第37話 俺の弱点

 改めてイグニスと向き合い、彼女から借りた一般的な剣を両手で構える。それに応じて十歩先の彼女も再び構え直す。


 魔法使い然の男が慣れない様子で剣を構えている光景は、傍から見れば違和感を感じずにはいられない。人によれば「魔法使いがいっちょ前に剣で戦おうとしてるぜ」など言って鼻で笑うだろう。


 だが、目の前にいる彼女からはそのような感情は感じられなかった。こちらを見るその目つきは鋭く、容赦はしないと言外に物語る。


 彼女はそのままの姿勢で口だけを動かす。


「拙からは打ち込みません。カテラ殿が動けば私も動きます。止まれば拙も止まりますので」

「分かった」


 そう応えると、俺は自分のペースで自身の戦術セオリーを組み立てる。


 支援魔法で筋力を増加させ、その筋力で剣を振る。魔法を発動させようと魔力を練りながらお決まりの言葉を口にする。


好戦アグレッ――」


 だが、その言葉を最後まで言うことは叶わず、魔法の発動も出来なかった。


 その理由は至極単純。十歩先に居たイグニスの剣先が、いつの間にか俺の眼前に据えられて居た。


 あと半歩踏み出せば目どころか頭をそのまま貫くだろうという距離にある真っ赤な切っ先は微塵も揺らぐこと無くピッタリと俺の左目を捉えている。


 目で追えない程の速度での踏み込みが、彼女との差をありありと示していた。その差を埋めようと行使しようとした魔法は発動すら許されす、完全に打つ手は無い。


「……参った」


 掴んでいた剣から離した両手を上げると、彼女は剣を鞘へと収めて口を開く。


「手加減出来ず申し訳ございません。これもレリフ様からの命でして……」

「大丈夫だ。あいつの言いたいことは十分に分かった」


 自身で言うのもなんだが、好戦形態アグレッシブを発動できれば俺に並ぶものは居ないだろう。

 逆を返せば、発動前はそこいらの女性よりも力の無いひ弱な状態なのだ。


 つまり、「よーいドン」で戦闘が開始される状況において俺は速攻にめっぽう弱い。


 そして、そのような状況はこれから何度も経験することだろう。


 例えば魔王候補同士の戦い。ルウシアとはそうなる前に戦い自体が無くなったが、勝った方が魔王になるという条件付きで決闘になる可能性は大いにある。


 そんな状況で、俺だけ「支援魔法なしじゃ戦えないんで先に掛けていいですか?」なんて言えるはずがない。よしんばそれで勝ったとしてもケチがつくのは目に見えている。


 だからこそ――


「レリフは俺に、支援魔法なしでも戦えるようになって欲しいと思っている。そうだな?」

「そう言われても……拙はただ全力で手合わせしろとしか頼まれておりません故、何も知らないのです……」

「そ、そうか。ならレリフが起きてきたら聞いてみるとしよう」


 と、その時。背後から足音がしたのでそちらに振り返ると大あくびを右手で隠し、伸びをしているレリフがこちらへ向かってきていた。


「ふあぁ……全く、魔力を制御出来ない誰かさんのせいで無理やり起こされる身にも考えてくれんかの……」

「え?今回は頑張って抑えたつもりだったんだが……」

「全然出来ておらん。周りを見てみぃ、住民が何事かと飛び起きてきとるじゃろうが」


 周りを見ると、彼女の言う通り続々と住民が外へと飛び出してきた。中には寝間着のまま飛び出して来た者や、髪を整える暇も無く寝癖をつけたままの者も居た。


 彼らは口々に「何だ何だ!?」「地震でもあったのか!?」「おかーさーん!怖ーい!」と叫びながら右往左往していた。


「お主の魔力は一般の魔族にとっては天変地異レベルの強さじゃ。早くコントロールできるようにならんと行く先々でこのような光景を見る羽目になるぞ」

「……ちょっと謝ってくる。俺がしでかしたようなものだしな」

「イグニスと手合わせしていたのじゃろ?ならば命じた我の責任でもある。ほれ行くぞ」


 そうして俺たちはイグニスを宿屋へと帰し、迷惑をかけた人たちに頭を下げに行った。相手は村民から村長と呼ばれていた初老の男性エルフだった。


 彼の周りには数十人の村民が居たが、彼らは殆どが20代になるかならないかという若者で、なんとも言えない違和感があった。


 若者に囲まれた初老の村長はレリフの事を見るや否や驚いた表情で挨拶をしてきた。


「こ、これはレリフ様!こんな何もない村に来ていただいて誠にありがとうございます!実は……」


 頭を下げてから放たれたその声に若者たちは振り返り、俺とレリフは視線を集める。


「レリフ様…ってことは魔王様!?俺初めて見たよ」

「私も。もっと怖い方かと思ったけど案外可愛らしい見た目しているのね」


 周囲からはそのような声が次々に聞こえてきたが、レリフはそれを気に留めることなく村長へと話しかける。


「事情はほとんど把握しておる。大きな魔力が突如近場で放たれたんじゃろ?で、それを誰が、何のためにやったのか分からず不安だと」

「そのとおりでございます……なにかの攻撃なのではないかと考えているのですが動機も見当たりません」


 不安げな顔をする村長。俺はその姿をこれ以上見ていられずに切り出した。


「すみません。その原因は俺です。まだ魔力のコントロールが出来ていなくて朝早くから特訓してたんです」

「そうだったのですか。その王冠からして、魔王候補の方ですかな?」

「はい。……すみませんでした。皆さんをこんな朝早くに起こしてしまって」


 そう言って頭を下げるが、村長は「攻撃ではない事が分かったし、悪気がありそうには見えないから」と言って許してくれた。他の村民も安心したのか、その場から散り散りに去っていった。


 何事も無く終わって内心胸を撫で下ろす。そんな胸中を察したのか、レリフは俺に言った。


「良かったのぅ、無事に終わって。ほれ、朝食を食べに戻るぞ」


 踵を返して宿屋へと戻る彼女の背中を小走りで追いかけ、横に並ぶと先程聞きそびれた質問を投げかける。


「そういえば、イグニスと手合わせして分かった事がある」

「ほう?何じゃ申してみよ」

「魔法を発動する間も無く手合せが終わってな、魔法に頼らずとも戦えるようにならなきゃいけないと思うんだ」


 その言葉を聞いた彼女は、はたと足を止める。一歩だけ前に出た俺は振り返って彼女を見るとその表情は心底呆れ返ったような物だった。そしてその表情のまま彼女は苦言を呈したのだった。


「とんでもない阿呆じゃな、お主」

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