【第三章 〈死妖狩り〉と始まる僕らの同棲生活】

◇〈死妖狩り〉


死妖狩りクルースニク〉と呼ばれる人たちがいる。

 それは文字通りに死妖を狩る者のこと。

 彼らは多種多様な武具と考え抜かれた智略を使い、人の身でありながら脅威の力を持つ死妖に対処する。時には禁忌を犯してでも、死妖を鎮めんとする。

 元は西方大陸のある民族の中で存在していたハンターたちのことを指し、彼らはパンデミック以前、各地に点々と身を隠すように潜んでいたクドラク(現地では死妖のことを指す)を狩っていたらしい。というのも死妖病が明るみに出る前の死妖は異形、あるいは怪異の一つとして世間一般に認識されていて、そういった怪異を狩る人々は世界各地にいた。当然ながら極東の島国にもいて、それらは祓魔師だとか、鬼狩りだとか呼ばれていた。


 実は出雲家も鬼狩りの一族で、出雲の本家周辺地域は燎原戦役の戦場となるまで非感染者の隠れ里として機能していた。五年前、鬼狩りとして戦うべく家を出ていった姉さんもまさか最後の戦場が故郷になるとは思わなかっただろう。


 そして現代の、あるいは〈終局都市ターミナル〉の〈死妖狩りクルースニク〉と言えば都市内において治安維持を担う準軍事組織である〈守り人ヴェシター〉と双璧を成す若者主体の自治組織のことを指す。


〈死妖狩り〉は〈守り人〉と違い、強力なアニムスを多く持つ第二世代以降同士によるアニムスの研鑽けんさんと発展を促すためランクや順位付けが存在しているらしく、高ランクかつ高順位であればあるほど様々な特待や特典が授与されるという。望が丘学院では一定以上のランクであれば成績にも反映されるらしい。


ムチの代わりに褒賞アメを使ってるだけのていの良い学徒動員では?」

「そんなことないわ、れっきとした競争促進よ。平和を重んじるステキな組織の、ね」

「はぁ。で、僕にも〈死妖狩りステキな組織〉の一員になれと」

「そうよ。やるからには当然トップを目指す。何か質問は?」


 アリシア宅に入居した僕はひとまずシャワーを借りて着替えた後、かなり遅い夕食を取るべくアリシアと食卓を囲んでいた。といっても出てきたのは姉さんが日頃から溜め込んでいたらしいインスタント食品や携帯保存食の山で、僕はその中から『カロリーフレンド(シフォンケーキ味)』なるものを選んで食べていた。口の中が一瞬でパサパサになる。


「質問は?じゃないよ。なんで決定事項かのように話してるのさ」


 僕が口内から奪われた水分を取り戻すべく水を飲みながら言えば、アリシアは謎の銀色パウチから口を離し、「あら」と含みのある声を上げる。


「衣食住すべてを失うことになってもいいなら断ってもいいけど」

「最低限度の健康的で文化的な生活って知ってる?」

「基本的人権のことかしら? ならお返しに言うけど、死人に人権は発生しないのよ」

「僕は死んでない。生者の真っ当な主張だよ」

「残念だけど死妖に対してそれは無駄口よ。

 ほら、死人に口なしって言うでしょう?」


 うすんでみせるアリシアだが、僕はまだ食い下がる。


「入隊試験とかどうするのさ。僕が落ちたら元も子もないでしょ」


 アリシアは呆れたように小さく息を吐く。


「あなた入学説明案内読んでないの? 

 学院ウチに入った時点で全員〈死妖狩りクルースニク〉の学生特殊なんたらっていう控え枠に分類カテゴリされて、怪我や病気等の特別事情がない限りいつでも入隊可能になるのよ」

「なんだそりゃ! 誰でも良いのかよ!」

「当たり前じゃない。終末期以前の企業面接じゃあるまいし、最初から使える人材を選別するんじゃなくて、入れてから使えるように育てていくのが軍隊式なの」

「いま軍隊って言った! やっぱり学徒動員じゃないか!」

「人手が足りないのはどこも一緒ってことよ。

 あなただってそれくらい理解しているでしょう」

「んぐぐ……」


 これ以上の抵抗は無意味なんじゃないかと頭では悟りつつ、やっぱり納得がいかない。


「そもそもどうして僕なのさ。ただの非感染者ニップだよ?

 とてもじゃないけど力になれるとは思えない」

「サヨさんの弟の時点でその言い分には無理があるわね」

「うわ、もしかして天才の家系が全員天才だと思ってるタイプの人?」


 良くないと思うなそういうの!


