[3-5 reverse side]夢喰いあやかしは全力で約束を守ろうと奮闘する(後編)
日がとっぷりと暮れる頃。おれはどういうわけか
「
当の家主はおれに茶を出したあと、二人に懇々と説教なんぞを始めている。
部屋の端っこに正座させた九尾と退魔師を前に仁王立ち、という構図だけでも珍しいのに、雪火は今までになく低い声で二人を叱りつけていた。
とはいえ、こいつには感謝しかない。おれの膝の上でタヌキのちびがすぴすぴ寝ていられるのも、こうしておれ自身が無事でいられたのも、全部
「馬鹿野郎、九尾! やりすぎだ!! 少しは状況を考えやがれぇぇぇぇ!」
そう叫んだあのあと、すぐに駆けつけてくれた
巨大な化け狐と化した九尾を叱りつけもとの人型に戻るよう、すぐに指示した後、退魔師に有無を言わさず妖刀をおさめさせたのだ。たぶん、初対面のはずなのに、退魔師は
もちろん彼はおれの怪我の治療もしてくれた。
失った妖力は九尾からもらえればそれでいいと言ったんだが、
傷を塞いでおかなければ流れ出ていく一方だからと、彼は強引に消毒し始め、気付いた時には包帯を巻かれていた。
退魔師が
そんな遠い距離の中、どうやって
正直居心地は悪かった。振り落とされる心配もあったが、落ちないようにあの九本の尾に包まれた時にはぞくぞくした。あのゲテモノみてえな恐ろしい口と牙を見た今となっては、あやかしのおれでも怖すぎる。
「……よっと」
深く寝入ってんのか
まぶたは固く閉じられ、目覚める気配はない。
悪夢を見てるならどうにかしてやれるが、夢を見ているわけじゃないみたいだ。ただ気絶してるだけだから、すぐに目は覚めると思うんだが……。
「
不気味に揺れていた九本の尻尾も今では見る影もなく、シュンとそれぞれがうなだれている。
「アルバさんと
「ええっ、そんなあ……」
「それが嫌なら、
普段は虫も殺さねえような顔をしているのに、
宿主に腕を組んできっと睨まれたら最後、九尾が反論できるはずもなく。こくりと素直に頷いていた。
「うん、わかったよ。
「分かってくれたならいいよ。次は
次なる標的は退魔師だ。
口を引き結んで無愛想にしつつも、退魔師は正座させられている。こいつの場合はまったくの初対面なのに、なんで逆らえないのか不思議だ。
「タヌキの子どもを追いかけたばかりか、女の子の前で刃物を振り回してアルバさんに怪我させるとか、何考えているの。あやかしに対してどう思うのかは勝手だけど、むやみに傷つけるのはどうかと思うよ」
そのまま押し黙るのかと思っていた。
だが意外にも退魔師は目を上げて、
「……そういうお前はあやかしに対してどう思っているんだ」
「九尾のこと? 九尾はそりゃ目を離したらあんなふうに大妖怪になって暴走するし、僕の煎餅はすぐ空っぽにしちゃうし、祠のお供え物の油揚げをくすねてくるし、ご近所の
「ええっ、
改めて言葉にすると、
泣きつかれてもなんのその。
「でも、家族だと思っているよ。物心がついた時から一緒にいるしね」
にこりと
聞いたのを後悔したと言わんばかりに、退魔師は眉を寄せ苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
退魔師が
人の域を超えた力は人間達の間では異質として見られるだろうし、なにより持て余す。それが誰かに危害を加えるような力なら、人生さえも狂わせることだってある。
こいつはどういう理由で、おれたちあやかしを目の敵にしてるんだろうか。
「ねえ、
声のトーンが元に戻っていた。
だが、黒い瞳は真剣そのもので、まっすぐ退魔師に向けられている。
「きみに妖力があるのなら、
退魔師は何も言わなかった。押し黙ったままだ。だが、逆にその沈黙が肯定を意味しているように思えた。
「そして以前、きみがアルバさんを狙ったのも、たぶん同じ流れなんじゃないかな。
ぴくりと退魔師の細い眉が少しだけ動いた。
鋭く睨み上げられても、
「ねえ、
そういうこと、だったのか。
毛むくじゃらで、かたちがいびつな妖怪。身体中毛が覆われているあやかしなんか、そのへんごろごろいる。そういえば、
当事者のおれでも分からなかった真実をぴたりと言い当て、悠然と微笑む
おれはこいつを
だが今となっては改めなくてはいけない。
同じことを退魔師も感じたんだろう。
直接質問には答えず、やつはいぶかしみながらこう尋ねた。
「
「僕は普通の高校生で、ただの〝魔女〟だよ。この言葉の意味、退魔師である
あやかしのおれには
だが、退魔師には意味が通じたらしい。「そうか」と短く返事をして今度こそ黙り込んでしまった。
魔女だとか退魔師だとか。
たぶん、親切なこいつのことだ。快く教えてくれるだろう。
とりあえず今は、
起きた時、おれがそばにいなかったら、たぶん不安がるだろうから。
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