アクト



水路を黙々と歩く。


2度ほど曲がり、水路も道幅も広くなったものの、まだ先は長そうだ。


ふとした拍子にさっきの事を思い出しそうになるが、今パニックを起こしていい状況ではない。

他の皆に迷惑がかかるし。


とにかく意思を圧し殺し歩いていると…


ドンッ!ガシャン!


…遠くで派手な音が聞こえた。


「…ヤバい、さっきの部屋に犯人が来た!」

「走るぞ!」


周りに促されるまま、滑る水路をひた走る。

更に2度曲がると、整備されている広い通路に出た!


「もうすぐでゴールだ!」


希望が見えたその時。

ドガガガガガッッ!!

機関銃で、後ろの地面が撃たれる音がした…!


「逃げられると思うな…!」


犯人が、銃を掲げて走ってくる…!


「振り返るな!走れ!」

「急げ!」


でも普段から運動してないのよ…!

もう足はパンパンだし、上手く動かなくなってきた。

と、その時。


ドガガガガッ!

「うわぁぁっ!」

「あなたっ!」


社長が撃たれた!


ドガガッ!

立ち止まった奥様も!


「走れ!ゴールしろ!」


インテリの指示で、前を行く金髪男がスピードを上げた。


「行かせるか!」


犯人もスピードを上げる。

足音がどんどん大きくなる!


ダメ、追い付かれちゃう…!


「階段が見えた!」


4階建て相当の、高くて広い空間に出た!

非常階段のようなものが左右に2ヵ所にあり、空間を支えるため天井から地面まで無数の柱が立っている。

右端を通る水は合流し、もう大きな川のようだ。


犯人の視界から隠れるため、急いで通路から死角になる柱を探し、身を隠す。

でも荒い息を抑える事が出来ない。

…どうかバレませんように…!


私の願いは叶ったようで、犯人は右の階段に向かった金髪男を狙って一直線に走っていく。

その隙にまた犯人の死角へ。


すると、左の階段に向かう柱の影で、インテリが手招きしているのが見えた。

犯人の動きを窺いながら、腰を落としてインテリの元まで行く。


「…あいつが犯人を引き付けているうちに、俺達で地上を目指す。念のための手は多い方がいい」

「無理よ!もう足が動かないわ…!」

「…じゃあそこで待っているんだな」


そういうと、慎重に柱の影に隠れながら左の階段に向かって行った。


金髪男を見ると、犯人の機関銃の弾道に追いかけられ、階段に近付けないでいる。

軽い身のこなしで余裕で避けているようだが、体力がいつまで持つか。

すると更に奥の柱の影で、マッチョが石を集めているのが見えた。

あれを当てて気を逸らせる作戦かしら?


ボーダー男とボーダー女は…いた!

それぞれ社長と奥様を抱えて、通路付近の柱の影にいる。

血溜まりが出来ていて心配…だが、行った所で役に立てないだろう。


マッチョが石を投げ始め…怒った犯人が銃を乱射する。

マッチョの腕に当たったみたい、赤い飛沫が舞うのが見えた。


左の階段を見れば…インテリが半分ぐらいまで上っている!

頑張って…!


「ぐぁっ…!!」


空間にマッチョの呻き声が響く。

柱の影に逃げ遅れた足が撃たれたようだ。

派手に転倒する。危ない…!


「こっちだよ!」


金髪男が犯人を挑発し、階段に向かうが見向きもしない。まずはマッチョから…ということだろう。


その時、ガタンッ!と音が響いて、左の階段を上っていたインテリの足元の段が抜け落ちた。

インテリは手摺をしっかり握っていたようで、体勢を立て直し上がり始めたが、犯人にバレてしまった…!


「てめぇ!舐めたマネすんなよ!」


銃口をインテリに向けて走り寄る。


どうしよう!どうしよう!どうしよう!

今、近くにいて動けるのは私だけだ…!


咄嗟に身体が動き、犯人が銃を構えた後ろからタックルする。

と、犯人は体勢をくずし、照準を合わせられず…


「このアマっ!先に殺ってやろうか!?」

「アジアンッ!逃げろ!」


金髪男の声が響く中、私に銃口が向けられた!

恐怖で身体が動かない…!

もうダメ…!


