ルサーの街の時計台

らいか

第1話 年に一度の朝

第1話 年に一度の朝  朝にかがやく

 スピカ(6) 小さな家に母と住む少女。

 カノープス(29) スピカの母。


 春の終わり。今日が年に一度の歓迎祭かんげいさいの日だからであろう。彼女はせわしなく部屋を回ったあと、背伸びをしないと届かない窓枠につかまり何度も飛び跳ねて、快晴の空の下でたくさんの街の人々が歩いているのを見る。


「早く! 船が来ちゃうよ!」


 窓を指さして母に声をかけるのも何度目だろうか。窓の外の、人々の奥には、まるでこの島の本土を忘れさせるような、広大な海は広がっているらしい。彼女の母は、今日も変わりなく、鏡の前で白くて青いえりのついた、ひと続きの服を頭からかぶる。


「大丈夫よ、まだ船は来ないわ。」


 彼女の方には目を向けず、今度は赤いひもをポケットから取り出して、流れるような長い黒髪をまとめながら、落ち着いた声で言った。それでも窓の彼女は、母がひもをくるくると回しているのを見てどうしても焦ってしまうようだ。ほんの少しだけ顔をしかめて言う。


「でも、みんな外に出てるの!」


 声の色彩がわずかに暗くなったのが、母にもわかった。母は壁にかけてあった帽子を手に取ってかぶり、彼女のもとへ近づきしゃがむ。隣の棚から懐中時計かいちゅうどけいを取り出した。鎖のついたその時計を、彼女の腰に提げている小さな袋に取り付ける。それから笑顔で彼女を見つめた。


「わかった、スピカは先に外に出ていいわ。」


 母が彼女の肩を勢いよくたたくと同時に、彼女は年に一度の目の輝きを取り戻した。やはり待ちきれないのだ。母の、その、金色の紋章もんしょうが入った、てっぺんの平らな白い帽子を見ると。


「船が来て、みんなが船から下りてきたら、いつものところで待っていて。」


「うん!」


 彼女はとびきりの笑顔で母にうなずき、玄関の扉まで走った。腰に下げた袋の中のオカリナが、ほかの小物とこすれてからからと鳴る。取っ手に手を伸ばして、彼女には重い扉を押す。


「行ってきまーす!」


 一度、船員姿せんいんすがたの母と目を合わせて家を飛び出た。


「気を付けてね!」


 母も笑顔で手を振った。

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