歩き続けて辿り着いた世界!!

ログイン1 勉強?恋愛?そんなもの知らねぇ!!

「あれ⋯⋯ ? 今日は、マップの読み込みが遅いな?」


 開口一番に出てきた言葉はこれだった。自宅から、10km離れた高校に自転車で通う男子高校生、高峯礼央たかみね れお。彼は、短く整えられた黒髪を掻き上げると、背中を赤色に染め上げながら、自転車に乗らず一人歩いて下校をしていた。


 なぜ、自転車に乗らないのかって。その答えは極めて簡単だ。それは、彼の右手を見て貰えば一目でわかる。握られているのは、ケースの中で窮屈そうに画面を光らせるスマートフォン。そこに大きく映し出されているのは、灰色の雲をした世界。上空には木製の船が浮かび、地表には全てを流し尽くす濁流が流れる光景。


これは、世界で大流行している位置情報ゲーム、『passengers of NOAH』のロード画面になる。世界観を上手に描写しており、ファンからも好評で、リリース当初から一度も変更されたことがない。それが、誰もいない下校道で場違いのように、明るく照らし出されていた。


 歩くこと。それが、このゲームの醍醐味だ。武器の強化、それにプレイヤーレベルの上昇。全ての経験値は、ユーザーが歩いた距離によってもたらされる。そのため、登下校のこの距離も、せっかくあるのなら有意義に活用するのが、彼の入学した時からの日課となっている。


 じゃあ、歩かずに、自転車に乗った方がより簡単で楽に、距離を稼げるのではないかと思った人もいるかも知れない。それは、無理だ。だって、こう言った類のゲームは、決まって制限速度が課せられているんだ。


徒歩で歩いた速度でしか、距離がカウントされない。それゆえに、彼は早起きをして、自転車通学にも関わらず自転車を押して通学し、下校の時も歩いて帰る。


 そう言うわけで、大体、通学路の10kmを歩くのにかかる時間は⋯⋯ 2時間とかだろうか。真っ直ぐ家に向かって帰るのであれば、もう少し短くすることはできるかも知れない。


「お! 今日は、ここから少し外れた道にある神社で、レイドバトルが行われてるじゃん! ラッキ〜! 昨日は、わざわざ遠回りまでして、レイドをこなしたからな〜。帰り道だと、それをする手間が省けるってもんだ!」


 うん。これが、帰る時間が遅くなる理由だ。この手のゲームは、各地方にある神社などの、知名度の高い建物から、地方に根付いた各建造物などをスポットと位置付けている。ユーザーは、マップ上に現れるスポットに近づき、タップすることでゲームで使えるアイテムなどが手に入れることができるのだ。


 しかし、それだけでは上級者と初心者との区別ができない。なので、このゲームでは、一部のスポットを『敵の巣窟』と定めていて、差別化を図っている。そこでは、強力な敵が一定時間出現し、レイドといった形でその敵を討伐することができるのだ。


「うん? でも、このレイドの敵⋯⋯ 今まで見たことない奴だな。俺が授業を受けているときに、何かアップデートでも来てたのか?」


 今回、彼のゲーム上で指してある場所は、小宅神社。出ている敵は姿を隠し、名前が『???』とマップ上で出ていた。通常では、オークとかが出てくるもんなんだが⋯⋯ 。こう言ったことは、リリースしてからずっとプレイしている彼からしても、初めて見るものだった。


「強いレイドになればなるほど、攻略した時に強力なアイテムを入手できる⋯⋯ 。でも、複数人で倒したらアイテムはランダム分配だもんな〜」


 本来なら、初見のレイドバトルでは仲間を募ることが、このゲームの定石ではあった。それは、挑戦するにしても、挑戦の代償として距離数2kmを必要とするからだ。わざわざ背伸びをして挑んで負けてしまっては、せっかく歩いた2kmを棒に振ることになる。それだけは避けたい。


例に漏れず、彼もこれまでは危険な綱渡りをしてくることはなかった。だが、今目の前に現れている『???』というボスの魅力に、心を奪われていた。ゲーマーの性と言うべきだろうか。いや、彼に限ってはそれだけではない。


 『passengers of NOAH』世界ランキング1位、プレイヤー名 サー・レオルカ。リリース当初から常に一位を守り続けてきた自信が、彼に挑戦しないという選択肢を奪っていたのだ。加えて、彼がこれまで行ってきたプレイスタイルも、大きく影響していた。


 彼が、なぜ1位を維持することができたのか。それは、挑戦するレイド全てをソロでクリアしてきたからだ! 人一倍歩き、1日に25kmを歩くことを日課に掲げ、勉強も恋愛も! 全てを捨ててきたのだ!!!


 その結果。得たものは、世界1位と言う席。その慢心が、彼の挑戦を止めることを許さなかった。


「挑戦してやろうじゃないか⋯⋯ 『???』!!! 俺にかかれば、お前なんてイチコロなんだよ!!」


 レイドボタンをタップして、ポップする『挑戦しますか?』の文字。彼を止めるものは、もはやこの世に誰もいなかった。あったとすれば、突然のメンテナンスくらいだろう。だが、そんなものは起きるはずがなかった。


 だって、これは、このゲームの創造神が生み出したレイドバトルだったのだから。



 

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