第4話 亀まがいに会いに(3)

「ごめん。俺馬鹿だから、何が『だから』なのか分かんねぇんだけど・・・」

「安心しろ、オレも分かんないから」と同意して、鷲尾が苦笑いする。彼曰く、宝亀は頭が良過ぎる自覚がない。そのため、よく間をすっぽ抜いて話をするらしい。意外と質が悪い人だ。

 会話が聞こえたのか、宝亀はため息をついた。つい思う。


 知識の前に、コミュニケーション能力からつけろ!


 宝亀が解説しながら、こっちに歩いてくる。

「つまり私は、現世のためではなく、後世のために知識を集めたいのだ」

「今までの亀まがいもそうじゃん」

 違いがよく判らなかった俺が反論すると、さっきまで同意してくれていた鷲尾に否定される。

「いや、それは違うな」

「何が?」

 鷲尾は少し困ったような顔をして、低く唸った。その声は長く、尻上がりに発せられる。

「上手くは言えないけど・・・なぁ?」と、宝亀の方に目を向ける。なんかずるくね?その方法。

 しかし宝亀は大して突っ込まずに、ただ「能力による価値観だろう」と雲のような説明を返してきた。俺、この人と話していける気がしねぇ・・・。

 もういいや。深く考えるのは割に合わない。これでたとえ騙されようと、それはそれで仕方ない。こんな頭使うやり取りなんて、した記憶ねぇもん。頑張った方だ。

 承諾してから、俺はもう一度確認を取る。

「ともかく、驚いたことを言やいいんだな?」

「ああ、それが知りたいことだからな」

 どうやら歴代の亀まがいの中でも、「地球」(と断定していいのか?)に興味を持った者はいなかったらしい。そりゃそうだ。知識として持っていても、意味がない。

 と言っても、今度は多すぎて困る。片っ端から挙げていくつもりではいるけども、日本だけの事でもいいものかというのもある。でもまあ、俺が日本人である限り仕方ない話か、そこは。

「あ」とそこで思い出す。あったじゃん、世界常識。


「色が違うってのに、一番驚いたかも」


 二人がぽかんとした。うん、まあ、そうなりますよね。俺も自分の説明下手に涙が出てくるよ。

 さっきの鷲尾みたいに、自分が少し挙動不審になっているのが解る。

「いや、あのさ、空とか木とか・・・そう言うのの色?それが違うんだよ」

 解りにくっ!解りにくいよ、俺!

 自分の馬鹿さが露見して、つい泣きそうになった。情けなさが俺を包みこんで、恥ずかしさが袋の口を閉じて俺を閉じ込める。

 鷲尾と宝亀はふと顔を合わせると、自分たちの足元に目を向けた。それから宝亀の奥にある波打つ草原を捕える。それからまたお互いに目を合わせて、羞恥心に包装されて動けなくなった俺を見てきた。


 俺を見るなぁ!


「・・・草は赤くないのか?」

 耳をふさぎたいほどだった俺にかけられたのは、そんな疑問だった。逆に俺はぽかんとした顔で固まってしまう。いまさらだけど、俺はパニックを起こしやすい性格なのかもしれない。そう初めて自覚した。悟ってから慌てて返す。

「お、おう・・・。草の色は緑だ。葉っぱも」

「草と葉っぱが同じ色?」

「不便だな、どう区別するんだ?」

 同じ色だと不便なんだ・・・、何に使うんだろ。

 つい違う感想を漏らしてから、俺は頭をまた動かす。区別、くべつ、区別ぅ・・・

「地面から生えてるか、木から生えてるか?」

「木だって地面から生えてるじゃん」

 そう二人に同時に返されてしまった。あんたら、そういうのこっちじゃ「揚げ足取り」っていうんだからな。

 俺が不機嫌になっているのにも気付かず、宝亀が次を急かしてきた。

「で、他には何が違う?地面か?空か?雲か?」

 全部です。ただそれだけ答えたら、きっとまたいろいろ質問されるんだろう。そうわかって、ただそれだけ答える俺じゃない。俺だってバカだけど、バカなんだけど、自分で言うのと言われるのじゃ全然違う。

