第24話 学院のナンバースリー

 一方その頃、レイノール魔法学院では朝から話題が絶えなかった。その内容は勿論首席だった魔法使いが魔法を使えないことについてだった。


「ねぇ聞いた?カテラのこと」

「聞いた聞いた!まさか魔法使えないなんてねー」


 このような話が至る所で繰り広げられていた。特にそれが顕著なのは、話題の渦中である彼が在籍していたクラスである。


 始業時間前とあってほぼすべての席が埋まりつつある教室、その教壇付近にて三人の男子生徒たちが騒いでいた。


「授業に一度も来やしねぇ時点で疑うべきだったぜ!あいつがただの凡人だってことをよ!」

「全くもってその通りだよな!研究がーとか言ってたけどよ、バレないように部屋で震えてただけじゃねーの!?」


 ちげーねぇや、と大笑いしながらもう一人の話に同意する小太りの男子生徒は最前列の窓側に座っている銀髪の男子の肩に腕を回し同意を求める。


「なぁロイド。お前もそう思うだろ?特にお前はカテラのこと目の敵にしてたしよ、居なくなって嬉しいんじゃねぇの?」


 だが声をかけられた生徒は読んでいた本から目線を上げると、金の瞳で鬱陶しげに見つつ切り捨てるように言った。


「誰だお前は?気安く喋りかけないでくれ。気が散る」

「誰って……同じクラスのジャックだよ!忘れたのかよ?」

「忘れたもなにも生憎、目立った成果を出していない奴の名前を覚えるほどの隙間なんて僕の脳には無いんでね」


 言いたいことはそれだけだといわんばかりに本へと目線を落とす彼の悪態を聞いたジャックはそれを返すように吐き捨てる。


「んだよ、ちょっと勉強出来るから……って」


 だがその言葉は最後まで続かなかった。周囲から殺気を複数感じた為だ。


 彼が周囲を見渡すと、先ほどまで楽しげに談笑していた女子たちと目があった。彼女たちは先ほどまで喋っていた口を真一文字にし、目からはただただ刺すような視線を彼へと放っていた。


 異様な光景に背筋を凍らせた彼は先ほど騒いでいた男子たちを連れ、逃げるようにして教室を出ていった。


 その背中を見届けた彼女達は猫撫で声でロイドと呼ばれた男子へと駆け寄る。たちまち彼は女生徒に囲まれてしまったが目線は変わらず本へと落としている。


「ねぇロイドくん、怪我ない?」

「ロイドくん、困ったことがあったら言ってね、力になるよ」


 甘ったるい声に囲まれながら、彼は依然として本から目線を外さない。彼女たちは彼は当然そうするだろうというばかりに気にせず、ひとしきり言葉を投げかけると先ほど去っていった男子の悪口を言いながら自席に戻っていった。


「小太りジャックの癖にロイド君と仲良さげにするとかマジないよねー」

「ほんと、天と地の差ほどあるってのにね」


 そう言いながら女子たちが離れていったのを横目で見届けると、彼は小さくため息を吐いて一限の授業である魔方陣の授業の準備を進めた。


 彼はロイド・リベラルタス。100年に一度の天才であるカテラと、始祖の血を持つエルト・レイノールの二人と同時期に生まれていなければ十分歴史に名を残せる人物だ。


 リベラルタス家は魔法使いの名家という訳でもないが、彼は9歳の頃に論文を発表しその知識と才能を界隈に認められた。


 ここまでを聞くと、彼よりも幼い時点で論文を出したカテラに劣り、人よりも遥かに多い魔力を持つエルトにも負けている。


 だが、そんな彼でも二人に絶対勝てる物を備えていた。それは見た目の良さだ。


 スラリとした長身に、肩甲骨程まである銀髪。金の瞳は冷たく、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していたがその顔は中性的で女性だと言われても納得が良く。


 だからか、眉目秀麗、才色兼備、美形すぎる魔法使い……彼を指す言葉は数あれど、それらは殆ど彼の見た目に言及するものだけ。


 彼の通り名が一つ増えるたび、それらに吸い寄せられたかのように集まる女子の数は増えていく。だが、彼はそれを良しとはしていない。


 彼とて魔法使いなのだ。数ある通り名の殆どが外見に関するという事実、それは外見しか褒めるところが無い、ということなのだろうと解釈していた。


 だからこそ彼は上にいる二人に劣らず努力を重ねた。出来る限り魔法の勉強に時間を取り、わからないところがあれば先生や二人に頭を下げて聞いた。それが両手で数えられる回数を超えた頃、彼は二人からも良きライバルとして認知された。


 それが嬉しかった彼はさらに努力を重ね、先ほどのように誰かに話しかけられても聞いていないフリをしてでも勉学に励むようになった。


 そんな彼は先ほど、男子生徒たちが口にしていた言葉に心の中で疑問を持っていた。


「カテラが凡人?そんなわけないだろう。大した努力もせず、なあなあで日々を過ごすお前らのほうがそう呼ぶに相応しい人種だよ」


 その言葉と同時に思い浮かべたのは初めてカテラの自室を初めて訪れた時の事だった。本来ベッドがあるべき場所まで論文や本で埋め尽くされた異様な光景。そしてその中央で目元に深いクマをこさえつつ乱雑な筆致で何かを書き留める部屋の主。


 それを見た瞬間彼は自覚した。よしんばエルト・レイノールを追い越せたとしても、彼を抜かすことなど到底出来はしないのだと。


 始業の鐘の音で考えに耽っていた頭を切り替える。気付けば、一限目の授業の講師である、学長のレアル・レイノール先生が教壇に立っていた。


「皆さんごきげんよう。それでは本日の授業を始めようか。まずは教科書の54ページ、魔法陣応用の一行目。そこを――」


 こうして彼のいつもとは少しだけ異なる日常が始まった。この日彼の記憶に残ったことは二つ。一つはカテラの事実が学校全体に与えた影響。


 そしてもう一つは一日の授業の終わりに学長先生に呼び出され、告げられた一言だった。


――――――――


 夕焼けが窓から差し込み橙色に染まった学長室で、彼とレアルは机を挟みつつお互い立った状態で話し始めた。


「二週間後に迫った魔法学会で発表の席を設けようと思う。その際にはロイド君、きみにお願いしたいんだがどうかね?」

「学長先生。そうは言っても僕は今回参加しない予定なので論文など作成して……」

「ああ。それも十分わかっている。私が言いたいのは、『カテラ・フェンドルの論文』を君が出した体にして読んでくれないか、という提案だよ」


 論文を剽窃し、自分の手柄にしてくれないか。目の前の男はそうそそのかしていた。

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