第38話 師弟決着

「ん、今義妹に素っ気ない態度を取られた気がしたが、気のせいだな」


 天下は飛ばされたマンションから飛び出て鋏の元にとんぼ返りの最中。益体もないことを考えるが、気のせいだと判断する。

 余計なことを考えている暇はない。既に目の前には鋏がいる。


「おや先生、隠れなくていいのですか? 元いた場所から一歩も動いてないじゃないですか」

「……ふっ」

「即席の技術に頼るから、魔法に振り回されるのですよ」


 鋏は動かなかったのではない、動けなかった。〈生命炸裂〉魔法の威力は申し分ないが、同時に繊細なコントロールも求められる。

 魔法遺伝子の編集で強大な力は手に入れても繊細なコントロールは手に入らない。日々の努力の結晶が結実すると技術になる。

 努力をすっ飛ばして手に入れた力に振り回された結果、鋏は回復に専念するため動けなかった。


「俺もここ最近似たようなことがありまして、威力に振り回されて苦労しました」


 天下は異世界に行くことで魔法遺伝子のスイッチを入れた。飛躍的に魔法の威力は上がったが、コントロールに苦労していた。

 それは既に過去のこと。今の天下はきっちり強力になった魔法を使いこなしている。常日頃から魔法のコントロールを練習しているため短時間で習熟した。

 鋏が魔法の習熟に苦労している間、天下は春先に比べて1.5倍ほど強くなっている。


「ちっ、そういうことか」

「そういうこととは?」

「先程の〈生命炸裂〉ならもっとダメージを与えられる筈だった。それが蓋を開けてみれば無傷。予想値より大幅に強くなってやがる」


 鋏は復讐のために入念に天下の情報を調べ上げた。生活習慣、学校、友達、その他諸々を調べた。その中には戦闘力についても項目もある。

 天下が常に努力をして強くなっていることを知っていた鋏は強くなることは想定済み。

 想定外があるとするなら、天下の成長が予想より大幅に大きかったこと。データが半年前ということもあって、最近の急激な変化に対応できていない。

 遺伝子編集の最終調整で自分の体にかかりっきりになった代償である。


「だからなんだ、予想より強くなった。なら話は単純だよ、今すぐもっと強くなればいい」

「いやいや先生、人はすぐには強くなれません。遺伝子編集をするにしても、こんな場所じゃできないでしょ」

「いくら遺伝子編集が高校生の知識でできるようになっても、確かに研究室でもなんでもない屋外では不可能さ。既に編集が終わっている遺伝子にスイッチを入れるくらいなら、ここでも十分だ。〈復号鍵〉」


