#05or92:朝改or暮変

<まず初めに、この時点でちゃんとこのネコロ=ノミコス神からの通信手段たるところのこの『レター』を手に取っていること、それを評価したいと思いますニャ……(あなたが十人目♡)>


 ありがちな肉球足跡マークが散らされた悪趣味なピンク色の定型封筒には、三つに折りたたまれていた便箋がただの一枚入っているばかりで。それなのに冒頭六分の一くらいをそんな不要なる情報を読みづらいことこの上ない丸文字でしたためられていることに不安を抱く。


 ともかく、当たりは当たり、なのか? いったんつかず離れずの距離感ではしごのような外階段を何とか上がり、六畳の真ん中に据えられたちゃぶ台の上に置いたその、猫耳……「ネコロ神」が言うところの「レター」を挟んで向かい合う丸顔と俺であったが。相当な絵柄ではあるがそうも言ってられない。二メートル……改めて意識すると息詰まる距離感だ。例え付き合いたての恋人同士でも四六時中はキツいであろう、実体が無くて良かったと初めて思った。いやそれよりも。


<細則その一:活動範囲は『山手線』内側のみとする。ここから外に出た場合、『意識体』は途轍もない爆破衝撃に見舞われ、未来永劫消失しますニャ>


 おい。これ知らずにいたらとんでもないことになるとこだったろうが。こ、ここはJR西日暮里の西側だからセーフだね荒川区と台東区の境目の立地だからそれ条件だったらあぶなかったかもだけどははは、との俺よりもこの状況に食い気味に順応している丸顔に頼もしさなのか何なのかの感情を受けつつ、部屋隅にビビッドオレンジ色にて無駄な存在感を放っている傾いで平行四辺形になっているカラーボックスからかくも都合よく挿されていた「二十三区ポケットマップ」を取り出し、該当箇所を開いてみる。おお、さすが「パワーあるビジョン」……との感嘆含みの甲高声が漏れ出てくるが、実体無いのに干渉できるのは確かな利点だ。それよりも現状把握。俺はその本当に掌くらいのサイズしかない冊子を開き、細かすぎる文字に目を走らせる。西日暮里三丁目、確かに荒川区の南西の隅っこにあった。ぎりぎり山の手の内側じゃねーか徒歩五分で釜の縁から出てしまうわっぶねえ……。


「今後、線路の高架を越えて駅の東側に行くことを禁ずる」


 ええー、この辺では珍しく美味いラーメン屋があるんだよねえ、との言葉は周りからいつも不機嫌そうだけどどうしたのと問われていた眼力で黙らせる。死活。一度死んではいるものの、先ほども階段に鼻を擦り潰された時に感じた激痛を今は鈍痛というかたちで引き継いでいることから、五感、あるいはそれに似た疑似的な何か、は健在であり、よって爆死しての消滅は御免こうむりたい。何より負けたくはない。後先がどうあれそんな思いに正にのこの全身は漲っているわけであって。そしてこの紙っぺら一枚が本当に「正解」だったことに薄々認識させられた俺がいる。それは、


<細則その二:『対局者』たちの位置情報は互いに『半径一キロメートル』の範囲に存在することで互いに感知されますニャ。詳細は下の『マップ』を参照のこと>


 どう見ても薄手の便箋(薄いピンク色)にしか見えなかったそれに、次々とそんな「細則」が、滲むようにして浮き上がってきているからであって。未知のテクノロジーか、催眠幻覚の類いかは分からないが、確かに文字やさらに「マップ」と称された地図画像が視認出来る。なけなしの表現力を駆使して例えると「極薄のスマホ」か。


 二〇二〇年を生きてきた俺には想像可能な代物であったので割と流し気味で指でフリックやらピンチインとかをやってみて思う通りに動かせることを確認したが、丸顔の方は、おおおこれはオカルトと見せかけてのSFなのかもねえぇ……とか感心している。「感心」で済ませて呑み込んでいる辺り、やはりこの男は唯ならないのかも知れないが。


 ともあれ、


<細則その三:対局者同士はどのような形式でも良いので、『一組VS一組』での対決を定められた期日までに行ニャうこと。一回戦は六月十四日(金)が期日とニャります>


 微妙にその猫語尾の使い方が変わってきているような気もするが、そこは置いといて細則中身だ。「対局」……どのような形式でも、か。殴り合いとか、そういった物騒なことが頭をよぎるが、もっと平和的なものも考えれば色々ある。その場合は相手の同意も必要なのだろうか。


<細則その四:『負けました』と相手に告げることで勝負は決着しますニャ。負けた『意識体』の方の安らかな眠りは約束いたしニャすニャ>


 いや、負けたら終わりってことだなじゃあ。しかして相手に降伏宣言をさせないと決着はしないか……正にの往生際の悪い奴がいたら面倒だな。


「ねえねえ、十四日ってことはあと五日しかないよね? 僕もさ、こう見えてバイトのシフトが毎日入ってるんだよねぇ。あ、勿論こっちを優先するけどさぁ」


 丸顔は呑気にそんなことを言ってくるが。いまいちこいつの距離感が掴めない。とは言えこの住処を一望して分かるのはカネが無いという一点。あの男にこのような時代があったとは初見初耳だったが、まあ今重要なのは先立つものはあればあるほど良く、無ければ無いほどまずいってことだ。約三か月の長丁場。何が起こるか分からねえし、その際にモノを言うのはやはり、だろう。その点で俺らは既に不利なのかも知れないが、そうも言っていられる状況でも無い。所持金を教えろ、と言ったらまだ月初だから結構あるよ、と言われべりべりと開いた擦り切れたブルーの財布から抜き出した三万円を呈示された。結構、ね。貯金とかは聞くのは無粋というか無駄なのでやめた。となるとバイトは続けてもらっていた方が良さそうだが、俺も当然そこに拘束される。いよいよとなったら減らす算段も立てなければいけない気もしてきた。何故なら、


 山手線の内側。冊子には「約六十三平方キロメートル」との記載があった。東京ドーム「約一三〇〇個分」とも。そこに九十六名が点在。実際に偶然に出くわすって確率はどのくらいなんだろう。「一キロ感知」があるとは言え、相当低いのではないだろうか。「対決」以前の「相手」探し。それに奔走させられること、それ込みで考慮しなくちゃなんねえ……とか、おもむろに考え始めたその、


 刹那、だった……


<イマコレヲミテイルサッシノヨイカタガタ ツドイマセンカ トオカショウゴ アキハバラ>


 いきなり浮かび上がってきたカタカナの群れ。こいつは……?

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