…と思った時。


『コングラッチレーション!!!』


この場に似合わない、明るい声が響いた。


『ゴールおめでとうございまーす!只今からボーナスタイムに入ります!』


「動くな!警察だ!」

「犯人!銃を捨てろ!」


階段から警察が雪崩れ込んできて、何故か止まったまま動かない犯人を拘束する。


「…何これ?どういうこと?」

「生き残りおめでとう!最後ヒヤヒヤしたよ~」


呆然と座り込んでいる私に、金髪男が近寄ってきた。


「詳細は後で。アジアンお姉さんはこれから“おかしな点”を探して?この状況でありえない事とか人とか」

「…え?どういう…」

「行方不明者を確認したいので、皆さんは劇場の自分の指定席に戻って下さい!チケットと照合します!」


警察の声に遮られ…


「…大丈夫か?」

「マッチョ!?足は…!?」

「ゴールしたから、ケガなら治る…」


そう言うと、マッチョが指差した先は…


「あなたっ!あなたぁぁぁぁっ!」


奥様が、社長にしがみついて泣き崩れていた。


「…アクト中に、死んだ人間は生き返らない…」

「…アクト?」

「“演じる”。プレイやロールとも言う…」


マッチョの言葉が頭を滑っていく。目の前の光景に、何も入らない。


『30秒後に地上に転送するよ!お別れは済ませてね!』


またあの声。

マッチョが手を差し出す。無意識に握り返すと、私を立たせてくれた。


「…転送?」

「生きている人間だけ、あの階段の上に転送される…」

「…じゃあ、死んだ人は…?」

「転送されない。その後どうなるか知らない…」


事態が飲み込めず、その場で立ち尽くしていると…

目の前の光景が歪み、次の瞬間には地上にいた。


ボーダー男とボーダー女が、無傷で服の汚れすらない奥様を支えていて…社長の姿はなかった。

その姿を横目に、インテリと金髪男が歩いて来る。


「最後は助かった。お前がいなければ全員殺されていたかもしれない」

「ほんと!か弱い女性かと思ってたけど、勇気あるよね~!次も期待してるよ!」

「…次?」

「もう時間か…とりあえず劇場に向かうよ」


キョロキョロと周りを見た金髪男が、私の腰に手を回し誘導する。

確かに、金髪男が促す先以外の3方向に、警察と街の住民と思われる人々が並んでいて、そちらに行けそうにない。

警察は劇場へ行くよう促す声を上げ、住民は歓声を上げている。

「良く逃げ切った!」「助かって良かった!」…野次馬みたいね。


「ボクが“金髪男”な理由、分かった?」

「…え?」


ずっと頭が働かない。考える事を放棄しちゃったみたい。

金髪男も理解してくれたのだろう、それ以上問う事はなかった。


「ボクはね“金髪女”と、ここに連れて来られたんだ。でもね…殺されちゃった。姉だったんだけどね」

「えっ?一緒にいなかった…よね?」


金髪男は悲しそうな顔をした後「時間もないし…」と独りごつと、雰囲気を変えた。


「ねぇ。アクト中、何か感じなかった?何でもいいよ~」

「何か…?そもそもアクトって?」

「あっ、そうだよね~、忘れてた!ここは演劇の世界。ボク達は“気の触れた犯人から逃げる役”を演じさせられているんだ」

「…は?」


演劇?何を言ってるのか分からない。

死んだ人は?演技?


「…分からないよね~。詳しくはこの後“支配人”が説明するから、そこで聞いて?それよりも…これ、見て」


金髪男はペンダントトップを掴み、私に見せてきた。

そこに書いてある数字は…19?あれ、前と違う気が…?


「これがアクター回数。ボクはこの役を19回演じ切ったって意味さ!…君も見てごらんよ」


言われるがまま短いチェーンを引っ張り、書いてある文字を読むと…


「…1?」

「そうだね~。君は1回ゴールしたから、1回演じ切ったという証拠だね!」

「ちょ、ちょっと待って!…あの機関銃を持った犯人も役者?必死で逃げたのも、撃たれた血も、死んだのも、お芝居なの?」


いつもヘラヘラしている金髪男から笑顔が消えた。


「…違うよ。アクト中に死ねば、それは“死”だよ。ボクたちは終わりのない演劇を、繰り返し演じさせられてるんだよ」


繰り返し?どうして大人しく従う必要があるの?


