[2-3]新学期と転校生
わたしが暮らしている
お店や学校は町中にしかなくって、山間の近くに住む大人たちは買い物や通院をするのに必ず車を使う。
でもわたしたち学生は当然車の運転なんて無理。だから通学の方法は限られている。
親に車で送ってもらうか、免許を取って原付バイクで通うか。
もしくは、バスで通うかのどれかだった。
「おはよう、
バス停に行くと先客がいた。近所に住む幼なじみ、
「おはよう、
意外なことに雪火は一人じゃなかった。その隣には、頭一つ分くらい背の高い、にこにこ笑った男性の姿。その人はなんと、きんいろのグラデーションがかった九本の尻尾を揺らす
「九尾さん、なんで!? なんで
「おや? 私が一緒にいてはいけないのかな」
「いけなくはない、けどっ。でも、夏休みが明ける前に
怪異を退治することを生業とする退魔師。あやかしたちにとっては天敵に近い人たちだ。特に妖力が十分に回復しきっていないアルバくんは、絶対に会ってはいけない。アルバくんが見つかったら、物の怪だとか言って最悪消されてしまう。
それは妖狐である九尾さんだって立場は同じはず。
そもそも、この町全体を縄張りにしている九尾さんが退魔師のことを教えてくれたんじゃない。なのに、なにちゃっかりと学校に一緒に行こうとしてるんだろう。
「おや、アルバ君の姿が見えないねえ」
「アルバくんには事情を話してお留守番してもらってるの。退魔師と鉢合わせになったら大変だから大事を取ろうって。なのに九尾さんが学校に来たらだめじゃない。万が一、退魔師に会ってしまったらどうするの」
そうだ。ここははっきりとついてきちゃだめだと言うべきだったわ。
あやかしだけれど、九尾さんはわたしが一番大変だった時に命を救ってくれた恩人だ。危険な目に遭って欲しくないし、彼になにかあったら
「そうそう。もっと言ってやって、
きゅっと眉を寄せて、
なのに九尾さんったら、わたしと
「君らは心配しすぎだよ。前にも言ったように、一介の退魔師ごときが私になにかできるわけないじゃないか」
「九尾に直接被害なくても相手はあやかしを
「ふふふ、その点に関しても抜かりはないよ。
だめだこりゃ。いくら言ってものれんに腕押しって感じ。
きっと
九尾さんってば強引にでもついてくる気なのかしら。
「でもアルバさんは九尾みたいに我が儘言わなくてよかった。
「うん、それは大丈夫だと思う……けど」
たしかにアルバくんはごねなかった。不満そうな顔をしつつも素直に聞き入れてくれた。
でも、もしも九尾さんが学校についてきたって話したりしたら、黙っていないような気がする。
今朝は見たおいなりさんの夢のことを話してから、どういうわけか九尾さんに対してあたりが強かったし。
「ん? なにか心配事でもある?」
「う、ううん。大丈夫!」
「そう。なら、いいけど」
「用心するにはこしたことないからね。
* * *
人間の町にひそむ異形のものを退治する人たち。退魔師とか陰陽師とかってよく映画やアニメにもなるくらい有名だけれど、現実世界に本当にいるのかな。
いや。実際あやかしは存在してるわけだし。
朝礼を始める担任の先生を眺めながら、わたしはそんなことをぼんやりと考えていた。
休み明けに見る先生はあまり日に焼けてない。たしか受け持ちは音楽だったはずだから、夏休み中もあまり外に出なかったんだと思う。
体育の先生とかはこんがりと焼けてたりするのかな。
「うちのクラスに転校生が入ってきたので、皆さんに紹介しますね」
先生の話を右から左に流しかけてたけど、その台詞を聞いた途端、意識が一気に引き戻された。
転校生だなんて珍しい。
この小さな町に引っ越してくる人は限られている。ほとんどの人は農家か漁師かっていうくらいだもの。まあ工場で働いているっていう人もいるけれど。
都会とは違って線路が通っていないこの町に移住してくるメリットはあまりない。〝転校生〟だなんて言葉を聞いたのはテレビの中だけだったから、びっくりしちゃった。
そう感じたのはわたしだけじゃなかったみたい。
クラス全体に動揺が走り、ざわめき始める。
先生が「静かにしなさい」とわたしたちを制した。
「じゃあ、入ってきて」
がらりと引き戸が開く。思わず視線を向けて注目していると、別の意味でまたクラス全体がどよめいた。
転校生は男の子だった。
短く丁寧に切りそろえられた髪はなんと銀。動くたびに少し揺れて、日光に反射した髪がきらめいているように見えた。
目は黒いから日本人なんだろうけど、髪は染めたんだろうか。
中に赤いTシャツを着ていて、制服の白いシャツは第一ボタンを開けて裾も出したまま着崩している。
いわゆる、不良というやつなのかな。
切れ長の目がぐるりとクラス全体を見回す。緊張している様子はみじんも感じられないからすごい。
ふいにピタリと目がとまった。彼の黒い両目と目があったような気がした。
「
先生は緑色の黒板に白いチョークで名前を縦書きで書いていく。
珍しい名字。当たり前だけれど、このあたりではあまり聞かない名前だ。
「えーっと、ちょうど
「えっ」
椅子を引いて座る時も静かな動作で、まるで
たいてい、同い年の男子ってどかっと荒々しく座る子が多いんだよね。
ここはやっぱり、わたしから挨拶をするべきかな。
「
「よろしく」
返事は素っ気ないし、
――って、そんなこと考えたらアルバくんに失礼だったかな。
口に出したら絶対怒られる。
「
「まだだけど」
「じゃあ、今日は私のを見せてあげるね」
目も合わせてくれないけど、これくらいで負けるわたしじゃない。勝ち負けってなんだろうと思わなくもないけど、ひとまずそれは置いておく。
顔を見て笑いかけていると、やっと
黒い瞳には愛想笑いをするわたしの顔が映っている。
ふと、唇を引き上げて
「ありがとな。助かる」
言葉少なめだったけど、初めて
近くで見る彼の笑顔はきれいで、不覚にもどきりとしてしまった。
愛想はなくて口数は少ないけど、動作が丁寧な
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