[3-9]退魔師の本当の目的とは

 食後に雪火せっかは薬草茶を出してくれた。

 赤褐色のお茶が湯飲みの中になみなみと注がれている。

 ほのかに甘くて、あくの強そうな香りがするけど、これが飲んでみたら意外と爽やかな味だったりする。


 結局雪火せっかは今回迷惑をかけた罰だ、とかなんとか言って後片付けまで雨潮うしおくんに付き合わせてしまった。

 優しい反面、ごくたまに雪火せっかは強引になったりする。だからあの九尾さんとうまく付き合えているのかもしれない。


「ごはんは口に合ったかな」


 食事の時に引き続いて雪火せっか雨潮うしおくんにぐいぐい詰め寄っている。もしかしたら食器洗いの時も二人で話していたのかもしれない。


「……珍しいものもあったけど、悪くはなかった」

「アルバさんみたいに、そこはおいしいって言って欲しかったなー」


 雨潮うしおくんはさっきから雪火せっかと目を合わせようとしない。

 それでもめげずに雪火せっかは話しかけている。


雨潮うしお君はだんご汁を珍しがっていたよね。前に住んでいた家ではどんなお味噌汁が出てたの?」

「……別にフツーの白い味噌汁だけど」


 引き気味に雨潮うしおくんがそう答えた瞬間、雪火せっかの目がきらりと光ったような気がした。


雨潮うしお君、当ててみせようか。きみが前に住んでいた街って京都だろう?」


 その瞬間、雨潮うしおくんはものの見事にお茶を吹き出した。

 どこからか盛ってきた布巾ふきんでこぼしたお茶を丁寧に拭いている。目を据わらせて雪火せっかを睨んでいるけど。


 そっか。さっきから妙に雨潮うしおくんに絡んでいると思ったら、雪火せっかは彼に事情を問いただす気でいるんだわ。


「だから、お前は何者なんだよ」

「ただの魔女だよ?」


 首を傾げて、雪火せっかはお決まりの台詞を口にする。

 そう、いつも雪火せっかは自分のことを魔女だと言う。魔女ってファンタジーの職業だったり女の人のイメージが強いけれど、男の人でも名乗れちゃったりするらしい。

 だからと言って、ゲームの世界みたいに雪火せっかに魔法は使えない。前に自分でそう言っていたから間違いないと思う。


 笑顔で席を立ったと思ったら、雪火せっかはしばらくして四人分のお皿の上に羊羹をのせて戻ってきた。

 お皿をテーブルの上に並べたあと、九尾さんの前にはもう一枚油揚げを出して(まだ食べるんだ!)、もう一度雪火せっかの黒い瞳が雨潮うしおくんを見つめた。


「そろそろ教えてくれないかな。たぬきの子どもやアルバくん、それに何の関係もない紫苑しおんにまで迷惑をかけたんだ。きみが追跡していた、毛むくじゃらで形がいびつなあやかしとは、一体何なんだい?」


 いつもの笑顔が消えて、雪火せっかは真顔になって雨潮うしおくんに尋ねた。

 彼の意図が分かったからか、それとも雪火せっかの尋問からは逃れられないと観念したのか。どちらなのかわからないけれど、雨潮うしおくんはため息をついたあと、ずっとそらしていた目で雪火せっかの顔を見返した。

 まるで覚悟を決めたように。


「……お前の言う通り、俺は京都のとある町に住んでいた。見ての通り半妖の退魔師だ。俺は妖怪を憎んでいる。根絶やしにしてやりたい気持ちには変わりないが、俺がこの町に来たのはある危険な妖怪を追ってきたためだ」