「…え?意味が分からない。今、ここから逃げ出したら?駅や空港に行けばいいんじゃないの?」


「ここは“支配人”の世界。ヤツのルールに従わないと殺されるよ?国とかキミに説明した事は、全てウソさ」


「ウソ?どうしてそんな…」


「アクト中に“何も知らずに必死に逃げる人”以外の事をすると、殺されるのさ。かと言って、キミの様な新人さんの疑問に答えられないと、怪しまれて行動が読めなくなる。経験者に従ってもらうためのウソってとこだね。

だから最初の小部屋でペンダントが白紙の人がいるか確認して、今回はキミがいたからゴールするルートを取ったんだ。逆に全員が経験者なら、ゴールを目指さずに色々なルートを探ってみたりね」


歩きながら話していると…


「俺は帰るんだ!そこを退け!」

「劇場の席について下さい!チケットを照合します!」


誰かと警察官が言い争っている。

警察官の制止を振り切って住民の中に紛れた…瞬間。

「ジュッ!」と甲高い音がして、逃げようとした人が倒れた。


多分、ダンディとマダムで見たのと一緒…


「“支配人”はこのペンダントを通して、ボクたちを監視しているんだ。逆らったり、演じる事を辞めれば、ああやって処分される…」

「そんな…」


目の前が真っ暗になる。

目眩を起こしてふらりと傾ぐが、金髪男に支えられた。


「パニックにならないで、冷静さを失わないで、希望はあるんだ」


「…帰れるの?」


「帰る、という表現が正しいのかは分からないけど、

“支配人が管理している世界“

”ゴールすれば一瞬で治るケガ“

”地下から地上へのワープ“、

どれも生身だと出来る訳がないよね」


確かに、言われてみればそうだ。


「これは仮説だけど…身体は寝ていて、意識だけがここに送られている可能性が高い。

だから“死ぬ=この世界から出られる”かもしれないし、でも“本当に死ぬ”かもしれない。

下手に動けないのが現状だ」


「…それが帰れる事に繋がるの?」


「君はどうやってここに来た?覚えていないだろう?…実は皆そうなんだ。

ボクたちの立てた仮説は、拉致られて研究施設にでも入れられてるんじゃないか?って。

リアル世界で警察が捕まえてくれるのを待つか…それとも、この世界の正解を見付けてクリアするか」


「クリア?」


「この劇は地下の逃走劇なんだ。入り口から地上に出られない…らしいし、ゴールはあの階段。

でもクリアじゃないから何度も演じさせられる。

つまり、この演目には明確なクリア条件があって、ボクたちはそれを満たしていない。

…先人達が考えた予測なんだけど」


「先人達?」


「ボクは19回だけど、ボクが知ってる中で最高50回超えの人がいてね。演技内容によって、支配人の態度が変わるらしいんだよ。といっても、ボクはほぼ同じのしか見たことないんだけどね」


「50回…。その方は…?」


金髪男が緩く首を振る。


「過去に実際に起きた事件を再現されているんじゃないか、って。1人も死なないのがクリアなんじゃないかって言う人もいるけど、最初の銃乱射で犠牲者を出せない方法がない」


「じゃあその前に逃げれば…?」


「ううん、だってボクたち演者は“知らない”事になっているんだから…」


「でも、通路とか知ってたよね?あれはいいの?」


「明確な単語を出さなければいいらしいよ。…知らないはずの他人の名前とかね」


名前…!それであの時、社長は私の事を止めたんだ。

“次演じる時”に呼んでしまうといけないから…


「道を予測するのは必死に逃げ延びる…にカウントされるみたい。だって、道は毎回変わるんだ。

メインルートは5パターンぐらいだけど、通気孔が完全にランダムだから、毎回“演じて”みるまで分からないんだよ…」


そう言うと黙り込んだ。

お姉さんを亡くしながら19回もこんな事を続けているなんて、聞いただけで気が狂いそうだ…。


私は?私も参加するしか、生きる方法はないの…?


