epilogue

美月みつき、忘れ物はない?」

「うん、大丈夫。預け荷物を受け取って、早くプラハを観光しよう!」


 私は今、一人娘の美月と二人でプラハ空港に降り立ったところだ。満月の美しい夜に生まれた娘に美月という名を付けた。その名に相応しい素敵な娘に育ったと、親バカながら思っている。夫とは4年で離婚した。理由は夫の浮気だったが、発覚するより前に既に関係は冷め切っていたように思う。

 夫は離婚後しばらくは美月との面会を希望していたが、自身の再婚後、養育費は最低限支払いつつも、美月との面会を望まなくなった。


「美月、楓の写真は持ってる?」

「勿論!」


 六年前、楓は他界した。明日は七回忌にあたるため、生前彼女が行きたがっていたチェスキークルムロフに娘と二人赴くことにしたのだ。


 美月が二歳の時に夫とは離婚したため、熱を出して保育園で預かってもらえない時などは両親に来てもらうことも度々だったが、楓が仕事のない時は、彼女が助けに来てくれることも多かった。

 彼女が癌で入院するまでの間は、三人で多くの時間を過ごした。美月は楓に懐いていて、楓の訃報に大泣きする彼女の姿は今でも鮮明に記憶に残っている。


 あれから六年。幼かった娘は高校二年生となり、いつの間にか私の背丈を追い越していた。


「還暦を迎えてから、楓と二人でのんびり楽しむはずだったのにな」

 果たされなかった約束を思い出して私はうつむいた。


「優香。チェスキークルムロフに行く前に死んじゃってごめんね。素敵な場所だから楽しんでね」

 楓の緊張感に欠ける明るい声が、空の彼方から聞こえたような気がした。


 明日は朝からチェスキークルムロフへ移動して、そこで一泊する予定だ。夜には美月と二人で、楓に献杯するため、酒好きの楓を満足させるに違いない強いリキュール:アブサンを今日のうちにプラハで探しておこう。


【完】

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