閑話1


(やっぱり……)


 怜那ちゃん、本気、だったんだ。


*


 古河君のことは、別に、なんとも思わなかった。

 頭はちょっと良いみたいだけど、

 見た目は、ごくふつうの男子だと思うし、

 クラスの中では、話題にもならなかった。


 話しかけられたこともないし、ちょっと、壁のある感じだったから、

 どちらかと言えば、苦手だったかもしれない。

 

 だから、怜那ちゃんから、思い詰めたような声で、

 席を替わって、って頼まれたとき、

 「なんで?」

 って思った。

 

 佐和田怜那ちゃんは、中学に入ってからの知り合いだ。

 ピアノがすごく上手な、大人しめの子だったけれど、

 話を振れば、ごく普通に、楽しそうに話してくれる子だった。

 班が一緒だったりしたこともあって、

 1年の時は、ちょくちょく話すくらいには、仲は良かった。

 

 でも、去年、お父さんが亡くなってから、

 怜那ちゃんは、すっかり、心を閉ざしてしまったらしい。

 1年の時は、あんなにどんよりとした子じゃなかった。


 ひょっとしたら、クラスじゃないところで、

 いじめられてるんじゃないのかな? とは思ってたけれど、

 聞けるほどの関係じゃなかったし、聞いていいかもわからなかった。

 気にはなってたけれども、話しかけられはしなかった。

 あの時の怜那ちゃんなら、話しかけても無視されたと思うし。 

 

 だから。


 「いいから。

  おねがい、美月ちゃん。」


 怜那ちゃんに、手をぎゅっと握られながら頼まれたとき、

 切実さと真剣さに、ちょっと驚いた。

 名前、覚えてたんだ、久しぶりに呼ばれたなぁ、なんて思ってしまった。

 

 一番後ろだと、黒板が見えにくい。

 怜那ちゃんと交換するなら、前から2番目の席になるし、友達もいる。

 そんなに悪い条件じゃなかった。

 私の目の悪さを理由にしたら、先生も、特に何も言わなかった。

 

 ただ、ほんとに、

 「なんで?」

 という感じだった。


*


 夏休み明け、怜那ちゃんがイメチェンを決めた時、

 クラス中、ハチの巣をつついたみたいになった。

 

 怜那ちゃんのことなんて見向きもしなかった子達が

 次々に話しかけていくのを見て、嫌な感じもしたけど、

 なんとなく、笑えてしまった。


 わかってないなぁ。

 

 夏休み前から、怜那ちゃんは、

 前みたいに、いや、前よりずっと、表情が、豊かになった。


 話しかけられてる古河君が、

 見たこともない優しい眼で、怜那ちゃんを見ていた。

 あ、しまったかも、と思ってしまった。

 

 でも、それなら、わたしも、同じじゃないか。


 だから。

 

 「美月ちゃんっ!」

 

 怜那ちゃんが、正面から勢いよくぼふっと抱きついてきた時は、

 ただ、びっくりした。

 

 「ありがとう! ほんとにありがとうっ!!」


 かわいい、と思った。

 しまった、と思った。

 いいなぁ、と思った。


 彼氏、ほしいなぁ。

 生まれてはじめて、そう思った。

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