誘いの森 〜 モンスター出没につき 住民は立ち入り禁止 〜

ログイン8 ついに、1km歩きました!!

 ピロピロピロリン!!!


「おぉ!? なんだ、この頭の中に直接響くような音は??」


 視界の大半を緑に染める森の中。静けさが売りと言っても過言ではないこの場所に、高らかと不相応のシステム音が鳴り響いた。驚きのあまり、その場で飛び跳ねてしまいそうになる。


「何のお知らせの音なんだ? 今のは」


 現在開いているマップ画面には何も変化は見られない。相変わらず茶色いシミが取り除かれず、一部分だけ色を取り戻している。だが、改めてマップをよく見てみると、その色の塗り方は明らかに異質であった。


右下に位置するホワイトヴァレットから真っ直ぐに伸びる緑色と青色。それは、そのまま進路方向に色を広げることはなかった。思いつきで筆を倒して滑らせたのだろうか。左方向に突如として切られた舵は、その先に拡がる緑色の群集にぶつかっていた。


 結局、礼央の冒険からくる好奇心が、真っ直ぐ伸びる通りをそのまま進むのを許すはずがなかったのだ。最初の五分くらいは直進した・・だろうか。その先からは、何かに飽きたように、礼央は踵を返すと本道から逸れた道を歩き出した。


「マップ画面じゃないとすると、ステータス画面の方か?」


 右手の人差し指を即座に立てると、そのまま一連の動作を繰り出す。どうやら、二つの画面を同時に出すことはできないようだ。ステータス画面が表示されるのと同時に、音もなくマップ画面は閉ざされる。


「おい・・!! なんだよ、この数字!!??」


 礼央は、ステータス画面のあらゆる数値に目を奪われる。そこに書かれているものは、ほんの数分前とは訳が違っていた。変わっていないのは、付与効果の欄くらいだ。それ以外のものは、全て変貌を遂げていた。


「レベルが・・・44!? まだ何にもしてないぞ、俺は??」


 このゲームのレベルアップ経験値は、最初の方はある法則性がある。初期状態のレベル1から始まると、次にかかる経験値が100。その次に必要になるのが、200そして、300、と言った具合に100ずつ上昇するのだ。もちろん、現実世界の礼央のように、高レベルプレイヤーに近づくと、この法則は適応されない。それでも、初心者でこれらの経験値を集めることは、困難を極める。


「確か・・・初心者が挑める難易度のレイドを倒すと、もらえる経験値が300とかじゃなかった? 別格のスタートダッシュだな」


 レベル:47

 体力 :102

 筋力 :94

 速度 :75

 耐久 :73


 レベル1の時の全てが一桁の能力値に比べると、変わりようが分かるだろう。もはや、このレベルまで来ると、弱いレイドボスなら一人での攻略が可能になるレベルの能力値だ。だが、なぜ急にレベルが上昇したのだろうか。


「なるほど・・・。そう言うことか」


 ステータス画面には、最初見た時にはなかった項目が追加されていた。右上に小さく追加されたそれは、文字のサイズも他のものと比べるとかなり小さい。それが刻んでいた文字は、『歩行距離』。正確に、そこには1kmという数字が表示されている。


「一キロ歩いたら、十万経験値。この付与効果が発動したということなんだろうな〜。能力効果を見た時からぶっ壊れだとは思っていたが、ここまでとはな。俺が、現実で何年もかかってたどり着いたレベルにも、すぐに追いつきそうだな」


 どこか複雑な気持ちが胸に浮かんだが、礼央はそれを飲み込んだ。これからは、こっちが自分の本当の世界になるんだと、言い聞かせたのかもしれない。


「ハァハァハ・・・!!!!」


 静寂な森に溢れる荒れた息。無知とは、時に最大の恐怖となり得る。彼が、元々いた世界はあまりに平和すぎた。だからこそ、彼の心には常に慢心があるとも言えるだろう。この世界で生きていく覚悟を、彼はまだ持っていない。


『誘いの森 〜 モンスター出没につき 住民は立ち入り禁止 〜』




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