 天下には全く想像のつかない魔法を発動する鋏。天下に分かるのは鋏が危険な行為をしようとしていることだけ。

 異世界で強制的に魔法遺伝子のスイッチを入れた経験を持つ天下は魔法に振り回されて要らぬダメージを負ったことがある。

 扱えない魔法を持つのは自殺行為だ。


「先生、死ぬ気ですか!?」

「元より、そのつもりだ。ここに来るということは死と同義だ。何を今さら抜かす」


 鋏が負ければ天下に殺されるか、魔法に殺される。過ぎたるは猶及ばざるが如し。魔法遺伝子を編集した代償は大きい。

 もし鋏が勝って復讐を成し遂げたら、エマが黙っていない。次に復讐されるのは鋏になる。

 天下に勝ててもエマには逆立ちしても勝てない。結果は見えている。

 鋏が人質を取るような卑怯な真似ができない理由でもある。人質を取った瞬間、エマに察知され人生が終了する。

 エマの介入を防ぐには正々堂々と正面から。大義のないエマは手も足も出ない。


「そんなバカなこと考えないでください」

「何の犠牲もなしに魔界の番人に挑めるとでも思っていたのか? はっ、もう少し頭を働かせろ。さて、スイッチの切り替えは完了した。手始めにこれでも食らえ、〈光線〉」


 天下のすぐ側を極太の光の筋が通りすぎる。


「マジかよ。見えなかった……」


 天下は〈光線〉を避けれなかった。鋏の魔法の構築のスピードが上がって発動の兆候がわからなかった。エマのように力業でいくつかの行程をすっ飛ばして魔法を放った。

 威力と速度が格段に上がるというおまけつきだ。〈光線〉魔法は光とついているが、実際には光のスピードに達していない。

 普通の〈光線〉なら天下見えるが、鋏の〈光線〉は通りすぎてから気づいた。

 今回天下が〈光線〉に当たらなかったのは、ひとえに鋏が魔法のコントロールをできていないからだ。いきなり上がった出力に振り回されている。


「がっは」

「先生!」

「貴様に心配される筋合いなどないっ!」


 魔法の反動で全身にダメージか入った鋏は吐血する。魔法遺伝子を編集した代償はやはり大きいようだ。


「くっ、体がもたないか、短期決戦で決めるしかないーー」

「〈転移〉!」

「ーー〈空間切断〉」


 魔法の兆候を感じ取った天下は即座に対比する。なりふり構わず一瞬で長距離を移動できる魔法を使う。

 天下が去って刹那、鋏を中心に半径数キロメートルの空間がズタズタに切り裂かれる。

 天下の魔法が遅れていれば、天下の体はミキサーに入れられた野菜や果物のように粉微塵にされていた。

 〈生命炸裂〉魔法でも原型を留めていた一帯が跡形もなく破壊される。町の一部に完全なる荒野が出現した。


「はぁはぁはぁ、地獄絵図じゃねぇか。あんな破壊ができるのは俺はエマ以外に知らないぞ」


 天下も似たようなことはできる。町を破壊し尽くす魔法は所持しているが、半径数キロメートルの規模となると全力を尽くしても不可能。


「あんまり、ゆっくりもしてられないな。〈転移〉」


 天下の実力なら逃げに徹したら見つかることはない。そうなると鋏は魔法の反動に耐え切れず死んでしまう。

 鋏に生きてほしい天下は魔法を掻い潜って鋏を止めるしかない。今も鋏は魔法を使って天下の居場所を探り、大まかな位置を特定したら辺り一帯を絨毯爆撃している。


「先生を殺さず、生け捕りにする魔法か。滅茶苦茶なオーダーだな。生半可な魔法は通じない、威力が高すぎても殺してしまう。いい塩梅の魔法なんてあるのか。…………くそっ、思い付かねぇ」


