第40話 迷いの森とその住民

 霧深い森の中を、灯したランタンをぶら下げた一台の馬車が進んでいた。御者席には二人の森人が並んで座っており、時折大声を上げるもそれは静かな森へと溶けてゆく。


「もう少し左。あとちょい左……そう!その方角で進んでくれ!」

「兄様、すこし声量を落として下さい。私の耳が限界ですわ」

「ごめんなルウシア。ほら、二人共集中してそうだし……」


 御者席に座り、馬車の中へ半ば叫ぶようにして俺に指示を送るクロトの大声に、その隣に座るルウシアはその長い耳を両手で塞いで悪態を吐く。


 俺は前に座るクロトからの指示をもとに馬車を引く魔物へ指示を送りながら、昨日と同じくレリフとチェスを打っていた。


「こんな精密にコントロールしなきゃいけないなら徒歩の方が良かったんじゃないか?」

阿呆あほう。それではお主に嫌が……鍛錬を積ませる事が出来んじゃろうが」

「今完全に嫌がらせって言おうとしたよな!?」


 ツッコミを入れるために、盤面に据えていた目線をレリフへと移すが気難しい顔をした彼女の目線は盤上に釘付けで、呼びかけられても外すことは無い。それほどに彼女は追い詰められた状態だった。


 出発してから10局以上交えたものの、昨日のように集中が途切れて駒が溶け出すこともない。いける、そう確信した俺は煽って単純な手を誘う。


「これは早くも初勝利か?くくく……」

「ふん、そう言っていられるのも今の……おい、カテラ」

「ああ」


 前方から魔力の膨張を感じ、そちらに向き直る。レリフはそれと同時に迎撃用の風魔法の詠唱を終えていた。


 その直後だった。人の頭程度の氷のつぶてがこちらに飛んでくる。


「二人共伏せろ!」


 その言葉と同時に馬車を止め、好戦形態アグレッシブで強化した脚力で飛び出すと、氷の礫を空中で叩き落とし転がるように脇へと逸れる。


 レリフは俺が射線から外れたのを確認すると直ぐに右手に凝縮した風魔法を解き放つ。正拳突きめいた挙動で放たれたその魔法は視界を遮る霧に文字通りの風穴を開ける。


 烈風衝ゲイルスラスト。中級の風魔法で、圧縮した空気を勢い良く解き放ち、槍を突き出すかのように攻撃する魔法だ。


 その強風に衣服を持っていかれそうになりながら、誰がこの攻撃を仕掛けたのか確かめようと振り返る。レリフの風魔法で晴れた霧の端に、緑のフードと共に尖った耳の先だけが見えた。だいたいどこにいるか見えれば十分だ。


「後は俺が追う!全員警戒を緩めるな!」


 そう叫びながら元に戻りつつある霧の中へと飛び込むと、曇った視界の先にはためく緑のマントだけが辛うじて見えた。追いつこうと踏み出すが、スッと霧の先に隠れてしまった。


 慌てて好戦形態アグレッシブの強度を上げて踏み込み追いつこうとするがまたもや逃してしまう。そんな事を何度か繰り返す内に、馬車からかなり離れてしまったらしい。


「クソ…やられたか」


 やっとのことで緑のマントに追いつくが、それを羽織っていたのは森人では無くそこいらに生えている木そのものだった。詰まるところ、俺はまんまと敵の策略にハマって囮を追いかけていただけだった。


 周囲を警戒しながら考える。恐らく、レリフの魔法で霧が晴れ、俺がその姿を見た時は確かに森人がマントを羽織っていた。その後にそれを脱ぎ、風魔法か何かで操って飛ばし、俺をここに誘導した。


 となれば孤立した俺の事を狙ってくるに違いない。目を閉じ感覚を研ぎ澄ませ、どこから攻撃をされても反撃出来るように呼吸を整える。


 8時の方向に魔力が集まる感覚と、パキパキ……と水分の凝固する音が微かに聞こえる。その音を頼りに血を固めて作り出したナイフを投げ飛ばす。


 すると青年の声で「ぐうっ!」と短いうめき声が聞こえ、術者に見事当たった事が確認できた。その声の主へと歩いて近づくと、霧の向こうに隠れていた正体が露わになる。


 背中で木に寄り掛かり、左肩を押さえた白髪の青年がそこには居た。右手で押さえている肩からは血が流れ出しており、白い服を赤く染めている。肌は病的なまでに白く、この霧に包まれた森で長年暮らしていたことが伺える。


 ズルズルと地面にへたり込む彼は俺の事を赤い目で睨みつけると、まるで親の仇に向けるような刺々しい口調で恨み言を放つ。


「クソ……何なんだよお前……!いきなりズカズカと俺達の森に入ってきやがって……」

「ただの魔王候補だ。訳あってユグドラシルを目指している。何、危害を加えようなんてこれっぽっちも――」

「嘘だな!」


 食い気味に彼は否定すると、手を伸ばせば届く距離まで近づこうとする俺を威嚇するかのように吠え立てる。


「お前が宿すその魔力、見たことが無い程にドス黒いからな!そんな魔力を宿すやつが言うことなんざ信じられるか!」

「黒い……魔力?魔力には色なんざ付いてないだろう」

「ハッ!笑わせるぜ!そんなデタラメな魔力持ってるくせに自分は見れねぇのか!」


 そう言う彼のバカにする目線にイラっとしながらも、今までのことからある仮説にたどり着く。


 もしや、森人というのは魔力を感知する能力が高いのではないか?だからこんな霧深い森でも迷わずに進めるということなのだろう。そうであれば話は早い。


 ズカズカと彼に近寄り、ぐいと胸ぐらを掴んで言う。


「いいかよく聞け。俺はお前の事を傷つける気はサラサラ無いがこうして怪我させたのも事実だ。この近くに俺と同じくらいデカい魔力があるからそこまで案内しろ」

「な、何で俺がそんなことしなきゃ……」

「ソイツが魔界一腕の良い回復魔法使いだからだ。ほら、早くしろ」


 こうして、俺は襲撃者である青年の案内で停めていた馬車まで戻る。


 ――――――――


 俺は何を見せられているのだろうか。


 木々の間から馬車が見え初めたが俺の視線はその直ぐ側に吸い寄せられた。そこには十人程度の森人が並んで土下座をしており、その先には眉を吊り上げ、腕組みをして仁王立ちで彼らを見つめるレリフの姿があった。


「して、誰が魔王である我と、その仲間に攻撃を仕掛けようとした首謀者じゃ?」


 突き刺すような空気を孕んだその言葉に、森人達は頭を下げたまま身震いする。その迫力に俺も些か声を掛けるのに戸惑うが、一人だけ尻込みせずに動ける奴が居た。


「ソイツらは悪くねぇ!攻撃を仕掛けようと持ちかけたのは俺、カリヤが言い出した事!レリフ様、どうか裁くのは俺だけにして下さい!」


 そう言ってカリヤはレリフの前に飛び出すと、見事な直角で頭を下げた。

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【改稿】勇者一行追放から始まる魔王生活~次期魔王として魔界に招待された俺は魔法が使えない~ 子獅子(オレオ) @oreo2323

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