第2話 旅立ち、追放

 3年後―――フェレール王国王城にて


 大広間に俺たち四人は立っていた。目の前には現国王、アキレウス・フェレールが王座に腰掛けている。


『勇者一行、前へ!』

 国王の隣に立っている大臣が俺たちを呼ぶ。その声に応え、一歩前に踏み出して跪く。


『勇者 ヒスト・ヴェルデール』「はい!!」

 大臣が俺たちの名前を呼んでいく。それに跪きながら答えるのが古くからの習わしらしい。


『剣士 ロズ・エンド』「はいはい」

 彼女は腕試しの旅をしていた所、勇者が目覚めたと知って挑み、結果的にこの一行に推薦された。一見すると戦闘狂のようだが、礼節はわきまえているらしい。


『僧侶 アリシア・クロウス』「はい」

 アリシアが呼ばれる。


『魔法使い カテラ・フェンドル』

 ついに俺の番。深く深呼吸し、全力を持って答えた。

「はい!!」


 ―――――――


 こうして勇者一行への任命式を終え、旅立った俺たちは次の町へ続く道を歩く。道すがらそれぞれ自己紹介をしていた。


「ヒストだ。得意なのは剣と回復魔法。皆これからよろしくな」


 勇者は珍しい緑色の髪をしていた。瞳は黄緑でどこか不思議な雰囲気を醸し出している。左手には盾、腰には片手で扱うのにちょうどいい長さの剣を携えていた。


「おいおい、剣と回復魔法が得意ならオレと僧侶の嬢ちゃんはいらねーじゃねーか。今すぐ引き返すか?」


 剣士ロズはアリシアと勇者を交互に見ながらそう言った。その言葉を受けてアリシアは狼狽うろたえる。


「冗談だよ冗談。得意って言ってもオレの剣や嬢ちゃんの魔法にはかなわないだろうよ」


 ロズははにかみながらそう言うと続けて自己紹介をした。


「オレはロズ、見ての通り剣士でエモノはコイツだ。切ることしかできないがよろしくな!」


 背負った大剣を右手の親指で指しながら彼女は自己紹介する。伸ばしっぱなしにしていたのか腰まである黒髪に褐色の肌、そしてうっすらと筋肉が浮かぶ引き締まった肉体をしていた。次はアリシアの番だ。


「アリシア・クロウスと申します。回復魔法と支援魔法が得意です。これからよろしくお願いしますね」


 緊張していたのか言い切った後に彼女は錫杖を持つ方とは反対の手で胸をなでおろす。


 そんな彼女を見ていると目が合った。すかさず俺が最後の自己紹介を行う。


「カテラ・フェンドルだ。得意な物は――――」


 こうして俺たちの旅は始まった。



 ――――――――


 出発から一週間が経った頃、俺達は王都の西に位置する、レナードの街近くにある洞窟に足を踏み入れていた。


「カテラァ!!そっちいったぞ!」


 剣士ロズの声が響く。時間的には朝なのに洞窟内は暗く、松明などの灯りなしには進むこともままならない。


 俺たちはゴブリンの群れと戦闘をしていた。一体一体は俺たちの敵ではないものの、二十三十も出てくると流石に数で押されてくる。


 勇者ヒストと剣士ロズが前衛、俺とアリシアが後衛でバックアップをする、というセオリー通りの陣形だ。


 前衛二人は押し寄せるゴブリンを各個撃破していたが横をすり抜けた奴がこちらに向かってくる。


 背後には魔法を唱えているアリシアがいる。


 ――やむを得ないか。そう思った俺は護身用の短剣を引き抜き、格闘戦をすることにしたが、本来の相手を片付けたロズがゴブリンの背中を一閃し、斬られたゴブリンは地に伏した。


「何やってんだ!集団戦こそ魔法でチャチャっと片付けちまえよ!!」

「だめだ!お前らも巻き添えにしちまう!」


 魔法が使えないことを告げると同時にゴブリンの勢いは収まってきた。戦闘がじきに終わるのは目に見えていた。


 ―――結局俺はその戦闘魔法一発撃たずに終わった。


 旅が始まってから一週間、俺は一度も魔法を使っていない。


 王国から手紙が届いたあの日にした決意はついに実を結ぶことはなかったのだ。


 つまり、まだ使


 戦闘が終わり、周囲の安全を確認しているときだった。俺は手に持っていた松明を壁に掛ける。それと同時に勇者が俺を呼ぶ。


「なぁカテラ」


 その声には苛立ちと怒りが混じっていたが、彼の顔はにこやかなままだ。努めて笑顔を保っているのだろう。


「一度、ここで魔法を使ってみてくれないか?『灯火の魔法』でいい。俺でも使えるんだ。朝飯前だろ?」

「なんでそんなことをしなければならない?」


 平静さを必死に取り繕いながら、俺はそう答える。彼はにこやかな顔のまま続けた。


「正直に言うと、俺は君が『魔法を使えないんじゃないか』と考えている。戦闘はともかくとして野宿で火を起こすときにも君は魔法一つ使っていない。今もそうだ。こんなに暗いのになぜ『灯の魔法』じゃなく松明で灯りを取ってるんだ?」

「……」


「勘違いだったら素直に謝る。だから、今ここで、魔法を使ってくれないか?」

「……」


 二つの問いに沈黙で答える。


「沈黙は肯定したとみなしていいのかな?」


 その質問にも沈黙で答えようとしたその時だった。


「二人とも見ろよ!コイツ魔法が使えねーのに『俺凄腕の魔法使いですよ』って顔して、魔王討伐の一員になろうとしていたんだぜ!今の今まで荷物持ちしかやってこなかったのによ!」


 にこやかだった勇者の顔はひどく歪み、その口は先ほどまでの遠慮を忘れたかのように汚い口調で俺を非難した。


「許せねぇよなぁ?何もせずに、無能の分際で俺たち働き者と同じ報酬受け取ろうとしてるんだぜ?もしかして、『重たーい荷物運んだんで報酬ください』とでも言うつもりだったのか?」


 ロズとアリシアはうつむいて何も答えない。


「とりあえずお前クビだわ。無能はいらねぇ。預けてた荷物だけ貰っていくわ」

 

 何も言い返さない俺に興味を無くしたのか、勇者は先ほどまでの嘲った表情を止め、俺から荷物だけを奪い取る。


 その中には俺の分の荷物、『俺が魔法を使えない』事実を記したノートもあった。


「魔法が使えるなら、ここの雑魚共なんぞ敵じゃねぇだろ?なぁ『稀代の魔法使い』さんよぉ?」


 彼はギャハハハ、とやかましい笑い声を出しながら入口への道を引き返して行く。続いてロズは俺を見ることなくその場を立ち去る。


 アリシアは最後まで残り、俺の顔をじっと見ていたが俺が黙っていると悲しそうな顔をして去っていった。


 ブーツを履いた彼女の足音が遠ざかり、最後には壁に掛けられた松明の火が爆ぜる音しかしなくなった。



 ――こうして俺は勇者一行から追放されたのだった。


 自尊心プライドをこれほどまでないほどに傷つけられて。

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