第16話 【勇者Side】一晩経って

 勇者と魔法使いの決闘から一晩経った人間界では、その決着についての話題で持ちきりだった。


 王都という主要都市で、勇者一行という時の人同士が剣を交えたという話題は実にセンセーショナルで、訪れた旅人や商人を媒介にして爆発的に広まっていった。


 だが、噂話が急速に広まった真の要因はやはり「稀代の魔法使いが初級の魔法すら使えなかった」という所にある。


 この事実を受け、大陸中の人間は大きく分けて彼を批難するか擁護するか、それとも我関せずと無関係を貫くか、という三種類に別れた。


 まず、彼を批難する者たち。彼らは主に魔法使いであり、彼らを圧倒する才能を持つカテラに嫉妬した者だ。彼を貶めたいが為にこれ見よがしに批難し、こき下ろしていた。


 反対に、彼を擁護する者たちも居た。魔法を使えない事実を隠していたのは兎も角、その知識は本物だと語る者たちだった。


 その大半は彼と密接に関わってきた者や、彼の論文から開発された魔道具を使ってその恩恵を得ている者達で構成されていた。


 先日、勇者一行のロズが紹介したような『水中でも消えない、火種要らずの魔法のランタン』などを使っている旅人達がそうである。


 また、彼を擁護する者の中には剣士等の一見関わりの無い者たちもいた。先日の決闘を目の当たりにし、補助魔法だけで勇者を圧倒出来る魔法使いの実力を評価したのだ。


 そんな中、当事者の一人である勇者が率いるパーティーはというと、エルトという仲間を得て新生したものの、既に険悪な雰囲気が漂い始めていた。


 宿屋の一室でパーティーメンバーの四人が一堂に会していたが、これからの道筋をどうするか、旅の準備は整ったかなどの会話は無い。


 居心地の悪そうな勇者と、真四角のテーブルを挟んで座っているメンバーそれぞれが彼に対して苦言を呈しているだけだった。


「オレはお前なんかと一緒に旅をするなんて正直ゴメンだが、お前が居なきゃ魔王を倒すことは出来ねぇしな」


 そう語る剣士のロズは、以前おこなった一人旅の際に魔法のランタンを愛用しており、それから魔法使いを高く評価していた。


「初対面の人間に嘘を吐くような人を信用しろと?よく貴方みたいな人が勇者になれましたね」


 嫌悪感を丸出しにし、勇者をそしる魔法使いのエルト。彼女は学院時代にカテラとよく魔法に関する談義をしており、その豊富な知識量に尊敬の念を抱いていた。


「…………」


 先の二人とは異なり、うつむき押し黙ってこれからの旅路を心配する僧侶アリシア。


 三人それぞれの反応を受けた勇者は、なにもかもうまくいかなかったことに腹を立て、反抗的な目付きで彼女たちを睨んでいた。


 先日の決闘では手も足も出ずに負け、結果的に彼は「魔法使いカテラが生きていることを知りつつ彼の死を騙った』という罪を魔王を討伐することで償うことになった。


 彼の死を騙ってまで手に入れたかった大金も手に入れること無く、結果的に自身の名誉を貶めるだけという結果に終わったのだ。


 だが、彼が腹を立てている一番の理由は魔法使いの事実を公表したにも関わらず、目の前の三人の様にそれでも擁護する者がいるということだった。


 表情には出さないが、彼は内心怒り狂っていた。


 なんで俺よりも奴の方が注目されている!?

 赤子ですら使える魔法を使えない奴がここまで持て囃され、世間は『俺が有罪判決を食らった事』よりも奴が無能だったことに関心を寄せている。


 このふたつが、俺の名声が奴のそれよりも劣っているからだと言っているような気がして非常に腹が立つ!


 俺は運命の女神に選ばれた、世界でたった一人の男だぞ!?

 それが何故、たかだか常人よりも魔力が多いというありふれた特徴を持つ奴に話題を持って行かれなければならないんだ!?


 怒り狂う彼は知らない。


 王都だけではなく、街道にも立ち並ぶ街灯は、剣士ロズが使っていたランタンを改良した物、つまりは追放した魔法使いが発明した物である事を。


 つまり、旅を続けるうちに知らず彼の恩恵にあやかっていた事を。


 魔法使いが自身のコンプレックスを解決しようと己が身を削って研究してきた結果が、人々に利益を与えていた事を。


 彼がこれを発明するまでは、各地の街道にはそれこそ火を灯す燭台がガラスで出来た雨避けの覆いと共に設置されているだけ、と言う状態であった。


 それも、火を焚べる作業の煩雑さから頻繁に手入れがされるのは都会の街中にある街灯のみであり、小さな町や、そこへと続く街道に至っては火の消えた燭台が鎮座しているだけ、と言うのが日常茶飯事だった。


 魔法使いカテラはそんな状況を知らずのうちに変えて行った。

 彼が発明した街灯が設置されると、街道を通る人々や小さな町に住む住民は「まるで魔法のようだ」と感嘆した。


 そして、彼らはそれを発明した彼の事を敬愛を籠めて「魔法使い」と呼んだ。


 夜の闇に怯えずに済むようになったと言う彼の偉業は名前と共に人々の心に残ることになった。


 それこそ、魔王を倒すことのできる勇者と肩を並べる……いや、それ以上に有名であることを勇者は知らなかった。


 彼は魔法使いのことを、「業界でしか名前が通じない有名人」としか認識していなかった。だが実際は「一般人にも名の通った人物」だったのだ。


 その事実は、彼らのいる宿屋の外で売られている新聞にも反映されていた。


 十数の新聞社が先日の一件を記事にしているが、どこもかしこも見出しは魔法使いカテラの事ばかりであり、勇者を取り扱った記事はそのうちの一握りだけであった。


 それも、彼を非難するような内容であり、お世辞にもいい内容とは言い切れない。


 にもかかわらず、勇者が自分へ関心が向いている事に執着しているのは女神に加護を授けられたために歪んでしまった価値観によるものだ。


 彼は、石畳で整備された道もないような片田舎の農家に、三人兄弟の末っ子として生まれた。それから13年間は、畑を耕しては寝てを繰り返す、どこにでもいるような、一人の青少年に過ぎなかった。ただ、何をやっても上手くいかず、生みの親でさえも彼のことを居ないものとして扱っていた。


 だが、そんな彼の人生は、三年前のある日一変した。そう、女神の加護を受けたあの日から、彼はただの一人の青少年ではなく、たった一人の勇者として人生を歩む事になる。


 勇者は、その時のことを思い返していた。


 夢で女神に会ったと両親に伝えると、その時から俺の扱いは一変した。農作業をしなくても良くなったし、どこへいっても注目された。


 農家なんて、俺でなくてもできる仕事に就くのはまっぴらごめんだった。俺にしか出来ないような、凄いことをしたかった。だから、成人したら都会へと出て行こうと決めていた。


 王国から俺宛に招待状がきたときは本当に嬉しかった。勇者おれにしか出来ない事があるからと手を差し伸べてくれる事が嬉しかった。


 要領が悪く、今までなにもかも上手くできなかった俺が、普通では考えられないような速度で剣や魔法の腕が上達している事に周囲の人々が驚いてくれる事が嬉しかった。


 きちんと俺のことを見てくれる事が嬉しかった。あの両親のように、不出来な俺をいないもの扱いするような態度じゃないことが嬉しかった。


 だから、今の「俺を見ていない」世間に腹が立つ。


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