尾八原ジュージ

 前田は自他共に認めるゲーマーだったが、あるときを境にめっきりオンラインゲームの集会所で姿を見かけなくなった。

 元々現実よりもゲーム内で会うほうが多いような男である。まさか病気か事故にでも、などと心配になって連絡をとってみたら、幸いにも本人は元気だった。ただ、オンラインゲームは今はやっていないそうだ。中でもやり込んでいたゲームのアカウントを削除してしまったという話には驚いた。

『実は、変な奴に絡まれちゃって……』

 電話越しに前田は話し始めた。


 前田が熱心にプレイしていたオンラインゲームは、砂漠や森などのフィールドを駆け回って巨大生物を倒すというもので、特に難易度の高いクエストでは協力プレイがほぼ必須となる。彼はゲーム内でも、特に上級者が集うチームに属していた。

 その中におかしな人物がいた。仮に「Aさん」とする。

 二十代女性Fカップを自称するAさんは、奇妙なほど勘が鋭かった。たとえば「●●さん今日いないね」などとチャットを交わしていると、「●●さん風邪ですからね」と言う。それが必ずと言っていいほど当たるのだ。気味が悪いという人もいたが、前田自身は「面白いな」と軽い気持ちで見ていた。また、Aさんのゲームの技量はかなりのもので、仲間として頼りにしてもいた。

 Aさんもそんな前田に好意的だった。しかしいつからか、その好意が度を過ぎるようになった。

『ふたりで今のチームを抜けて、新しいチームを作りましょうよ』

 しつこく勧誘してくるようになり、果ては前田と仲がいいプレイヤーに暴言を吐くようになった。会ったこともないふたりが、まるで恋人同士であるかのような話をすることもあった。前田のSNSのダイレクトメールに、Aさんと思しき女性の裸体写真が届いたこともあるという。

 好意も行き過ぎると気味が悪い。元々効率よくゲームを進めたい派の前田にとってはエロ画像もいい迷惑でしかなく、仕方なく個別チャットでAさんを諫めることにした。しかし、説得がまるで通じない。

『私、ダマさん(前田のハンドルネーム)には運命を感じているんです。私には不思議な力があるから、私たちの間に強い絆があるってわかるんです。それに今、私が一日のうち一番お話ししてるのってダマさんなんですよ。もう特別な存在になっているんです。ダマさんにはわかりませんか?』

 終始この調子なのである。

 仕方なく、前田はチームを抜けることにした。Aさんさえいなければ居心地のいい集まりだったのだが、ここまでくると仕方がない。Aさんの行動のせいでチーム内がぎくしゃくしていたこともあり、関係のないメンバーにこれ以上迷惑をかけたくないという気持ちもあった。

(でも最後に1クエスト、行っておくかぁ……)

 そう思わせたのは、今まで世話になってきたチームに対する愛着ゆえだった。

 その日ログインすると、案の定集会所にはAさんしかいなかった。この人もゲームはうまいんだけどな……とその技術を惜しんでいると、突然Aさんが発言した。

『ダマさん、ひとりでチーム抜けるのやめましょうね?』

 あまりにタイミングがよすぎる。ぎょっとはしたものの、その気持ちを見せないように「急に何の話?」と返事をした。

『とぼけないでくださいよ。チーム抜けて私のことブロックするつもりでしょ』

 背筋がゾッと冷たくなった。Aさんは続けた。

『そんなことしたって私たち離れられないんだから。証拠見せてあげましょうか? ダマさん、今古いアパートの二階で一人暮らしですよね。窓に灰色のカーテンがかかってるでしょ。部屋は六畳の和室で、パソコンの前に座ってる。カーキ色のパーカーを着てますよね』

 すべて当たっていた。

 前田は思わず窓の方を見た。言われた通りの灰色のカーテンが、ぴったりと閉まっている。隠しカメラか? しかし、Aさんをこの部屋に入れたことはない。そもそも、会ったこともないはずの人物なのだ。

『まだ私たちの絆が信じられないんですか? これならどうですか?』

 画面に文字が現れた瞬間、首をぐっと絞められた。

「ぐぇっ!」

 前田は思わず尻もちをついた。パーカーのフードを引っ張られた、あまりに生々しい感覚があった。

 慌てて辺りを見回したが、部屋にいるのは彼ひとりだった。玄関や窓も施錠されている。

『フードの中見てみて』

 前田は慌ててパーカーを脱ぎ、フードの中を探った。平べったい、小さなものが指先に触れた。

 爪だった。根元に生々しい肉片と血がこびりついていた。

 前田は悲鳴を上げ、パソコンのコードを引き抜いた。


 その後パソコンを再度立ち上げた前田は、画面を極力見ないようにしながらアカウントを削除した。せっかく育てたキャラクターも、揃えた装備もすべて消えてしまったが、悔いはなかった。ゲーム用のSNSのアカウントも消し、Aさんとつながっていた連絡手段を断った。生爪はその時着ていたパーカーごと捨てたという。

『でもあいつ、ほかのオンゲもやってるんじゃないかと怖くてさ。今はいわゆるレトロゲームばっかりやってるよ。ファミコンとか』

 ネットにつながらないから安心する、と前田は電話越しに小さく笑った。


 それからひと月あまりが経った現在、前田とはまったく連絡がとれない。

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