第30話 祭り

 学校から船に乗って専用の船着き場へ着くと、港も町も、人で混み合っていた。

 世間も盆休みな上に今日が夏祭りだというので、そのせいだ。

「どこもかしこも、凄い人だな」

 外出する時は制服でなくてはならないという決まりがあるので、6人共制服だ。

「制服なんてつまらないなあ」

 西條はそう言うが、

「制服だったら着るものに悩まなくていい」

と悠理が、

「迷子になっても見付けやすい」

と沖川が言って、

「何か、予想通りだな」

と均が言い、黒岩と鬼束は頷いた。

 制服を着ている事で、ニコリとされることもあれば、おまけしてもらえることもあるし、カッコいいという目を向けられることもある。

 反対に、睨みつけられることもあるし、ヒソヒソと好意的でない顔で囁かれる事もある。

 何事にも、いい事も悪い事もあるというものだ。

 神社へ行って、揃って手を合わせる。武運長久の御利益があるという神社だ。各々、真剣な顔で祈った。

 死にませんように、勝てますように、家族が無事ですように、彼女ができますように――。

 悠理は、久しぶりの外出だ。春以来、というより、死ぬ前の数か月、休みはほぼ無かったからだ。たまにあっても、出かける気力も体力も無かった。

「今日くらい、門限遅くしてくれてもいいのに」

 鬼束がボソリと言うと、沖川が

「それを言い出すとキリがないからな。ダメだ」

と首を振る。

「夜店かあ。もう何年行ってないだろうなあ」

 悠理も思わず呟く。

(高校――いや、あれはまだ中学生、違う)

「小学生以来?ええ?そんなに行ってない?」

 愕然とした。

「俺もそのくらいかな」

 沖川も遠い目をして言う。

 それに西條は、ポンと手を打った。

「よし、寮で夜店みたいなものを今日は食べよう。コンビニとかスーパーとかで、色々買えるだろ」

 それに黒岩が、ああ、と言う。

「ホットドックとか焼き鳥とかやきそばとか」

「花火もしようぜ!」

「映画も見る?ホラーとかを何本も」

 鬼束と均も目を輝かせた。

「よし、すぐにかかるぞ」

 沖川が腕時計を見てそう言い、全員、即行動を開始した。


 スーパーやホームセンターを回って買い物をし、港へ戻る。

 学校への船が着く場所は、ほかの船とは離れていて、人気は無い。そこのベンチに、島の方を見ながら1人で座る少年がいた。

 関係者以外は船を利用できないが、ここに来るくらいはできる。

 知り合いが特技校にいるのか、誰かと待ち合わせをしているのか、疲れて静かな所で休憩したかったのか。色々と考えられるが、皆、違うと思った。

 姿勢がいいし、鍛えられているし、寂し気な顔付きをしていても、自分達と同じ匂いがした。

 近付くのに気付いて彼が悠理達に目を向けると、表情が揺れた。

「もしかして」

 鬼束が言いかけると、彼は小さく笑った。

「東海特技校の、添島です」

 それに、鬼束は嬉しそうな顔をした。

「やっぱり特技校の!そうだと思ったぜ!」

 どこか皆の間に、連帯感のようなものが生まれる。

 だが、悠理は内心で動揺していた。

(添島?確か、服部先生と原田先生が言ってた、服部先生が噂になりかけた相手が、添島って生徒だったよな。

 え。もしかして、会いに来た?待ち合わせ?それは誰かに見られたらまずいんじゃないかな?未成年者な上に教え子だからなあ。卒業後ならまだしも)

 しかし、言えないうちに、悠理達も自己紹介をする流れになっており、各々名前を名乗っていた。

「夏休みでしょう。ご旅行ですか」

 西條が余所行きの笑顔で訊く。

「はい、そうです」

「うちに来られるんですか、見学とかで」

 沖川が訊くと、添島はどこか悲しそうな顔をして首を振った。

「いいえ。駅前のホテルにチェックインしています。その、知り合いと、一緒に花火大会を見たいと思ってたんですけど。でも、ふられちゃったようです」

 それに均が、ああ、と声を上げた。

「確か隣の市でやるんでしたっけ。今からでも電話したらどうかな」

 黒岩が言い、悠理は、

(余計な事を言うんじゃない!)

と内心で黒岩をののしった。

「うっかりしてるのかも知れませんよ」

(黙れ鬼束!来たら来たで服部先生がヤバイし、来なかったら来なかったで添島さんがハッキリ失恋する!)

「まあ、突然言われても、出られないとか事情があるかも知れないけどな」

(ナイスだ、西條さん!)

「……確かに、もしその相手が特技校の関係者なら、突然連絡貰っても無理だしな」

 沖川がそう言うと、添島は、やや、視線を泳がせた。

 沖川は、花火大会が見えるはずの方向を見ずに特技校の方向を見ていた添島が、何者か察しがついていた。

「メールで花火の写真を送るとかは?

 あ、でも、見えるかな。今から向かっても間に合わないよな」

 均が無難に思える案を出し、やはり難しいかと考え込む。

 悠理は意を決して声をかけた。

「あの、携帯電話のカメラは、かなり倍率はいいんですか」

「月のクレーターまで観察できるっていう触れ込みだったね」

「じゃあ――」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る