2、刻まれた言葉

 その日の夜遅く。先生が連絡をしたのか、それとも別のルートからか、児童相談所の人が家に来て、俺と弟はあっという間にされた。持ち物も色んなものも取り上げられて、保護だというのにまるで監禁みたいだった。ごわごわと硬い毛布が俺と弟に一枚ずつ与えられた。保護施設の床はびっくりするほど冷えたから、そんなものでもないよりはましだった。

 起きている時、弟は俺にべったりで、夜は相変わらずぐずぐずと泣いていた。俺にどれだけすげなくされても、人恋しいのか不安なのか、弟は執拗に喋りかけてきた。ずっと無視しているうちに、弟は気づくと眠り込んでいた。でかいいびきを耳元に聞きながら、俺は一枚の紙きれをずっと眺めていた。

 あの日の帰り際、先生は俺に、連絡先を書いてよこした。びっくりするほど汚い字だった。「何かあったら、なんでもいいから連絡してください」と、手のひらの中にぎゅっと握らされた。捨てることができずに、ずっと隠し持っていた。

 母親の消息はすぐにわかった。どこかの山中で自殺未遂をしたところを病院に担ぎ込まれ、精神病棟に入れられていた。とても引き戻せる状態じゃなく、その上母親が俺たちの引き取りを拒んだので、俺と弟は児童養護施設に入れられた。俺たちは二度も母親に捨てられたのだった。

 住む場所も、環境も、通う学校も、何もかもが変わった。転校に伴って、先生とも離れ離れになった。けれど先生のかけた呪いは、俺をずっと縛り続けた。

 絵を描き続けること。絵を通して世界を見ること。

 何もかも欠けていた俺が、唯一こころに持っていたもの。

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