第2話

 前の学校よりも騒がしいな。


 それが立花・紫桜の思った最初のクラスの印象だった。

 休み時間に入るなり、いきなり自分の周囲に群がり始めたクラスメートたちを見ての感想だったが、これは些か紫桜の偏見の入った感想であると言わざるを得まい。

 実際のところ、紫桜の転校したクラスが騒がしかったのは、紫桜自身の有名ぶりとその美貌が珍しかったからであり、別に普段から彼の言う通り騒がしい訳ではない。

 しかし、そんなことを知りうるはずもない紫桜は、適当に新しいクラスの人間に話を合わせて、愛想笑いを浮かべていた。


 そうして、騒がしいクラスの人間を一通り捌いていたそんな時だった。

 クラスメートの人混みの中を、一人の少女がかき分けて紫桜に話しかけて来た。


「ねぇねぇウチのクラスにも囲碁が強い奴が居るの。そいつと一局打ってみない?もしかしたらプロよりも強いかもよ?」


 そう言ってきたのは、明るい茶髪を長く伸ばした快活な雰囲気の少女だった。

 中学生にしては発育の良い体つきをしたツインテールのその少女は、美少女と言っても差し支えないだろう。

 まるで不躾なまでに底抜けにそう言いながら、極端に距離を詰めてくる少女の態度に、思わず紫桜は赤面しながらのけぞった。


 プロより強いと言いながら自身に絡んでくるような人間は、プロになってから随分と相手するようになったが、未だにその躱し方が分からない。

 ましてや、こう言う屈託なく絡むような異性のさばき方には免疫そのものが無く、紫桜は半ばどもりながら目の前の少女に口を開いた。


「ああ、ええと、その……」


「私?ああ、そうか。自己紹介まだだったわね。私の名前は桐藤きりふじゆかり。この学校の囲碁部の部長よ。紫でいいわ」


「すみません、ゆかりさん。実際に強いかどうかは対局してみないと分からないので、何とも言えないです。もしも本当に強いと言うのなら、僕が実際に打ってみますが?」


 それを聞いた途端、紫は一瞬、不敵な笑みを浮かべると、その場で踵を返して窓際の席に向かった。

 紫の向かう席には、明らかに寝ていると思しき机の上に突っ伏している少年の姿がおり、紫は寝ている少年の席に行くと、その耳元に口元を寄せ、


「ショーイチ。起きな。起きろ。おーきーろー。プロ棋士がアンタと対局してくれるってさ!」


 突然、巨大な声で叫び始めた。


「あー。もううるさい!何ピロシキが何!」


 寝ているところで突然大きな声でたたき起こされた少年は、耳元で大声を出した紫を睨みつけた。

 すると、紫は起き抜けのその少年を無理やり立たせると、強引に紫桜の前まで連れて来た。



「ピロシキじゃない!プロ棋士!ほら、早くこっち来て!どう?コイツ、ショーイチって言うんだけど、結構強いの。此奴と対局してみない?」


 そう言って紫は紫桜の前に少年を紹介したが、紫桜の前に突き出された生市と呼ばれた少年は、面倒くさそうに手を横に振った。


「え?やだけど。俺別に囲碁とか好きじゃねえし」


「はぁ?アンタが囲碁好きだから私はわざわざこの学校に囲碁部まで作ったんでしょ?だったらちょっとくらいヤル気出したっていいじゃない!そもそも、囲碁部を作りたいとか言ったのもあんたじゃない!それなのに部活にも全然顔を出さないし、私が部を作るのにどれだけ苦労したと思ってんの?!」


「うっせえなあ。俺は確かに囲碁をできる場所が欲しいとは言ってたけど、別に囲碁部を作りたかった訳じゃないの。それをわざわざお前が作るから、無駄に時間を食うだけの部活に無理やり入れられて、逆に迷惑ですわー!」


「はあ?!何それ!!こっちの苦労も知らないで!」


「あ?てめえが勝手に苦労しただけだろ?俺の所為にするんじゃねえよ」


 突然、夫婦漫才よろしく、犬も食わないような痴話げんかを始めた二人の様子に、周囲のクラスメートたちはまたか。と言った風情で軽く笑い合い、中には二人の仲裁に入る者もいた。

 そうしている間に授業が始まり、それと共に紫と生市も自分の席へと戻っていった。

 これが、立花・紫桜とわたり生市しょういちの最初の出会いだった。



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