こうしてその国は滅びました

茶碗虫

本文

 その国は、世界でもトップレベルに先進的で、平和な国でした。王様は世襲制で、三百年以上前から脈々と引き継がれてきました。ゆえに、王様は自身の境遇をとても誇りに思っていました。同じく国の民も、国の象徴たる王の血筋の半永久性を、自らのことのように喜び、自慢に思っていました。


 王様にとって、民にとって、一番嫌いな言葉は共通していました。それは「諸行無常」です。世にあるものは、みな変化するという言い伝えです。彼らは、半信半疑でした。古くからの言い伝えといえど、果たして信じてよいものなのか、この国はずっと平和じゃないか、と。


 利便性の追求はしばしば世界を不幸にします。車の開発は環境破壊を推し進め、都市の建設は森林を縮小させ、罪のない動物たちを絶滅においやります。SNSという世界が広がれば、人は良くも悪くもなにか発信する手段を持つようになりました。万人にとって、言葉は救済にもなれば、凶器にもなりえるのです。ナイフや銃を使ってもえぐることのできない場所を、唯一えぐることができる凶器。


 豊かさは人を傲慢にします。皮肉にも、豊かさを求める人こそが、最も豊かなのです。豊かさの怖いところは、明確なゴールが存在しないところにあります。「あの家が欲しい」「車を買いたい」などのゴールは、いずれも個人的に設定されたゴールです。しかし、万人に共通する豊かさのゴールは存在しません。あるとすれば、「他人よりも豊かになりたい」という、相対的なゴールです。しかし、その場合、本当に欲しいのは豊かさでしょうか。「他人よりも豊かでありたい」という優越感こそが、求めているものでなないでしょうか。


 僕は、難しい話が嫌いでした。政治とか、経済とか、歴史とか、道徳とか。だから、あまり自分では考えず、流されるままに生きていました。誰かが敷いたレールの上を進むことしかできませんでした。だれかの意見を模倣することしかできませんでした。だから、自由でありながら、行きつく場所は定められているという、奇妙な生涯を送っていました。


 世界のずっと遠い場所で、戦争が起こりました。しかし、戦争が起きたといっても、生活が激変するといったことはありませんでした。それくらいには、影響の少ない戦争でした。


 ある日、王様は、「我が国は戦争に加担しない」と発表しました。僕はその様子をテレビで見ていました。一緒に見ていた母は、「せっかくのチャンスじゃないか」と言いました。母は、「戦争をしている国のうち、勝ちそうな国のほうに肩入れすれば、多少の利益を得ることができるから、国をもっと豊かにするチャンスなのに」と付け足しました。また、SNSを見ても、「おもしろくない」「平和ボケするな」など、否定的な意見が大多数を占めていました。

 僕は、難しい話が嫌いでした。だから、僕も、王様に悪口を言うことにしました。だれかの意見の受け売りで、王様をSNS上で痛烈に批判しました。しだいに、王様への悪口は、どんどん広がっていきました。


 ある日、王様は、「A国の味方について爆撃を行う」と発表しました。僕はその様子をテレビで見ていました。一緒に見ていた母は、「なんで平和を壊そうとするんだ」と言いました。母は、「返り討ちにあったとき、軍事力の乏しいこの国ではまともに戦えないから、静観がベストだろう」と付け足しました。また、SNSを見ても、「兵士はどこから調達するのか」「リスクが高すぎるのに利益は少ないじゃないか」など、否定的な意見が大多数を占めていました。

 僕は、難しい話が嫌いでした。だから僕も、王様に悪口を言うことにしました。だれかの意見の受け売りで、王様をSNS上で痛烈に批判しました。しだいに、王様への悪口は、どんどん広がっていきました。


 ある日、王様は、「皇太子に譲位する」と発表しました。僕はその様子をテレビで見ていました。一緒に見ていた母は、「責任から逃れるな」と言いました。母は、「皇太子はまだ十歳なんだから、王様が統治すべきだ。遠いところでとはいえ戦争が起こっているのだから、なおさらだ」と付け足しました。また、SNSを見ても、「責任転嫁国王」「若い息子を矢面にさらすのか」など、否定的な意見が大多数を占めていました。

 僕は、難しい話が嫌いでした。だから僕も、王様に悪口を言うことにしました。だれかの意見の受け売りで、王様をSNS上で痛烈に批判しました。しだいに、王様への悪口は、どんどん広がっていきました。


 ある日、王様が自殺したという発表がありました。皇太子がまだ十歳だということもあり、好機と見たのか、周りの国々が、豊かな国に眠る資産とその広大な領土を求め、攻撃を開始しました。軍事力に乏しく、国王も若かったその国は、なすすべもなく陥落しました。


 どうすればよかったのでしょうか。

 僕にはついぞ、わかりませんでした。

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