[2-6]後輩の相談事

 突然現れた転校生の雨潮うしおくんに、後輩からの相談事。予想通りどちらもあやかしが絡んでいて、どうすればいいかわからなかった。

 片親があやかしだったとはいえ、わたしは彼らのことをよく知らない。お母さんはあまり結婚する前のことを話さなかったもの。

 鎌鼬かまいたちのことさえよくわからないのに、他のあやかしたちのことなんてなおさらわかるわけがない。


 そんな思いを見透かされてたのかな。

 アルバくんが心配してくれた。バスで二十分はかかるのに、学校までわざわざ様子を見に来てくれた。


 ――あやかしや、あやかしに関係することに巻き込まれるのもまだきついだろ。


 あたたかい優しさに満ちたアルバくんの言葉が頭の中で何度も繰り返される。


 変なの。まるでわたしの心の中をのぞいているみたい。

 こんな細やかな気遣いは九尾きゅうびさんにもされたことない。まるでわたしたち人間みたいに、アルバくんは心を気遣ってくれる。


「それで、何を考え込んでたんだよ」


 どうしよう。なんて答えようかな。


 あやかしであり、ばくとしていろいろな人たちの夢に介入してきたアルバくんは、きっと九尾さん以上にわたしたち人間のことを知っている。

 相談すれば真剣に聞いてくれると思う。

 でもアルバくんは人の姿を保てるようになったとは言っても、まだ療養中の身だ。まだ耳や尻尾には色がついたまま。完全に邪気は抜けきっていなくて、万全の状態じゃない。

 そんなアルバくんを巻き込んでしまっていいのかな。


「えっと……」

「どうせ隠したって、おれにはすぐバレるんだから話しとけよ」


 藍色の瞳が軽く睨んでくる。いつだってアルバくんはまっすぐな目でわたしを見つめてくる。


 そう言われちゃうと何も返せない。

 実際、夢の中に入れる彼にはわたしに関することは大体把握されている。今朝に見たおいなりさんの夢もその一つだ。

 あやかしが苦手なことも、目には見えない傷に苦しんでいることも、言葉にしなくたってアルバくんには最初からバレている。


 半月前は飢えと怪我で倒れ、まだ身体が治りきっていないのに、アルバくんはいつだってわたしを心配してくれる。

 今日だって退魔師に見つかってしまうかもしれないのに、危険をおかしてわたしに会いに来てくれた。

 彼の優しさに胸のあたりがぽかぽかとあたたかくなる。


 話してみようかな。アルバくんなら、いい知恵を貸してくれるかもしれない。


「うん、そうだね。少し長くなるんだけど、聞いてくれる? わたしの後輩から持ちかけられた相談事なんだけど……」

「後輩?」

「うん、同じ園芸部の後輩なの」


 アルバくんが目を丸くしてぱちぱちと瞬きした。何に驚いているのだろう。


「お前園芸部だったのかよ」

「うん。わたしお花好きだから。それにね、雪火せっかも園芸部なんだよ」

「ふーん」


 今度は抑揚のない声で適当に頷かれた。あんまり興味ないみたい。


「あっ、その後輩はね、この学校の近くに住んでいるの。お父さんとお母さんが商店街にあるおにぎりカフェなの」

「おにぎりカフェ……?」

「うん。もともとは食堂だったんだけど、月夜見つくよみ市の観光事業のためにおにぎりカフェを始めたの。学校がお休みの時は後輩もお店を手伝ってるんだよ」

「それが後輩ってやつが持ち込んだ相談事と何の関係があるんだよ」


 胡乱げな目でアルバくんが見てくる。早くも聞くのに飽きてきたみたい。家で一緒にいるときはいくらでもわたしの話を聞いてくれるのに。

 うう、わかりやすい説明するのって難しいなあ。


「そのお店の手伝いをしてる時にあやかしに遭遇したんだって。うーん、遭遇っていうより餌付け、みたいな感じ」

「なんだそりゃ」

「えっと、最初はね、小さな男の子の姿だったんだって」


 後輩の話によると、その男の子は道の端っこでぽつんと座り込んでいたんだそう。

 心配になって話しかけるとお腹がすいていたみたいで、動けなくなっていたみたいだった。

 まだ七歳くらいの小さな男の子だったし、後輩はなんとなく放っておけなかったみたい。お店のおにぎりをお裾分けしてあげたら、すぐに元気になったらしい。


「なるほどなー。だから餌付けか」

「うん。でもね、その子は何も話さなかったし、訳ありなんだと思って後輩は何も聞かなかったらしいの。それに元気になったその男の子は恩返しだって言ってお店の手伝いとか宣伝をいっぱいしてくれたんだって。そのおかげか前よりもお客さんがたくさんくるようになったのよ」

「ふぅん」


 腕を組んでアルバくんは考え込んでいるようだった。

 なにが手がかりになるかわからないけど、聞いたことを思い出しながらそのまま続ける。


「どこのお家の子なのかわからなかったけど、素直で礼儀正しくてすごくいい子だったんだって。一緒にいて楽しかったし、親御さんもその子が気に入ってたみたい。でもね、ある日、見てしまったの」

「見たって何を?」

「男の子のおしりのあたりに太くて長いまあるい茶色の尻尾があったんだって」

「……それって、タヌキだろ」


 そう、アルバくんの言う通り、男の子は化けたぬきだった。

 異変に気付いた後輩が指摘すると、その子は顔を真っ赤にして小さなたぬきになってしまったらしい。そのまま一目散に逃げて姿を隠してしまったとか。


豆狸まめだぬきだな。お前の知り合い、たぬきに化かされたんだよ」

「やっぱりそういうことなのかなあ」

「それ以外に何があるっていうんだよ。まあ、悪さをしたわけじゃねえみたいだし、助けてもらった恩返しがしたかっただけだろう。放っておけばいいんじゃねえか? 逃げたんなら気にするほどのことじゃねえだろ」


 うん、たしかに。後輩の話がここで終わりなら、わたしも悩まなかったと思う。


「違うの、アルバくん。この話にはまだ続きがあるの。このあと、豆狸まめだぬきさんに大変なことが起こってしまったのよ」


 そう告げると、わたしの気持ちが伝わったのかアルバくんは真顔になった。


「何が起こったんだ?」

豆狸まめだぬきさんと後輩はそのままお別れにならなかったの。最近、もう一度会いにきてくれたんだって。でも、」


 今更になってためらってしまう。自分の口から出してしまえば、もう引き返せないんじゃないかしら。

 ううん、違うわ。

 後輩の話を聞きに行ったあの時点で、わたしはもう引き返せなくなったんだ。


「でも?」


 眉を寄せ、不可解そうな顔でアルバくんがオウム返しする。

 もう引き返せないのはわかりきっている。いい加減、覚悟をきめなくちゃ。


「……全然元気じゃないの。すごく弱っていて大怪我をしているんだって。どうすればいいのかわからない。たぬきさんを助けてって、後輩に言われたの」


 あやかしのことはまだ苦手だし、正直こわい。だからといって、このまま放っておけるほどわたしは冷たい人間でもない。困っている人がいたら助けたい。

 それに、あやかしたちを癒やし回復させることができる力を持っているのは、わたしや雪火せっかだけなんだもの。

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