「ぎゃああああーっ!!」

「ぎゃああああーっ!!」

 階下からの悲鳴に、れのんははっとなった。

 201号室に幽霊がいないのを確認してから、もしやと思い最初の203号室へ戻っていたのだが、れのんの勘は外れた。

 孝士の悲鳴が聞こえたのは真下からだ。二階の通路に出たれのんは、手摺りから身を乗り出して下を見た。彼女はそのまま地面を蹴ると、迷うことなく手摺りを跳び越えた。下はアパートの駐車場だ。折戸たちと乗ってきた軽四が停めてある。

 二階から跳び降りたれのんが軽四のルーフに着地すると、ぼこんと大きな音がして薄い鉄板がひしゃげた。れのんはその拍子によろけて、尻もちをついてしまう。だが、彼女はすぐに体勢を立て直すと小さく跳躍してひらりと地面に降り立った。

 103号室のドアは半分ほど開いていた。れのんはそれを足で蹴ると、すばやくなかへ押し入る。室内には孝士、そしてその向こうに悪霊の姿があった。

「動くな! もう逃げらんないからね!」

 れのんの言葉に孝士が振り向き、悪霊も動きを止めた。

 そうして、孝士は見た。リボルバーを構えるれのんの口角が、わずかにあがったのを。

 えっ、ちょっとまさか──

 孝士の顔が恐怖に歪む。直後、彼はれのんのリボルバーから放たれた閃光によって目を眩まされた。

 霊子力ビームは、れのんの精神力が凝縮された高密度のエネルギー波である。いま細く収束したそれは、孝士の胸のど真ん中を貫通した。霊子力ビームは物質に干渉されない。しかし孝士はずしりと重いなにかを胸に埋め込まれたようなインパクトを感じ、さらに強烈な鈍痛がきた。れのんからあとで聞いたが、幽霊を成仏させる霊子力ビームは肉体に固定されている魂には作用しないものの、それでもあるていどの衝撃を与えるのだという。

 あるていどの衝撃といっても、魂を直に揺さぶられるなど孝士には初めての経験である。

 孝士はショックと痛みでくるりと半回転してから、仰向けに倒れた。その際、青白い光線に射貫かれた悪霊が、まるで爆発したように散り散りとなり消滅するのがちらりと見えた。つづいて彼は、ごっちーんと木床に後頭部をしこたまぶつけ、そのまま意識を失った。

 気絶していたのは、ほんの少しのあいだだったようだ。

「ねえ大丈夫? あぶなかったね」

 声を聞いた孝士がうっすら目を開けた。暗くぼんやりしていた視界がふたたび像を結ぶと、れのんの姿がそこにあった。膝を軽く曲げた彼女は、身を屈めて倒れた孝士を上から覗き込んでいる。

「あ……あがが……」

 あんたのせいだよと口を動かしたつもりの孝士だったが、舌がしびれていて言葉にならない。

 そこへ、狙ったかのタイミングで折戸が現れた。

「よ~う、終わったかあ?」

 103号室の出入口に笑顔で突っ立つ折戸は、手にコンビニの袋を提げている。もう片方の手には、食いかけのアイス。

 折戸の背後に見える赤い夕日が、とてもきれいだった。

 無鉄砲な女子高生と、ちゃらんぽらんな先輩。そして幽霊──

 孝士のなかに、確たる決意が生まれた。もういやだ。こんな仕事、絶対に辞めてやる。

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