ガイラム家編

第7話


馬車はゆっくりと動き出す。ガイラムは俺の向かいに座り、品定めするように俺を見ていた。


「◇◎★◇▲……」


何かぶつぶつ言っているが、内容はまるで理解できない。

ケネスの死で、俺の怒りは煮えたぎっている。だが、それをこいつにぶつけたところで勝算は薄い。何より、鎖はまだこいつの手にあるのだ。


怒りを抑えろ。生き延びることだけを考えろ。


俺は唇を噛みながら外を見た。窓越しに見える街は、やはりよくあるファンタジー作品のそれに近い。文明レベルは、せいぜいが中世ヨーロッパのそれだろう。

ふと気になったのは、鎖の素材だ。鉄ではない。青銅かと思ったが、それにしては強度がありそうだ。魔法の存在といい、文明体系自体が異質なのかもしれない。


もう一つ気付いたのは、これもファンタジーのお約束の異種族だ。

エルフはさすがに見掛けないが、オークやオーガに相当しそうなのはちらほら見える。やはり社会的に差別されているからなのか、鎖で繋がれている奴らが多い。

どうも人間にあらずんば人にあらず、という文化であるらしい。俺たち異世界人は、その最下層というわけか。


「……ハッ」


「……◇★▲◎○」


自嘲気味に笑うと、ガイラムの目が鋭くなった。「無駄口を叩くな」か?

俺は肩を竦めて「こうだろ?」とばかりに口にチャックをするようなジェスチャーをした。……すると。



「……◎◎○◇!!?」



ガイラムの目が、驚きで見開かれた。何だよ、そんなに興奮して。

俺は苦笑しつつ、もう一度口にチャックをしてみせた。


「◇○◎!?」


なぜそんなに驚く必要があるのかねえ。俺が言葉を理解しているように思えたからか?

とりあえず、ちょっと試してみるか。


「◇○◎」


「★★▲○◇◎……!!」


奴の言葉のようなものを鸚鵡返しすると、ガイラムが信じがたいとでも言いたげに頭を振った。



……これは。



「◇○◎」が何を意味する言葉かを俺は確信した。これは「本当か?」という意味だ。つまり、俺はそれに対し「本当だ」と答えたことになる。


俺は、笑みを浮かべるのを必死で抑えた。おそらく、ガイラムが出会った異世界奴隷で、ここの言葉を理解する奴はいなかったのだ。

つまり、「これまでの奴らとは違う」と印象付けることに、俺は図らずも成功した。これは、突破口となるかもしれない。


「◎○◇、★▲○◇◇?」


ガイラムが俺に何やら訊いてきた。


これは、勝負どころだ。俺は直感した。

この質問に的確に返せれば、少なくともガイラムが俺をすぐに殺すことはなくなる。こいつに、「これまでと違う異世界人」という認識を、決定的に植え付けるのだ。



ならば、この質問はなんだ?



今までも、言葉が不自由な土地を幾度となく訪れた。そして何とか乗り切ってきた。

俺の語学力なんざ大したことはない。英語は一応TOEIC800点台はあるが、フランス語やスペイン語、中国語は会話が多少できる程度で、文字は読めねえ。

ロシア語、タガログ語、アラビア語に至っては挨拶に毛が生えた程度だ。

だが、バックパッカーをやってるとトラブルには何度も巻き込まれる。必然的に、現地語でやり取りしなきゃならねえことは出てくる。ロドリゲスの村に監禁された時もそうだった。



そんな時、物を言うのは……ハッタリと洞察力だ。



ガイラムにとって、俺が奇異に映ったのは間違いない。ならば、次に訊こうとすることは、何だ?



『お前は何者だ』、これしかない。



俺は自分を指差した。


「ジョー、ガイラム」


「……◎◎○▲……!」


ガイラムが「ハハハハ!!」と愉快そうに笑い始めた。自分の名を把握されているとは、思いもしなかっただろう。


「○○▲◎★!!ジョー、○▲◎★」


俺はニヤリと笑って頷いた。何を言っているかは分からねえが、「知ったか」はこういう時に強いスキルだ。バレない限りは。


「ククク……◎◎★▲!★○▲……」


俺もつられて笑っておく。言葉は、これから覚えればいい。そして、コミュニケーションが取れるようになってからが……本当の勝負だ。


*


馬車は街をいつの間に抜け、森の中に入っていった。そして、20分ぐらいして蔦に覆われた洋館が現れた。


「◎○★▲、◎○○、ジョー」


「これが私の家だ、ジョー」といった辺りか。……さて、ガイラムは俺をどうするつもりなのか?



その時、洋館の隅に何かあるのに気付いた。細長い、棒のようなものが……数十本立てられている。あれは、何だ?

ガイラムが、俺の訝しげな表情に気付いたのか、愉快そうに笑った。


「○▲、◎◎○★♪。▲★○◎◇……」


……何を言った?棒の下の土は、どれも僅かに膨らんでいる。



その時、俺の頭におぞましい想像が浮かんだ。まさか……あれは。もしかして……!!?

いや、しかしそうだとすればガイラムの表情に説明がつく。俺の推測が間違っていることを、心から願った。


ガイラムは、きっとこう言ったのだ。




「ああ、あれは墓だ。これまで雇った、異世界奴隷たちのね」



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言葉の通じない異世界に放り込まれた俺は、いかにして世界を作り替えたか 変愚の人 @NGDC16

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