 頭の中の魔法リストを片っ端から検索するが、天下は最適な魔法を見つけられない。


「どうする、そんな都合のいい魔法なんてそもそないのか。……ん、ない?」


 天下の脳裏の片隅に違和感が引っかかる。先ほど口に出した言葉を頭の中で一言一句ゆっくり反芻する。


「ないなら、作ればいい?」


 問題は至極単純である。そもそも存在しないのなら、新たに作るしかない。幸いにして天下は新しく魔法を作る土台はある。

 魔法の知識は一通り修めており、魔法を操る技術は一流。後はアイデアさえあれば実行するのみ。

 ただし生半可な魔法は逆にピンチに陥る可能性がある。今の鋏は手足の一本二本を失っても魔法の行使に支障がない。

 魔法を発動した直後に隙があれば、天下の方が危ない。一撃で確実に決めるしかない。


「〈転移〉。……うっわ、さっきまでいた場所がボロボロだ。バンカーバスターかよ」


 バンカーバスターとは日本語では地中貫通爆弾。硬い標的や地下の標的を破壊するための爆弾だ。高速度で落下し遮蔽物を貫通した後、爆発する。

 鋏が地中を狙った理由は単純明快、先程まで天下が地下にいたからだ。殺風景な位相空間がエマに書き換えられた際に見えない地下も構築されていた。

 地表の変化は分かりやすいが地下の変化は分かりにくいので、一種の盲点になるかと思って避難していた。

 子供騙しの策に引っかかる鋏ではないようで、天下の即席の企みは通用しない。


「でも先生、ありがとう。おかげでいい魔法が思いついたよ。先生の頭、ぶち抜かせて貰います」


 天下の思いつきが必ず成功する保証はない。それにたった今考えた魔法も不完全状態。ぶっつけ本番で成功させるしかない。


「すぅー、はぁー、よし。〈転移〉」


 最低限の準備を整えた天下の姿が消え去り、次の瞬間には鋏の間近に現れる。


「来ると思っていましたよ。いつまでも逃げ続けるのは性に合わないでしよう。〈裁断〉」

「魔法が荒いですよ、先生。そんな雑な攻撃、のろまな亀でも当たりません」


 天下のいた場所がズタズタに裂ける。余裕の態度を取っていても内心はビクビクしている。視線や体の動かし方で先読みしているがいつまでも成功する保証はない。

 一度魔法に捕らわれてしまえば、よくて戦闘不能、ほとんどの場合死あるのみ。短期決戦を望むのは天下も同じだ。


「避けるだけで、キャンキャンよく吠える。〈縦断〉」

「だから、当たりません。俺って人間なんで」

「〈横断〉」

「おっとっと、危ないな」


 天下は鋏の魔法を器用に避けているが、それ以上の行動が行えない。近づけばたちまちに切り刻まれてしまう。

 今はある程度距離を取っているから避けれている。天下が新しく作った魔法は遠距離でも放つことは可能だが、強化された鋏なら楽々避けられてしまう。

 鋏もバカではない一度見た魔法が二度は通用しない。万全を期すなら確実に当たる距離で放つしかない。


「……分かっちゃいたが、きついな。ヤバイぜ、どうすっか」


 避けることしかできなくて、天下に焦りが出る。


『天下、頑張れ』

『義兄さん、負けないでください』


 天下の脳裏に直接声が届く。とても短い言葉だったが、天下の心に火がつく。

 男という生き物は単純だ。女子に応援されただけで100%以上の力を発揮する。その相手が幼馴染みでも義妹でも関係ない。


「よし、頑張るし、負けない!」

「ん? 頭がとうとうおかしくなったか?」

「先生はもう終わりってことです。〈分身〉からの〈転送〉」


 天下そっくりの存在が現れては一瞬にして鋏の近くに送られる。


「数が増えたくらい、どうとでもない。〈活力炸裂〉」


 鋏を中心にあらゆる魔法が発動される。〈活力炸裂〉魔法は〈生命炸裂〉魔法の下位互換の魔法である。

 魔法と魔法が干渉し合って新たな魔法を生み、天下の分身に直撃する。体の一部が吹き飛んだり、姿を保てなくなって消えたりするが天下は構わない。


「邪魔だ」

「今っ!」


 天下の分身が足を失いながらも鋏に取りつく。一瞬の隙を突いて本体が鋏までの最短距離を突っ切る。

 魔法が無数に発生しているので、最短距離を突っ切ると魔法を食らうことになるが、天下は気にしない。魔法を防御したり、避けたりする刹那がもったいない。


「これで終わりですーー」

「なっ!」


 鋏が天下の分身を消滅させたと同時に天下の本体が辿り着く。天下の手が鋏の顔面を掴む。

 鋏に逃げる余地はなく、後は天下の魔法を待つばかり。


「〈魔力弾〉」

「こんな……結末……みとべ……ま……」

「先生が何と言おうと終わりです」


 鋏の頭部に本来地球には存在しない魔力が通り抜ける。

 天下の魔力は特別製で周囲の魔力を引き付ける性質がある。地球には魔力がないので、引き付けるのは魔法になる。

 鋏の頭部を貫通した〈魔力弾〉は構築中の魔法を奪い、発動中の魔法の繋がりを断つ。

 結果として鋏の頭から魔法の全てが消える。この効果はあくまで一時的なもの。魔法を再度構築したら、問題なく発動する。

 しかし、頭部を高速で魔力が貫通したら脳は揺さぶられる。軽い脳震盪が起こり、意識が保てなくなる。

 力を失い倒れる鋏の体を天下が支え、地面へとゆっくり横たえる。

 結末というのは案外呆気ない。


「よ、よかったぁ、ぶっつけ本番成功するかヒヤヒヤしたぜ。ふぅー」


 結末は呆気なくても、結末に至る道筋はいつ途切れてもおかしくない綱渡り状態。

 最善の結末を引き寄せた天下は大きく息を吐く。


「どうする?」


 安堵している天下の背後から、音もなく降り立ったエマが静かに語りかける。


「治してくれ。俺は先生に生きてて欲しい」

「そうか、天下が望むなら、まずは体の傷を治そう」


 エマの魔法が発動し、鋏の体が修復される。エマは魔法遺伝子の詳細は知らないが、傷つけられた体を修復するくらいなら造作もない。


「して、天下よ。記憶はどうする?」

「どういうことだ?」

「あたしなら、記憶をイジって一連の騒動を消すこともできるし、復讐心だけを狙って消すこともできる」

「はぁ、いつの間にそんな器用な真似を覚えたんだよ」


 成長しているのは何も天下だけではない。鋏の指導によって星夜も飛躍的に魔法の才能を開花させたし、鋏も科学の力を存分に発揮して強くなった。

 エマも強くならない道理はない。


「あたしだって新しいことを覚えるぞ」

「ますます隣に並ぶのが遠くなるじゃねぇか」

「あたしが成長するスピードより、天下が成長するスピードを越せばいい話だ」


 できたら苦労しねぇ、と天下は愚痴をこぼす。ただでさえ開いている差が余計に開いても、天下は諦めない。やる気が削がれることもない。


「それで、記憶どうする」

「ああ、それは決まってるよ。俺はエマがそんな新しい魔法が使えるなんて知らなかったんだ。だから先生の記憶はーー」


 天下の願いを聞いたエマは天下の望み通りの結果をもたらす。この結果が天下やその周りの家族や友人にどのような作用を起こすかは誰にも分からない。

 こうして鋏による一連の騒動の幕は閉じた。


「エマさーん帰ってきてくださーい!」


 天空のお茶会に取り残された星夜が叫んでいたとかいないとか。

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世界トップクラスの魔法使いの俺は世界最強の幼馴染みの横に立つために異世界で修行します キャッシュレス @cashless

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