[2-4]あやかしって信じていますか?
静まりかえっていた教室内が、チャイムの音ひとつで騒がしくなる。
わたしも例外じゃなく、うるさくはしないけど両腕を伸ばしてひと息ついた。
新学期早々、六限目まで授業がたっぷりあるのはどうなのだろう。
でも宿題はちゃんと提出できたから、大丈夫。
集中できないのは授業が久しぶりだからかな。それとも夢喰いあやかしに憑かれたり、夏休み中に色々ありすぎたせい?
転校生が隣にいるから、っていうのは人のせいにしすぎな気もする。
休み時間になって、
うちの高校はほとんどの生徒は大きめなリュックの中に教材を入れてるんだけど、例に漏れず
机をくっつけて教科書を見せている間、
すごく真面目なひとだ。きっと勉強ができるんじゃないかな。
口数は少ないし素っ気ない態度が多いけど、わたしや他のクラスメイトが話しかけたらちゃんと返してくれる。そんなに悪い人じゃないみたい。
ただ、誰にでも笑いかけるわけじゃない。クールな人だ。
「ねえ、
「何だ?」
話しかけると、
「
突然すぎたかな。
でも外の町から移住してきた人なんて、
「あー、言ってもわからないと思う。それくらい知名度が低い街だよ。ま、さすがにここまでなんもない田舎じゃなかったけどな。少なくとも電車は通ってたし」
ああ、やっぱり市内に駅がないのは衝撃だよね。わたしも電車なんてここしばらく見てないもの。
隣の市まで車を走らせないと電車に乗れないのはやっぱり不便だと思う。
「そうだよね。
「そうだな。移動するにも時間はかかるし、買い物できる店は限られてるし、ファーストフード店もファミレスもねえし、正直不便って感じだな」
「……う、うん」
それはわたしも同意する。まだコンビニがあるだけ救いだけど、なにもフォローできないわ。
どうしよう。この町が魅力的なところはいっぱいあるのに、うまく言葉にならない。
「けど、景色はきれいなとこが多いし、結構気に入っているぜ」
え?
顔を上げると、
頬杖をついて楽しそうな表情で続ける。
「それにこの町は面白い。引っ越してきたのは八月だったんだけどさ、学校が始まるのもまだ先だったからいろいろ探検しに行ったんだぜ。海水浴場とか、あと山の中とか」
「山の中!?」
「そ。登山口とかいくつかあるじゃん。難易度が低い山から挑戦して一人で登ってた」
すごい。見かけによらずアクティブだ。登山できる山って
わたしが暮らしているのは
「すごいね。どうだった?」
「上から見る景色は最高だったぜ。おかげで楽しい夏休みになった」
「そうなんだ。良かったね。わたしも今度挑戦してみようかな」
山登りかあ。運動が苦手だからあまり興味はなかったけど、アルバくんを誘って行ってみようかな。
山は妖力のたまり場が多いって九尾さんも言ってたし。もしかしたらアルバくんが早く回復できる手伝いができるかもしれない。
「なあ、
どきりとした。
「なに?」
「
今度は心臓が飛び出そうなくらいにびっくりした。
突然何を言い出すのだろう。
いきなりすぎて、言葉が返すことができない。
答えるのは簡単だけれど、今この町の中には退魔師がいるという。誰が見ているかもわからないこの状況で、アルバくんの存在を勘づかれるわけにはいかない。
「きゅ、きゅ、急にどうしたの?」
「深い意味はないよ。ただ、オカルト的なものに興味があってな。妖怪とかお化けとか」
「そうなんだ」
びっくりした。指先までふるえてる。わたしってば動揺しすぎ。
「山が好きなのもその一つ。特にこのへんの山の中には人ならざるものがいるって噂だぜ? 夕方、いわゆる逢魔が時と言われてる時間は気をつけた方がいい。
心まで見透かされてそうで、背筋が凍った。まるで氷が背中の上を滑っていくみたいな感覚。
一体、
夏休み中、アルバくんを拾ったばかりの時。九尾さんは言っていた。退魔師がこの
「どうしてそんなことを言うの?」
机の上に置いた手にじっとりと汗がにじむ。
ばくばくと鳴り始めた心臓の音が周りに聞こえるんじゃないかっていうくらい、大きくなっていく。
「
バレた。絶対バレたわ。
アルバくんの、夢喰いあやかしの存在はなるべく知られてはいけなかったのに!
なんでわかっちゃったんだろう。
もしかして
直接聞きたいところだけど、聞いたら最後ぜんぶ終わってしまう気がする。
もしも、本当に
今度こそ、返す言葉が見つからなかった。
脳内をフル活動させても、
教室内はがやがやとうるさいのに、わたしと
いつまでだんまりが許されるだろうと思っていた矢先、糸を切ってくれたのは仲のいいクラスメイトだった。
「
声をかけてくれたのは、普段からよく話す子だった。
海沿いに住んでいて、いつも明るく元気なひかりちゃん。活発でひまわりみたいに笑う彼女には普段から助けられているけど、この時ばかりは救世主のように光り輝いて見えた。
ありがとう、ひかりちゃん!!
「お客さんって!?」
好機とばかりに立ち上がって、わたしはひかりちゃんに近づく。
事の経緯を知るはずがないひかりちゃんは食いつき気味なわたしに若干引いていた。ごめん。
「えっと、よくわかんない。見かけない子だったよ。
学校内で見かけない子というのはどういうことだろう。まさか、アルバくんが学校にまで来ちゃったとかじゃないよね?
学校が始まるから出かけるけど、アルバくんは危ないから家で待っててと言った時。素直に頷きつつも、彼は眉を寄せて不機嫌そうにしていた。その顔は今も鮮明に思い出せるくらい印象的で。
嫌な予感がした。
もしも
それだけは何としても止めなくちゃ。
「きゃっ!」
急いで教室の外に出ると、小さな悲鳴が聞こえた。
――って、女の子の悲鳴? どういうこと?
「び、びっくりしました……」
お客さんはアルバくんじゃなかった。
同じセーラー服に身を包んだ生徒。同じ園芸部の後輩だった。
同じ学年じゃないし、下級生はそりゃ見慣れないよね。安心すると同時に、わたしは地団駄を踏みたくなった。
もうもうっ、びっくりしたじゃない。ひかりちゃんってばややこしい言い方をして!
でもあの救いの一声がなければ、今もピンチだったのには変わらないから、どちらにしろひかりちゃんには感謝しかない。
「あの、
「わたしこそびっくりさせちゃってごめんね。どうしたの?」
「はい。あのお昼休みに相談したいことがあるんですけど、お時間を取っていただいてもいいですか? 部活のことでは、ないんですけど……」
黒い三つ編みを肩の上で揺らし、後輩はうつむいた。
わざわざ教室までくるってことは悩み事なのかな。
「わたしでよかったらなんでも相談にのるから気にしないで。一体、どうしたの?」
「えっと、あまり人前ではちょっと……。耳を貸していただけませんか?」
他人にはあまり話せない深刻な内容だったりするのだろうか。
ちょっと不安になってきた。一体、どうしちゃったんだろう。
不安そうに口をもごもごさせる後輩の力に少しでもなりたくて、わたしは少ししゃがんで耳をかしてあげる。
遠慮がちに顔を近づけ、彼女はそっと尋ねてきた。
「先輩はあやかしって信じていますか?」
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