だって117が可愛い過ぎる

岩田へいきち

第1話 文夫

「いったい何やってんだよ。 もうこっちは、四日も待ってんだぞ。 お金はちゃんと20万円も振り込んでるんだからな」 文夫は、カンカンになって電話をかけていた。

「配達日に合わせて二週間前からマス断ちしてんだぞ」

「マスだち? 」 電話の向こうで若い女性の声が聞こえてきた。

しかし、文夫は、カンカンで、我を忘れて続けた。

「何? ダッチワイフを造っている会社のくせにひとりエッチも知らないのか」

「ああ、失礼しました。 ひとりエッチを何日も我慢してらっしゃるということですね」と改めて言われて文夫は、我に返って腹の底から恥ずかしくなった。

――若い女の子になんてことを言わせてるんだ、俺は。

元々赤面症の文夫の顔は、電話の前で赤くなっていた。

「大変申し訳ございません。 ただいま確認いたしますので、お客様の注文番号をお聞かせ願いますか?」 電話の相手は、いたって冷静に何事もなかったかのように話してきた。 文夫は、益々顔が赤くなった。


文夫は、とても真面目な45歳。 小さい頃から何事にも一生懸命で、曲がったことの大嫌いな子だった。 それ故に何事にも率先して取組み、一生懸命やり過ぎするからしばしば失敗もしてしまい、みんなからは、「ヘマ夫」と呼ばれることもあった。 しかし、他人から言われるそんなことはどうでもいい。 文夫には、文夫の正義の方が大事なのである。 その考えは、頑として変わることはなく、これまでも文夫の正義を貫いて生きてきた。 大学も家庭の経済的な理由で行けなかったが、当時、国家公務員郵政を受験し、見事合格。 入社後も数々の昇進試験をパスし、郵便局長まで上り詰めた。 そんな文夫なので、女性には目もくれず、仕事に没頭し、気づいたら独りだったのである。

女性にアプローチする事が出来ず、かといって娼婦を買うことは、文夫の正義が許さない。 ひとりエッチに頼る生活になって、早27年、45歳になっていた。 これまで、マラソン、ゴルフなどスポーツで気を紛らわしてはきたが、何か足りない。 そして、ひとりエッチにも物足りなさを感じて、文夫は、ついにダッチワイフに手を出したのである。

ネットを泳いでいると 「人肌体温調節可」「ダッチワイフの一流企業」という言葉に目が止まった。

文夫は、人肌と一流と言う言葉に弱かったのだ。結局、自称一流のスウェック社という会社のダッチワイフの最新モデルを購入することにしたのだった。


「お待たせしました。遅れて大変申し訳ございません。 ご注文のダッチワイフは、本日12時にお客様の元に届く予定になっております。 どうぞ、可愛がってくださいませ」

文夫は、もう一度真赤になって電話を切ると壁の時計を確認した。

11時45分である。 あと15分だ。文夫は、ドキドキして来た。

――ただの人形が届くだけじゃないか。 何をドキドキしてるんだい?

文夫は、自分に問いかけた。

あと一〇分、文夫は、益々ドキドキが止まらない。 届いたら夜を待たずしてかぶりつこうかどうしようかと考えたら動物園の熊のようにいつの間にかウロウロし始めていた。


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