 だからまとめ下手なりに、ただただ乱列してみた。

「空は黄色じゃなくて青くて・・・、木は・・・木の幹とかは白じゃなくて茶色いし・・・、雲も紫じゃなくて白くて・・・、あと・・・」

 俺が詰まると気になったのか、宝亀が続ける。目が心なしかキラキラしているように見えた。組まれていた腕も、いつの間にはほどかれている。

「地面は?」

「ここは何色だっけ」

「黒」と、鷲尾が即答した。思っていたのと違う方から来たもんだから、結構びっくりした。飄々とした顔をしているが、意外と関心を持っていたらしい。

「なら違う色だな。こっちじゃ茶色だ」

 他にもいろいろ違うものがありそうだけど、いま思いつくのはそのくらいだ。

 宝亀は目を輝かせて、俺の言った色の違いを復唱する。女性らしく、両手で頬を包みこんでいるのも、少し印象的だった。なんていうか・・・、「恍惚」ってこういうのを言うのか?対して俺が言った色で、世界をイメージしてみたのだろう。鷲尾は眉間にしわを寄せて、「うえっ」とえづいた。

「気持ち悪ぅ・・・」

 青褪めた顔をしているが、俺に言わせりゃこっちの世界の方が気持ち悪い。ついと空に目を向けると、やっぱりそこにあるのは黄色の空で、慣れないなと顔をしかめた。


 不意に、鷲尾が思い出した。

「そう言えば、家に入ることも犯罪なんだって?」

「犯罪?たかがそれだけで?」

 それだけじゃねぇだろ。結構な大事だぞ。

「っていうか、入るのは犯罪じゃない。無断で入るから犯罪なんだ」

「無断以外にどう入る?」

「いや、電話したりとか・・・」

 説明しながら、嫌な予感がしてきた。いや、いくらなんでもそんなことはないと思うんだけども・・・

「電話とはなんだ?」

 ああ・・・、予感的中。電話の概念がなかった。電話の説明をするのは難しそうなので、とにかく大声を出してごまかす。

「日本だけの話かもしれないから、深く追求すんな!」

 かもしれないはずがないことくらい、どんな阿呆だって解る。つまり、俺にだって解ってる。だからごまかしきれる自信もなくて、もうこれ以上問い詰められたら、もう諦めるしかない。出来ることはやったんだ。俺は頑張った。

 けれども、次に宝亀が食いついたのは全然違う方面だった。

「ニホン!日本とは何だ?何の定義なんだ?」

 ・・・定義って何?日本の定義って何?俺どう答えればいいの?誰か教えて。

 思い返してみれば、たしか鷲尾も流れから「日本」が「場所」だとは解ってくれたけど、実際なんなのかまでは解っていないようだった。となると、きっと「国」という概念もないんだろう。自分の常識がここまで世界の非常識になるとは、思ってもいなかった。外国に行くとそういう意味で疎外感を感じるって言ってた、従兄の気持ちがよくわかる。いや、たぶん俺の方がずっと孤独だと思うけど。

 国の概念に悩んでいると、見かねたのか鷲尾が助けてくれた。

「場所らしいぞ」

 そうそう。ちょっと範囲広いけど、場所には違いない。解りやすすぎる説明に、宝亀は拍子抜けした。

「場所?」

「みたい。こいつが元いた世界の名前だって」

 ちょっと待て、違うって!完全に蛇足だって!

 俺がいた世界の名前は・・・ちょっとわかんないけど、少なくとも星の名前は地球のはず。価値観の違いとか、世界観とかの領域になれば、国を「世界」と判断しても間違いはないと思うけど、それでもやっぱりおかしいって。俺ってこんなに説得力ないの?俺が説明投げたせい?

