第3話 後悔と招待

 今勇者たちを追いかけて行っても突き放されるのがオチだ。少し時間を置こう。俺はその場に座り込み、今までのことを振り返るために無意識的に上を見上げていた。


 頭上の松明は俺のいる周囲のみを明るく照らしつつ、静かに爆ぜた。


 ――――――――


 3歳。物心ついた時から孤児院で暮らしていた。裕福ではないもののそれなりに幸せな生活だった。


 4歳。訪れた魔法使いに魔力量を見抜かれ弟子となるが、俺が成果を上げられないことを知ってからは驚くほど辛辣だった。


 それからは師事する先生を変えては失望され……という生活が2年続いたな。


 6歳。師匠を取ることを辞め、今までの知識を生かして自主的に魔法が使えるようになる方法を探し始める。


 8歳。論文が表彰され、称号を授与される。史上最年少授与というのが話題になり『神童』『稀代の魔法使い』なんて呼ばれたっけ。


 ――――――――


 表彰を終え、様々な新聞社に囲まれたあの時『魔法が使えないんですごめんなさい』と言えばこんなミジメな思いはしていないだろう。


 あの時恥をかいていれば、挫折していれば。こんな事にはならなかったのだろうか。


 俺が今ここにいる理由、それはひとえに『俺は皆が思っているような天才じゃないんです』と言い出せなかった俺の心が弱かったからに過ぎない。自業自得も良いところだ。


 後悔しても仕方ない。もう過ぎてしまったことなのだから。そう言い聞かせ、松明を持って立ち上がり出口へと向かう。


 魔法が使えない事実は遅かれ早かれ広まるだろう。そうすれば俺に待っているのは世間からの『無能』『稀代の詐欺師』という今までとは真逆の評価だ。そう思うと足取りも徐々に重くなっていく。


 いっそ、ここで死ぬか?


 不意にそんな考えが頭をよぎる。

『稀代の魔法使い、魔王討伐の旅の途中で急逝』

 こんな見出しで各方面に伝わるだろう。


 ダメだ。どっちにしろ事実が広まったら無能扱いされる。


 16年間賞賛しか受けていなかった自尊心プライドは、死した後の評価も完璧にしなければ気が済まないほどに膨張していた。


 まさに『言うは一時の恥、言わぬは一生の恥』か。


 解決方法は二つ。

 1.勇者一行を帰らぬ人にして口封じする

 2.今から魔法を使えるようになり、事実を覆す


 どちらもあまり現実的ではない。1番は勇者が意気揚々と語っていたとある性質が障害になる。


 ――魔王以外に殺された場合、復活する。また、老いて死ぬこともない――


 運命の女神の加護は選ばれた勇者に限定的な不老不死を与える。つまり魔王に殺されないと1番は達成できない。


 2番は今まで探してきた手段が都合よく手に入るとも限らない。実際、人間界における魔法の総本山であるレイノール魔法学院の蔵書を約4年かけて読み漁ってもその手段は見つからなかった。もはや人間界には手掛かりすらないだろう。


 だったら、魔界はどうだろうか。魔物の世界には俺が見たことも無いような魔法関連の資料があるのではないか?


 人間界よりかは可能性は高いだろう。ただ、魔界へ行く間にも俺の事実は広まってしまうはずだ。


 ここは少しの恥を忍んで魔界へ向かうしかない。そう決意したときだった。


 勇者たちが立ち去った入口とは反対、つまり奥から足音が聴こえてきた。カツン、カツンという音はもちろん勇者たちの足音とは違う。万が一のことを考え、右手に短剣、左手に松明を持ち戦闘態勢を取る。


 この3年間、『最悪の事態』を考慮してひっそりと特訓していた剣術で相手取れるかは分からない。


 だが勇者たちに助けを求めるのも自尊心プライドが許さない。どうせ笑われて見捨てられるだろう。そうされる位なら、いっそ勝てない敵に突っ込んで死んだ方がまだマシだ。


 足音がさらに近づいてくる。


 そうして松明に照らされて俺の前に姿を現したのは、俺と同じくらいの年齢の少女だった。彼女は両手を上げて敵意が無いことを示す。


「ほらほら、このとおり敵意はないからさ、右手のその剣しまってくれないかな?」


 彼女の外見は人間でいえば16歳ほど。俺よりも少し背は低い。腰まである金髪のツインテールと同じ色の瞳を持ち、頭からは羊のような巻き角が生え、コウモリの様な黒い翼と先端がハート状の尻尾をゆらゆらと揺らしている。


 どこからどう見ても悪魔である。格好も、紫を基調とした露出が多い服装で、16年間魔法の研究しかしてこなかった俺にとっては目に毒そのものだった。


 だが、彼女は十中八九敵だ。煩悩を振り払いつつ、短剣を持った右手を下して言い放つ。


「魔物のいう事を馬鹿正直に聞く奴がいるか。右手は下すが剣はそのままだ」

「わ、分かったから。とりあえずおしゃべりしよ?」

「断る。なんでそんなことしなければならないんだ?」

 

 半ば苛立ちながら提案を却下する。こんなところで時間を食っている場合ではない。一刻も早く魔界に行かなければ。


「俺には時間が無いんだ。用が無ければ失礼する」


 そう言って彼女に背を向け洞窟の入口を目指そうとしたとき、彼女の口から出た言葉に俺は入口へ向かう足をピタリと止めて振り返った。


「魔界、行きたいんでしょ?」

「な……んでそれを……」

「あたしは心が読めるのでーす」


 腰に当てた両手で三角形を二つ作り、ふふーん、と誇らしげな表情で胸を張る彼女。魔界に行く手段も分からない以上、彼女の話は聞いておいて損はないだろう。


「分かった。詳しい話を聞かせてくれ。メリットデメリットすべて包み隠さずだ」

 

 彼女はマジメな顔をしたと思ったらおどけるようにさっきの俺の言葉を繰り返す。


「ことわる。なんでそんなことしなければならないんだ?」

「そうか、じゃあ残念だが……」


 剣の切っ先を向けると、彼女は慌てて先ほどの言葉を取り消す。


「じょ、冗談だよじょーだん。暴力はんたーい」

「なら早く話してくれ」

「うん。諸事情あってね、今魔王様の後継者探してるの。とにかく魔力量の多い人をスカウトしろって言われてさ……魔王になったら魔法使えるようになるかもね。今の魔王様はすっごく物知りだし。あ、魔界には転移魔法で行くから今からでも行けるよ」


 聞いた限りでのメリットは魔法が使えるようになる可能性があること。デメリットは魔王になるにあたって魔物化するであろうということ。


 逆に考えれば勇者と直接対決できる。魔王になって勇者一行を抹殺できれば事実を知る人間はいなくなる。


 速攻で魔王になってアイツらを消すことができれば、噂が広がることもないだろう。それだけで拒否するという考えは消え失せていた。


 ――魔物化?人殺し?知ったことか。俺は自尊心プライドさえ守れればそれでいい。


「その話、乗った。今すぐ頼めるか」

「りょーかい!それじゃ魔法使うねー」


 その言葉と同時に黒い魔法陣が足元に展開される。


 魔法陣が黒紫色に発光したと思った次の瞬間には浮遊感が俺を襲うとともに視界が塗りつぶされ、俺は魔界へと降り立ったのであった。

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