第21話 歓待と警備の計画

 結局、エヴァリストさんはすぐにその目をそらし、表情を消してしまった。気になりつつも、わたしはイリヤさんとともにバルコニーを出る。

 演説の興奮も冷めやらぬ中、一緒に廊下を歩きながら、わたしはイリヤさんをちらちらと見上げた。彼が怪訝そうな顔をする。


「どうした、オデット」


 わたしは少しもじもじしながら、思い切って答える。


「いえ……イリヤさんって、やっぱり立っているだけで絵になるというか、かっこいいなあ、って」


 イリヤさんは少し残念そうに言った。


「そうか。このあと仕事が詰まっていなければ、可愛いことを言うお前を好きなだけ愛でられるんだが……」


「え、ええ!? 冗談ですよね?」


「半分は本音だ。それはともかく、お前の意見も聞いておきたいな」


 イリヤさんの表情はいつもの冷静なものに戻っている。本当に、こちらを動揺させまくるくせに自分は動じないんだから。ちょっと納得のいかない気分になりながらも、わたしは尋ねる。


「何をです?」


「国王一家と聖女を歓待する準備についてだ。オデット、何か案はあるか?」


「そうですねえ……」


 わたしは人差し指と中指を顎に当てながら考える。この前作ったお菓子は使用人や兵たちに評判がよかったから、あれの拡大版をすれば皆さまにも喜ばれるかもしれない。


「わたしたちの手作り料理でご歓待するのはいかがです?」


「祖父と王太子ルイはそれでも喜ぶかもしれんが、王妃と聖女はどう反応すると思う? 舌が肥えているのに、強制的に庶民の料理を食べさせられたら?」


 イリヤさんの的確な突っ込みに、わたしはぐうの音も出ない。

 そうだった。王妃陛下は日々、豪華な料理を召し上がっているだろうし、神殿では粗食を召し上がっている聖女ジェルヴェーズさまだって貴族の出身なのだ。


 それに、聖女は公務で各地を回るから、ご当地料理をご馳走になることも多く、普段は粗食でも自然に舌が肥える。わたしは元々が庶民だから、美味しければなんでも食べるけれど。

 それはともかく、他にいい案を考えなければ。イリヤさんに呆れられてしまう。


「じゃあ、お茶会はいかがです? これなら女性陣にも喜ばれます!」


「妥当だな、と言いたいところだが、そもそも会話が持つのか?」


 確かに……。男性陣は問題なくても、女性陣は猛吹雪が吹き荒れそうだ。


「じゃ、じゃあ! 評判のいい大道芸人を呼んで……」


「相手は国王一家と聖女だぞ。庶民派なら、あるいは喜ぶかもしれんが」


 ど、どうすればいいんだろう。ダメ出しを食らいすぎて涙目になりそうだ。

 イリヤさんはため息をついた。


「お前に王室相手の歓待を企画する才能がないのはよく分かった」


「そ、そんなあ……」


「だが、俺が出す案を判定することはできるだろう。アルシーに何代か前のカリスト公が造った野外劇場があるのは知っているか?」


 舞台も客席も石造りの、アルシーの野外劇場は規模が大きく、今でも演劇が行われる。それを目当てに国内外から観光客が訪れるくらいだ。


「はい、もちろん」


「野外劇場で演劇か音楽を上演して、祖父たちに楽しんでもらうのはどうだ? ちょうど、暑さも和らぐ過ごしやすい季節だしな」


 イリヤさんの提案に、わたしはパッと顔を輝かせた。どうしよう。わたしの婚約者は天才かもしれない。

 基本的に、高貴なお方はお抱えの演者に命じ、演劇や音楽を王宮や貴族の館で鑑賞する。観劇や音楽鑑賞は王侯貴族なら当然の嗜みだし、野外劇場なら普段とは違った気分で楽しめるだろう。


「名案ですね! 両陛下や王太子殿下、聖女猊下には貴賓席に座っていただくとして、一般席は領民に開放するのはいかがですか?」


「そうだな。警備の関係もあるから、全席を開放するわけにはいかんだろうが、一考の価値はあるな。それと、雨が降った時の代替案も用意しておかなければならん」


「……また、わたしに考えさせるつもりですか?」


「そうむくれるな。無難に美味い料理を用意して、屋内での上演を楽しんでもらえばいい」


 さらりと言ってのけるイリヤさんに、わたしは心底感心しながら頷いてみせた。

 カリストで暮らすようになる前は、イリヤさんよりわたしのほうが王侯貴族社会に近かったはずなのに、完全に逆転された感じだ。「生まれより育ち」というリュピテールの諺、イリヤさんに限っては真実にかすりもしていないのでは。


「そうなると、どの劇団や演奏家を呼ぶのか考えるのも楽しみですね。最近は観劇もしていないし、音楽も聴いていないから、どんなものが旬なのか分からないのが残念です」


「まあ、祖父は年齢からいって古典的なものがお好みかもしれんが……。セルゲイに訊けば、誰が流行り物に詳しいか教えてくれるだろう」


 さすがセルゲイさん、頼りになる。わたしがかなり浮かれていると、イリヤさんがふと表情を引き締めた。


「もうひとつ重要なことがある。警備のことだ」


「はい。国の重要人物が揃い踏みをなさるわけですから、ものすごく大切な問題ですよね」


 イリヤさんはうしろを振り返り、エヴァリストさんが警衛のためにうしろをついてくることを確認すると、近くの部屋の扉を開けた。掃除中の使用人が慌てて部屋を出ていく。


 イリヤさんは扉を閉めると、腰に下げていた剣を抜き放ち、垂直に掲げた。剣を中心に風の魔法陣が浮かび上がり、中から青い肌をした少女、風の精霊シルフが現れる。わたしはイリヤさんのしようとしていることに気づいた。


 予想通り、イリヤさんはシルフに命じ、部屋中に風の防御壁を張り巡らせる。風の防御壁には防音機能もあるのだ。部屋で大切な話をしていると、聞き耳を立てられた時にまずい。

 イリヤさんはわたしに椅子に座るよう促したあとで口を開く。


「これから大事な話がある。観劇する際の警備の内容についてだ」


 イリヤさんは語り始めた。

 話を聞き終えたわたしはまだ戸惑いを隠せないでいた。次第に決意を固め、確認する。


「……分かりました。警備の要は、わたしということですね」

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