 悶々としているのに、どうにもそれが伝わらなかった。てっきり日本を世界名ということで納得した宝亀のスイッチが、恍惚からすぐに切り替わる。


「さて、それでは帰る手段を提供しよう」


 切り替えがマジですごい。ま、困るわけじゃないし、納得してくれたならそれでいいか。思ったより質問が少なかったというのもホッとする。

 朝っぱらから動いていたおかげか、まだ空はそこそこ黄色くて、時間はまだたっぷりとあるようだった。もちろん今ここでも、誰かに命を狙われる危険性がないわけではないらしいけど、やっぱりこういうくだらない話をしていると、どうしてもその辺おろそかになる。いや、生まれつききっと、受験戦争くらいしかかいくぐったことがない俺には、危機感とかあんまないんだろうな。

 余計なことを考えていると、宝亀が長い腕をのばして、さらに指先もピッと伸ばした。こんな指ってあるんだと感動するくらい、長くて細く、また白い指だった。男の思う女性の指って、こういうイメージだよなぁ。ネイルとか?そういうのも全然使ってないのに、爪もすごい綺麗だ。

「・・・どこを見ている?」

「おわっ!わ、悪い・・・」

「謝る必要はないだろう。変な奴だな」

 外国人から見たら、すぐ謝る日本人は変わってるらしいけど、やっぱりこの世界でもそうみたいだ。まあ、今の俺のは恥ずかしいからっていうのもある。

 改めて指の差す先を見てみると、雲にかかるほど巨大な何かが見えた。・・・ベルリンの壁?じゃ、無いよな。

「見えるか?」

 俺、そんなに背ェ低い?ここにきてから、身長の事だけで、何回泣きそうになってるんだか・・・

 肯定すると、宝亀は話を続けた。

「解ると思うが、あれは扉だ」


 ・・・解りませんでした。


 落ち込む俺を見ることなく、宝亀が続ける。

「あの扉を通じて、歴代のアリス達は帰っていったそうだ」

 ま、こっちの人にとっては、異世界への扉ってことだな。でも、そんなものがあんなに堂々と立っていて大丈夫なのだろうか?宝亀しかなんの扉なんだか知らなかったとしても、放置しっぱなしってのはやっぱり信用できない。でも、窓にガラスがなかったり、言えすらなかったり、能力を持っていることだって違う。そう考えると、考え過ぎな気もしてきた。

 ひとまずあの扉の方に向かって行けばいいわけだ。近い目標ができると気持ちが少し楽になる。

 礼を言ってその場を去ろうととすると、待ったの声がかけられた。

「一人で行くのか?」

「え?そんなに込み入った道なの?」

 てっきり森の中をまっすぐ突き進んでいけばいいもんだと思ってたんだけど。宝亀は振り返って、今度は鷲尾に声を駆ける。

「獅子丸、案内してやったらどうだ?」

「なんで俺が」

「どうせ、鍵をはずしてくれたのも有須なんだろう?」

「あ・・・」

 宝亀曰く、鷲尾は鍵を回せるほど頭がよくないらしい。たぶん、使用頻度とかそう言う話なんだろうけど、どんだけ馬鹿なんだよってつい思う。表現としては、不器用って言った方が、鷲尾の頭脳は救われたのではないかと感じた。

 言われてみればそうなんだけど、俺が頼まれたのは鍵を取ってくる、と言うところまでだった。「好意」というより、ただ俺が待ちきれなくて勝手にやっただけなんだけど、鍵を解錠するというのは提供ではなければ、一方的に契約を打ち立てた、ということになるらしい。なんだか面倒くさい世界だ。

 そのため、今俺は鷲尾に「貸し1」の状態。で、この世界のルールとして、立場が同等の時は「貸し借り0」が理想。というか、ルールなのだとか。

「一人で行って、恩人を見殺すのは心地よくなかろう?」


 え?そんなに危険な道のりなの?


「わぁったよ!行くって、行きますって!」

 鷲尾はずんずんと歩いてくると、途中で俺の襟首をつかんで、ずるずると引きずって行った。途中で振り返り、

「すぐ戻ってきてやるかんな!」と鷲尾が声を上げると、

「ああ、報告を待っていよう」と楽しげに宝亀が答えた。ねぇ、この二人、本当に恋人予備軍とかでもないわけ?

 恋人予備軍すらできたことのない俺は、十分にひがんでから、鷲尾の腕を振り払った。

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