「ある程度はね。でもたとえ家系や血統を抜きにしてあなたを一個人として見たとしても、私が槍を振るった際の反応を見せた時点で言い訳はできないわ」

「あれは……たまたまだよ」

「つくならもう少しマシな嘘つきなさいってば」


 アリシアはくすりと笑い、僕は肩を落とす。あっという間の決着だった。

 頭をかきむしり、だーっ!と声をあげる。


「わかったよ、やるよ!」

「そう言ってくれて良かったわ。じゃあこれ」


 にこりと微笑んだアリシアは食卓の上に置いてあったクリアファイルを僕の方へと滑らせてきた。受け取りながら尋ねる。


「これは?」

「ここ数ヶ月で連続的に起こっている、通称〈血の遺文事件〉の現場写真よ。

 さっきあなたが体験したのもそう」


 クリアファイルから写真を取り出して見てみれば、アリシアの言葉通りどれも写っている建物の壁やら地面に赤黒い血で文字が描かれている。


「なんて書いてあるの、これ?」

「さあね。ラテン語か何かとは聞いたけど。

 こういった血文字がテロの起きた現場に必ず残されているの。ほら、これとか」


 そう言って差し出された写真には確かに見覚えあるものが写っていた。


「え、これってさっきのスクランブルスクエア?」

「そうよ。ついさっき、私たちがマザーと話している間に鑑識から上がってきたの」

「そんな早く見られるんだ」

「本当なら手間のかかる閲覧申請が必要なのだけど、別れ際にマザーから直接ぶんど……借りてきたわ」

「いやいかんでしょ」


 組織の迅速なフットワークのたまものかと思いきや、じゃじゃ馬娘のマンパワーだった。


「〈終局都市〉に住まう一人として、直面した問題をむざむざ見過ごすわけにはいかないでしょう。と言ったら理解を示してくれたわ」

「理解は示しても納得はしてないだろうな」


 アリシアは意に介する様子もなく、写真を丁寧にクリアファイルにしまい直す。


「差し迫った案件が舞い込んできたり、別の大事件が発生したりしない限りは全力でこの事件を追う事になるわ」

「他に目立った事件は無いの? 連続失踪事件もあるって聞いたけど」


 伊丹さんがぽろっとこぼしていた発言を思い返しながら言うと、アリシアは頷きながらも否定する。


「もちろんそれもある。けど、手がかりが全くないせいで対応のしようがないの。

 そもそも継続的に起きているから連続と言ってはいるけど、一連の被害者に関連性が全く見られないうえ、捜査に進展も全くない」


 一旦息継ぎをして、アリシアは続ける。


「それに比べて〈血の遺文事件〉は手がかりメッセージもあるし、民間人の被害も出てるここ最近で一番大きな事件だから、対応を求められているってわけ。首謀者を捕まえる……まではいかなくてもなにか直接的な手がかりを掴むだけで大きな評価を得られるはず」

「ずいぶんやる気なんだね」

「当たり前じゃない。そう言うイザヤはやる気がないのかしら?」

「そんな事ないよ。流石に野宿はしたくないし」


 僕が先ほどのやりとりを引き合いに出すと、アリシアは困ったように片眉を下げる。


「あんなの冗談に決まってるじゃない。

 もし断られていたら他の手を使って籠絡ろうらくさせるつもりだったわ」

「どうだか」

「本当よ。長く付き合っていくんだから、仲良くしたいもの」


 そう言うとアリシアは身を乗り出し、僕に顔を近づけてくる。


「嘘だと思うなら私の眼を見て確かめてみて?」

「ちっ、近い近い」

「近くないと見えないでしょう」

「それはそうだけど……」


 そらした視線をおずおずと戻せば、すぐそこには長い睫毛まつげの乗った瞳があった。


「ふふ」


 柔和にたわむ真赤の虹彩を持った瞳は宝石のように煌めいて、幻想的な美しさを秘めていた。あまりに綺麗なので気恥ずかしさよりも希少品を尊ぶような気持ちの方がまさって、ついじっと見つめてしまう。

 ――そういえば、アリシアの眼の色が変わったのはなんだったんだろう。

 僕が出雲サヨと名乗った時、激昂したアリシアの眼は冴える蒼色に光っていた。

 それに次ぐようにして起こった不思議な現象。あれらはいったい――

 けれど、僕がその疑問を口にするより先にアリシアが視線と顔を離してしまった。


「……つまらないわ」


 頬杖で横顔を隠した状態でそんなことを言い出したアリシアに僕は首をかしげる。


「つまらない?」

「思ったより照れてくれないんだもの。

 私ばっかり恥ずかしい目にあって……不公平よ」


 ぼやくアリシアの横顔を見つめれば、髪の中から赤く染まる耳が覗いていた。

 別に恥ずかしくなかったことはないのだけど、それを言うのはもっと恥ずかしい。

 どう返したものかと考えていたら、それより先にアリシアが席を立った。


「私もシャワー浴びてくるわ。寝るならサヨさんの部屋を使って。

 階段上って突き当たりの左側にあるから。トイレは右ね」


 一息にそう言って、空になったパックをダストボックスに入れてリビングを出ていく。

 後に残ったのは保存食の山と僕。代わりにやってきたのは無音と静寂。

 僕はもそもそとカロリーフレンドを食べ終えると、ゴミを捨てるべく立ち上がってぼんやりと室内を見回した。

 内装は全体的に統一された白。清潔感はあるけれど、ともすれば浮世離れした雰囲気になりそうなチョイス。

 けれど、そこかしこにある落ち着いた色合いの調度品が生活感というか、息づかいや温かみを与えていた。窓際にある観葉植物や写真立ても生活感を出すのに一役買っている。

 存外、と言っていいかわからないけれど、普通だった。別にひどい部屋を想像していたわけじゃない。それでも住んでいた人が人だから何かありそうな気がしていたのだ。

 いて言うことがあるとすれば、


「だだっ広いよな」


 自分が今いるリビング兼ダイニングだって二人ですら持て余してしまうのに、一人で食事を取るとなったらさぞ寂しいことだろう。そんなことを思いながらダストボックスを開ければ、先ほどアリシアが飲んでいた謎のパウチがいくつも入っていた。

 何気なく一つを手に取って表記を読んでみれば、ある予感が脳裏をぎった。


「……まさか」


 隣接されている綺麗なキッチンに大股で歩いて行き、冷蔵庫を開ける。

 果たして結果は想像を裏切らないもので。


「しょうがないな……」


 気づけば僕は学長から支給されたばかりの携帯端末を起動させていた。

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