第28話 盆を前に

 それは極秘扱いで、設計図などは閲覧できなかったが、コンセプトに関しては、論文として残っていた。

 悪魔と呼ばれるものが現れて、これまでにいろいろな手段で立ち向かおうと試行錯誤して来た。それこそ、ありとあらゆる兵器を。アメリカでは核まで使ったが、結果、通常兵器では通用せず、核を使用したその地域は未だに立ち入り禁止区域として、人類は放棄する事となっている。

 それでゼルカに辿り着いたのは、ゼルカを輸送していた列車を悪魔が襲い、そこにいた滅力を持つ人間がたまたま滅力を発揮してゼルカで悪魔を消滅させる事ができたので、今の、ゼルカで武器を作るというのに落ち着いたという経緯がある。

 それでも、ゼルカの剣で斬りつけても、1太刀で悪魔が滅ぶわけではない。

 そこでその科学者が考えたのが、大量のゼルカにゼロ距離で滅力を通し、悪魔にダメージを与えられないか、というものだった。

 しかしそこで問題が発生する。

 その大量のゼルカをどうやって悪魔のゼロ距離地点へ運ぶのか。

 そして、それだけのゼルカに滅力を通すなら、どのくらいの滅力がいるのか。数人がかりにもなるなら、接近途中で誰かがやられて脱落した時点で不発となってしまうし、ゼロ距離で滅力を通した後も、無事でいられるのか。

 そういった観点から、「夢物語の兵器」としてコンセプトのみが残って終わっていた。

 悠理は図書室でその論文に目を通し、考えた。

「なるほどね」

 悪魔は眷属に囲まれて現れるらしい。眷属をかき分けて接近し、悪魔と眷属の攻撃をかいくぐって大量のゼルカに滅力を通すというのは、確かに難しい。

(俺は、どのくらいのゼルカに滅力を通せるんだろう?)

 悠理はそれを確かめたいと思った。


 写真は見える所にはない。服部は、記憶の中の恋人を見つめた。

 その日、服部は仕事で出動待機当番に当たっていた。恋人の夢香は小学校の教師で、学校にいた。

 まだ眷属が日本には大して現れていない時期で、危険とは思っていたが、それは圧倒的に自衛官の服部の方だというのが共通認識だった。

 しかし、日本第一号の悪魔が、小学校のすぐそばに出現した。眷属は総数350体ほどで、グラウンドで体育の授業をしていた夢香のクラスが第一の犠牲となり、夢香は死亡。

 服部は出動し、そこが夢香の勤め先である事に愕然とした。そして、夢香の不完全な遺体を発見。

 それから服部は、眷属に異常なほどの攻撃性を見せるようになった。身の安全を顧みないほどに苛烈で、隊の皆にも危険を及ぼしかねないとされ、滅力の発現した子供を教育するよう、学校に異動となったのだ。

(夢香。俺はお前の敵もとってやれねえ。情けねえなあ。心底悔しいぜ。

 俺にできるのは、悪魔を滅ぼせる力を持ったヤツを、育てて、悪魔にぶつけるだけだ。生徒にとっちゃあ、いい迷惑だろうけどな)

 自嘲するように嗤い、服部は書類を片付けようと机に向かった。


 沖川は、一応実家に電話をかけた。出たのは、母親だった。

「あ、和臣です」

『ああ、はい』

 どこか遠慮するような声音で母親が応える。

「今年も夏休みは帰らないので」

『そう……忙しいの?元気?』

「はい、おかげさまで」

『年末は帰れるの?』

「帰らないと思います」

『そう……。あの――』

「では、おやすみなさい」

 沖川は電話を切った。

 そして、いつの間にか詰めていた息を、吐き出す。

 眷属に住んでいた地域が襲われた時のことは、今でも時々夢に見る。

 父親は仕事、母親は買い物に出ていて、沖川は妹と2人で家にいた。沖川の父と母は再婚同士で、沖川は父の、妹は母の連れ子だった。

 しかし5つ年下の妹は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」とよく沖川に懐き、沖川も可愛がっていた。

 だがその日、留守番中にサイレンが鳴り響き、避難指示が出た。

 沖川は妹の手を引いて、避難所へと急いだ。

 だが、道はほかの避難民で混雑しているし、眷属は好き勝手に動いて攻撃してくる。避難場所へ辿り着く寸前に広がった眷属に挟み撃ちされたのは不運だったし、眷属の放った鎌のような刃がそばのビルに当たったのも不運だった。

 沖川と妹を含む十数人の頭上からコンクリート片が落下し、沖川の妹は即死。沖川はケガをしたものの、避難場所の救護テントで目を覚ました。

 駆けつけて来た母親は、妹の死に動転したのか、

「何でちゃんと見ておいてくれなかったの!どうでもよかったんでしょ!?」

と沖川をなじった。

 沖川もそれが、ショックからの言葉だとはわかっている。しかしそれ以来沖川は自分を責め続け、母も動揺していたとは言ってもそう言った自分を責め、家族はギクシャクとしたままだ。

 沖川がここに来る事になり、沖川も父親も母親も、どこかホッとしたのは否めない。

 ふと、沖川はカレンダーを見た。

「ああ。お盆のお供え物だけ、送っておこうか。紀香は桃が好きだったな」

 沖川は通販のサイトを開いた。


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