私達の話が途切れるのを待っていたのだろう、インテリが金髪男に声をかける。

…どうやら“次の演技”の為の打ち合わせをしているみたい。


考える事を放棄し、人の流れに合わせて歩いていると…


「貴女!そこのアジア人の貴女!」


定型的な事しか言わない住民なのに、その内の1人が明確に話しかけてきた。

恰幅の良い、紫のドレスに身を包んだおばさま。

頭には同色の大きな帽子。


「えっ、私…?」

「そうそう貴女!感動したわ~!特に最後の捨て身の献身!そういうのが見たいのよ~!」


後ろの人に押されてすぐに女性は見えなくなったが、

今の言葉が頭をループする。


意思のない住民じゃないよね…?

今のはおかしくない…?


顔を上げると大きな劇場が見えた。

優雅で華美なオペラ座のような歌劇場。


…ここで“こんな事”が行われているなんて、誰が想像出来るかな。


嫌だと思いながらも、死ぬ勇気がある訳でもなく。

警察の誘導に従いながら、席に戻る。

広い空間で、座席数も1000はあるだろう。

今ざっと見ただけで、200人ぐらい座っている。

…これだけの人数が“演じて”いたのね…。


誘導され座ると、右隣は奥様だった。その隣は空席。

最初に逃げるように言ってくれたのは、きっと奥様だ。


左隣はボーダー男ボーダー女と続き、その隣は2席空白。

きっと…あの2人だったのね…。


金髪男達はどこだろう…と探すと、1列前にインテリが、金髪男とマッチョは並んで前の方にいた。

皆、近くの人と情報交換しているみたい。


インテリが視線に気付き振り向く。


「…何か変わった事はなかったか?」


ボーダー2人が視線を交わし…


「…特には」

「奥様を慰めていましたし…」


奥様はまだ泣いていて、それどころじゃなさそう。


「あの…紫のドレスを着た、住民のおばさまに声をかけられました」


インテリの顔色が変わる。


「何だと…!?何て言われた!?」

「えっと、「最後は感動した。捨て身の献身が良かった」…とか?」

「今度はそっちか…!礼を言う、次も可能なら俺と行動してほしい。初動を俺の動きに合わせて逃げてくれ」


ボーダー2人にも詳しく話していると…


『皆、席についたかな?無事ゴールおめでとう!初めましての人もいるから、ルールを説明するね』


客席の照明が落とされ、緞帳が上がり、ピンスポットが照らす先には…紫のドレスを着て共布の帽子を被った、小さな人形。

あの服装は…!


『私はこの劇場の“支配人”。劇としては“演出”だけどね。人手不足で兼業さ!

ここにいる皆は“必死で逃げる役”を与えられた役者だよ。

役を上手に演じられない役者は“クビ”だからね?』


人形が器用に動き、クビをかっ切る仕草をする。


『ゴールは地下道の階段の最上段だよ。

警察や住民のエキストラを傷つけてもクビだし、

警察の指示に従わなくてもクビだし、

ペンダントを無理に外したり傷つけてもクビだからね?気を付けてよ?』


「そのルールを最初に教えろよ!」


私と同じ、さっきが1回目の人が叫んだのだろう。

確かに、何も分からなくて本当に怖かった。

…分かった今だって、理解出来なくて怖いけど。


『最初に教えちゃあ、本気で逃げる必死さが見れないでしょ?初見しか体験出来ない怖さはどうだった?』


人形がニタァと笑う。小さいはずなのに、表情がハッキリ見えるのが妙に不自然だ。


『ルールが分かって、逃げ出そうと足掻く様も見てて楽しいし、どっちも止められないんだよね~!』


…本当に趣味が悪い。気持ち悪い。


『さて!もう時間だ!

“人員を補充”したらアクトスタートだから、生き残りたい人は余計な事は喋っちゃダメだよ?

“初めて遭遇する事態”として、しっかり“演じて”ね?』


そう言い残すとスポットライトが消え、客席のライトが点いた。


そして奥様の隣、つまり社長がいた席に、見知らぬ人が座っていた。


「あれ…?何だここ?」


ボーダーの隣にも。2人。

ペンダントの数字は白紙。

つまりは新しい“アクター”。



舞台上に機関銃を持った男が現れ…


ドガガガガガッ!!



…終わりのない、新しい舞台が始まった。


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終わりのない、閉じ込められた世界で 誘真 @yuma_write

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