「危険な妖怪……?」


 毛むくじゃらの妖怪と聞いてから、心のどこかで警鐘が鳴っているような気がしていた。

 でもなにかの間違いだと思う。だって、あの妖怪は九尾さんが退けたんだもの。


「そいつは仲間にひどい怪我を負わせた。すでに何人も人間を手にかけている。退魔師が相手だろうと躊躇せずにのど元に噛みつこうとする討伐対象の妖怪だ」

「それは穏やかじゃないね。何ていうあやかしなんだい?」


 あくまで雪火せっかは〝あやかし〟と呼ぶ。魔女としてなのかはわからないけど、あやかし専門の薬屋さんとして、彼はいつもあやかし達には公平に接しようとする。

 それが気に入らなかったのかもしれない。雨潮うしおくんは軽く雪火せっかを睨んだ。

 けど、文句を言ったり悪態をつくことはなかった。


 彼はわたしにもわかりやすく教えてくれた。


「常に黒雲に紛れて姿を隠し、悲鳴に似た声で鳴く得体の知れない怪物。――ぬえだ」


 ――刹那。

 雷のような衝撃がわたしの身体を貫いた。


「鵺、だって……?」


 九尾さんの声が低くなる。機嫌良く揺れていた九本の尻尾はぴたりと止まり、次第に太く膨らんでいく。

 いつもの微笑みが消え、きんいろの瞳が剣呑に細くなった。

 ゆらりと九尾さんの白銀の髪が風もないのにあおられる。まるでその髪の一房がなにかの生き物のように――。


「九尾」


 雪火せっかの拳骨がこつんと九尾さんのこめかみのあたりに当たった。

 すると揺らめいていた白銀の髪も重力にしたがって下りていく。


 ため息まじりにその動きを見守ったあと、雪火せっか雨潮うしおくんに向き直ってこう尋ねた。


「ねえ、雨潮うしおくん。その鵺の体色は暗い青紫色で、赤い目をしたあやかしなのかな?」

「お前達、鵺を知っているのか!?」


 初めて雨潮うしおくんが声を大きく上げた。嬉しそうでいて、危険をはらんでいるかのような声音。それだけそのあやかしが危険なのかわかる。

 雪火せっかも九尾さんも、それにわたしも、そのあやかしには


「たしかに目は赤だ。だが、鵺はもともと得体のしれない妖怪で、実体を持たない。妖狐のように自分の姿を変える。その体色さえ自在に変化するんだ」

「ああ、だから君はアルバくんを勘違いして襲ったんだね。ばくは体色までは変えられない。君の目には白い鵺に見えていただろうから」

「そうだ。俺の標的は鵺ただ一匹だった。榎本えのもと、心当たりがあるんだな?」

「うん、そうだね。君とは情報を共有しておきたいところだけど……」


 ちら、と雪火せっかの黒い瞳がわたしを見る。思わずびくりと肩が震えてしまった。


紫苑しおん、もう遅いし色々あったから疲れただろう? 早く休んだ方がいいと思うんだけど、今日は泊まっていく?」

「――え?」


 不自然なくらい、いきなり会話の内容を中断して聞いてきたから、びっくりした。

 雨潮うしおくんだけじゃなく、わたしもお泊まりするってこと?


「ううん、さすがにそこまでしてもらうのは申し訳ないよ。今日は家に帰る」

「そう? 気にしなくてもいいのに……。アルバさん、紫苑しおんのこと頼んでもいい?」

「ああ。いいけど……」


 アルバくんが戸惑ったように雪火とわたしの顔を交互に見る。そのあと、顔色をうかがうように瞳を向け、眉を寄せた。

 きっと心配をかけている。今のわたしはひどい顔をしているに違いない。


雨潮うしお君から聞いた内容はちゃんとアルバさんにも伝えるから。……今は、紫苑しおんのそばにいてあげて」

「お、おう。分かった」


 台所からタッパーを盛ってきて、雪火せっかは手をつけていない二人分の羊羹をてきぱきと詰めてくれた。

 最後にタッパーをスーパーの袋に入れて、アルバくんに押しつけるように渡す。


「この羊羹おやつに食べてね。食べられないようだったら、冷蔵庫の中に入れて。じゃあ、おやすみ」


 雪火せっかは笑顔でそう言うとわたしとアルバくんの背中を押して、まるでわたしたち二人を追い出すように見送ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る