第31話 昼食

「ふぅ、ジェルマン王太子が来てくれて助かったわ」



 食事を取ってきてテーブルに着くと、ため息と共にアレクシアがそうこぼした。



「あの、でも……第2王子にあのような態度をとって後でお叱りを受けたりしない?」



「大丈夫よ、ジェルマン様が何とかしてくれるわ。それにもし何か言ってくるようなら王妃様に言いつけてやるもの」



 心配そうに瞳を揺らすレティシアをよそに、ケロリとした顔でリリアンが言う。



「そうだな、ジェルマン様はアレクシアに感謝していると言っていたし」



「感謝ですか?」



 感謝されるような事をした心当たりが無くて、セザールの言葉にアレクシアは首を傾げた。



「ああ、両親以外は大抵思い通りになると思っているところがあったが、アレクシアは思い通りにならないし、思ってもみない反応をするからテオドール様にとっては良い経験になると言っていたからな」



「うふふ、そうね、普通の令嬢なら友人より王子にすり寄ろうとするのが普通だわ。だけどわたくしはアレクのそういう媚びないところも好きよ、見てて気持ちいいもの」



 セザールとリリアンはアレクシアを褒めたが、その褒められた本人はヒョイと肩をすくめた。



「だって下手に気に入られて婚約者候補にでもなってしまったら大変じゃない。無駄に嫉妬されたり王族になる心得とか勉強させられたり、公務のお手伝いさせられたり。ただでさえ侯爵家の令嬢という立場でも重責だと思っているのに絶対嫌」



 そんなアレクシアの主張を聞いてリリアンとレティシアは苦笑いを浮かべたが、セザールだけは複雑な表情をしていた。



(入学するまでずっとお茶会に呼ばれていたというのに、どうしてアレクシアは自分が王子達の婚約者候補でないと思っているんだろう。既に王妃様の中ではリリアンとアレクシアは婚約者候補筆頭と言っても過言では無いはず。それにしても侯爵家でも重責と思っているのなら公爵家の嫡男である私にも嫁ぐ気は無いと言われた様なものなんだが……本人はその事に気付いていないようだな)



 セザールのそんな思いに気付かず、アレクシア達は既に違う話題で盛り上がっている。

 ただでさえ細い目を更に細めて楽しげに笑いながら話す姿に、セザールは気付かれないようにそっとため息を落とした。



「それにしてもアレクったら、平民向けの薄味の食事で大丈夫なの? 物足りなくない?」



「私は香草や香辛料の多い料理が苦手なの。家では私とエミールだけ薄味の物を食べていたんだけど、学園ではどうしようかと思っていたら、貴族向けと平民向けの2種類の味付けがあって助かったわ」



 学園では平民もいる為、料理は同じだがあまり香辛料慣れしていない平民の為に香辛料控えめな味付けが用意されていた。

 高位貴族であるアレクシアが平民向けの味付けの場所から食事を持ち出した時には慌てて料理人が出てきて平民向けだと説明するという一幕があった。



「それに……、あまり味付けが濃いと少ししか食べられないというか……」



 何気なくポロリと零したひと言で周りの視線がアレクシアに集まった。



「え……? 味が薄いと多く食べれるの?」



 瞳孔が開いたような目を見開いて聞いてきたレティシアに動揺しつつ頷く。



「ええ……と。考えてみたら濃いと少ししか食べられないって事は、逆に言えば薄味の方が多く食べられるって事になる……かしら? あ、そうか、レティは普段あまり食べられないって言っていたものね。平民向けの薄味なら今より食べられるようになるかしら、お行儀悪いけど味見してみる?」



 そう言ってチキンの香草焼きを切り分けてフォークに刺すと差し出した。



「はい、あ~ん」



「え、あの、いいの……?」



「もちろんよ、ほら、あ~ん」



「あ~ん、んぐ、もぐもぐ……ごくん。これは……! 物足りないけれど確かにこちらの方が多く食べられそうだわ」



 そのひと言で周りが騒ついた、今よりも太りたいと思っている人は多いのだ。

 残念ながら既に薄味になっている平民は食堂では、更に薄味の食事は提供されない。

 暫く経っても食堂内は騒ついたままだったので、アレクシアは不安になった。



「あの……、セザール様」



「ん? 何だ?」



「先程の話を聞いていた人達は明日から平民向けの食事をするかもしれません、料理人に平民向けの味付けを多めに作るように言っておいた方が良いのでは……。それともこの事は生徒会を通して伝えた方が良いでしょうか?」



(貴族が平民向けの食事食べたせいで、平民が貴族向けの濃い食事食べる羽目になったら可哀想やもんな。薄味が余ったら香辛料追加してぉ出来るし)



 アレクシアに話しかけられて嬉しそうにしていたサゼールだっだが、アレクシアの言葉を聞いて真面目な顔になって考え込んだ。



「ふむ、先に料理長に助言しておいて、生徒会長には私から報告しておこう」



「ありがとうございます、お願いしますね」



 セザールはホッと胸を撫で下ろすアレクシアの笑顔に思わず見惚れ、やはり諦める事はできないと再確認する事になった。

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