#06or91:一喜or一憂

 まさにのメッセージが送られてきたことに驚く。これは参加者のどいつかからの物か?


<今これを見ている察しの良い方々 集いませんか 十日正午 秋葉原>


 カタカナだけの文を頭の中で変換してみる。主催の猫耳からのものじゃあないことはおそらく。そしておそらく俺らと同様の参加者のひとり、がいきなりこんなものを送ってきたわけだ。他の、この「レター」を見ているだろう参加者向けて。この「世界」に飛ばされてきてどのくらい経つ? 三十分かそこらか? 一時間は確実に経ってはいないよな? そのくらいの段階で状況を次々と把握していって、この何も説明の無い内からこいつの機能を掴んでいって、もう何ていうかの行動を起こし始めているわけだ。


 相当な切れ者がいる。そしてそいつは勝ちに来ている。ネックが「期限内に戦う相手が見つからずに不戦敗」という線がいちばん厄介だということを把握したんだ。その上で「レター」を単なる「受信機」に留まらないことを見抜いた、あるいは試行錯誤の上、理解した。


 その上でこの「招集メッセージ」の投げかけかよ。行動が迅速で的確だ。俺もそこに思い至ったから、とかでは決して無く。


「『十日』は明日だよねえ。バイトは午後六時からだから全然行けるけど、秋葉原には」


 丸顔も把握してんだな。が、気になるのはこれ「罠」なんじゃねえか、という一点だ。うぅん外してたら恥ずかしいが、そんなことを言ってる場合でも無い。繰り出せ俺も、最善を。


「……対局の成立はどうなってる?」


 ぱっと見、向こう側が透けて見えるほどに薄いピンクの紙一枚に向けて問いかける怪しい男の図が展開してしまったが、キーボード類いの「入力」する手段が見当たらないし、紙面のあちこちを触ってみてもそれっぽいものが現れるわけでもなかったから、ダメ元で音声認識に賭けた。案の定自分に問われたと思った丸顔が、うぅんどうだろうねぇ、とか呟きその丸い顎を丸い人差し指と親指でつまんで思案を始める一秒前くらいに、


<対局者同士の双方の意思表示が合致した場合に対局は成立しますニャ。口頭でも紙面でも問題はございニャせん。万が一不正があったと当局が見なした場合には、それもまた爆破消失案件とニャりますのでご留意を、ですニャン♪>


 既に紙上に表示されていた文字や図を上に追いやるようにスクロールが自動で為されると、そのような猫耳からの返しと思われるメッセージが表示された。「話し掛ける」、で合っていた。良かった。身を乗り出しその光景に目を見張る丸顔だが、かくいう俺もそのアナログなんだかデジタルなんだか分からない融合感に内心違和感を抑えきれていないが。まあそこはそういうものと把握し、流しておく。それよりも、


 双方の同意が無いと「対局」は成り立たないわけか。売買契約とかに似た形式。第一感では平等に思える。先ほどの「招致」、気になったのはおびき寄せられていきなり殴られるとか、そこまで露骨にいかなくても向こうに有利な形式……例えば将棋とか、厳然と実力がものを言ってしまう勝負に引きずり込まれてなすすべもなくやられるというのが恐かったが、それはある程度抑制が出来るってことか。おそらくは。


 まあ拉致られて無茶苦茶な対局条件を突きつけられた上でやられるとか、それは注意しなくてはならないかもだが。そんな思考を浮かばせていたらそれを察したかのように、


<対局に関する『恐喝』『暴力』は、これを一切認めておりませんニャ。そして勿論それも『不正』と見なしての『爆破消失』と相成りニャります。『実験』と言いましたニャよね? 私としましてはあくまで平等に執り行いたいのですニャ>


 ……おいおいこっちの思考を読んでるのか? それとも当然の帰結みたいな先回りでそう答えてきたのか? ともかくこの「質疑応答」、こいつが出来るという「気づき」、それは大きなアドバンテージと見ていい。聞かなきゃ答えないという姿勢が公正平等かは疑問と言えなくもないが、その辺り逆らっても無駄感は既に受け取っている。


 最適を為せ。他の九十五人を出し抜くってのは、生半可なことでは無理だ。だから考えろ。思考だ。意識だけになったこの存在、外界干渉はまあ出来て、そして干渉も受ける存在とは言え、この状況においては思考こそが最大の武器と思えるから。差し当たって、


 明日、秋葉原に出向くか、出向かないか。


 その選択をどうする?


「……一度でも半径一キロに入った相手の居場所は、『マップ』で把握できたりするのか?」


 いわばGPS的なこと。スマホ然としたこの「紙ぺら」ならそれをすること自体は容易に思えたが、果たして、


<イエスですニャ>


 素っ気ない返しが紙に表示される。その素っ気なさこそが何らかの核心を突いたような気がして俺は内心で拳を握ったりしてみるのだが。いや一喜一憂はほどほどにだ。本質を、考えて洗い出せ。


 秋葉原には行く。行くがこの「切れ者」他、集まった「察し良い奴ら」には会わずに「マーキング」だけを施す? そうする意味はあるだろうか。つまりは「強敵」と思われる相手からは距離をおけるようにしておいて、対決を可能な限り避ける? いや、そんな消極、最適とはとても思えない。それに強敵何人かにこちらの居場所も常に割れるってことだ。危険では? こそこそ嗅ぎまわっている奴、ということで悪目立ちした挙句、人数が減る終盤の局面で「対局拒否」とかされたら詰む。


 であれば、リスク込みで会う。そしてある程度こちらの情報を晒した上で、相手の情報もかすめ取る。それが今考えられるベスト、までは行かないまでもベター対応と思われた。


 今が夜中の二時であることをアナログの腕時計で知らされた俺は、丸顔に早く寝ろと急かす。明日というか今日の正午。初っ端の大事な局面だ。何とかしてカマす術は無いかと、薄っぺらい布団を敷いて寝そべったかと思ったらもういびきと歯ぎしりを始めた丸顔のどう見ても自分に似ていない寝顔を眺めつつ、思考を巡らす。と思ったら俺にも眠気が襲ってきた。「意識体」でも休息は必要なのか。目覚ましの手段が皆無のこの部屋に一抹の不安を抱きつつ、急に断たれるような暗闇が襲ってきて、俺も畳の上に頽れてしまうが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る