念がつかめないうちに説明するのも難なのだが、少なくとも羊元は物々交換が主流だな」

 交換できるものなんて持ってません。俺が持っているのは、学校帰りの鞄とその中身だけです。交換したら、地味にこの後困ります。ま、帰れたらの話だけど。あー…、自分で言ってて悲しくなってくるよなぁ。

 勝手に思考回路を巡らせる俺の相手をするわけもなく、鷲尾が伸びをした。宝亀も遠くに目を向ける。

「さ、羊元の所へ行くか」

 鷲尾の合図に従い、俺たちは一路羊元のもとに行くことになった。

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