【第二章 死妖と最後の英雄】

◇死妖と最後の英雄


 ようとは何か。

 死妖とは、死妖病に感染した人のこと。

 より正確に言えば、死妖病に感染してのことだ。


 死妖病――正式名称:TVウイルス感染症【Thousand Variation Virus Disease】は五十年以上前、大陸西部で発生した感染爆発パンデミックにより全世界へ波及した。

 主な症状は心臓機能の破壊。感染率は100%、完全死亡率に至っては66・6%。

 実に感染した人の三人に二人が完全に死亡する恐ろしい病である。

 ここまで聞いて、あなたは首をかしげただろう。

『完全に死亡する』とは?

 言ったはずだ。

 死妖とは、死ねなかった人のことだと。


 残りの33・3%は生命活動停止から約十二時間後、のだ。

 

 ただ復活するだけではない。

 文字通りに破壊された心臓は魔臓アニマとして再組成される。全身の筋組織も作り替えられ、それによって血液運搬効率は大きく上がり、血流速度および基礎体温と基礎代謝の低下、筋力の大幅な上昇が起こる。

 要は身体能力がめちゃくちゃに強化されると思ってもらえればいい。

 そして復活した人は死妖特有の強烈な飢餓きがかんによって他者の体液――つまり血液を求めるようになる。そうして死妖でない非感染者ニップ【Not Infected Person】を新たな感染者にするべく追い始めるのだ。

 飢餓感は(個人差はあれど)禁止薬物ドラッグの依存性の3〜10倍にもなると言われ、血液摂取時のドーパミン分泌量に至っては最大で15倍近くにもなるらしい。

 この飢餓感が死妖病をパンデミックさせた大きな要因だった。

 感染経路は他者からの体液摂取行為によってしか存在せず、感染流行初期に上手く対応できていればパンデミックは十分防げたはずだったのが、そうはならなかった理由だ。

 

 そうして人類の数が激減していくうち、死妖たちはあることに気づく。

 このままでは人間がいなくなる、と。

 人類が罹患りかんしたのはあまりにも簡単に変異するため個人レベルで症状が変わり、解析すらまともに行えない超難病。文字通りに千の症状を持つ病の治療薬ができるより健康的な真人間が絶滅するのが先になるのは火を見るよりも明らかだった。

 死妖が人間の残存数を気にし始めると、まず真っ先に病院の輸血液が狙われた。死妖の血液摂取はなにも人間から直接しなければいけないわけじゃない。だから『人を殺さず血を飲むには』と、わずかばかりの理性を働かせられる死妖なら誰もが辿り着く場所だ。

 けれど、そうした血液が彼らの手に渡ることはなかった。

 飢餓感に耐えられず己の手足をむさぼり始める死妖がいる一方で、飢餓感に鋼鉄の理性で対抗できる死妖もいる。その中に、世を操るだけの力を持っている者がいたとすれば。

 どうなるか、わかるだろう。

 血液は闇市場に流され、高額な値段で取引きされたのだ。

 では次に何が起きるか。

 

 

 

 不味まずい血液は好まれないから、特に先進国の裕福で健康な人間が高値で取引されたという。

 血液貯蔵庫タンクとして、時には死妖病根絶のためと銘打った人体実験の素体として……。

 表では感染爆発という名の死妖による人間虐殺。

 裏では上流貴族たちによる金と欲望の人間取引。

 まさにこの世の地獄と言っていい。事実、死妖とは天国にも地獄にもいけなかった者たちのことであるから、この世が地獄になるのは当然の帰結だったのかもしれない。

 けれど、そんな終末にも善を為そうとする勢力はあった。

『欲望のおもむくままに人間を喰らい尽くすのではなく、保護して安全な生活を保証する代わりに血液を定期的に提供してもらう』

 人間と死妖のパワーバランスが後者へと傾きつつある状況で、そんな相互扶助の関係性を求めた死妖たちは【共存派】と呼ばれた。

 当時、おもだったメッセージを掲げた勢力は他におらず、強力なリーダーがいたこともあって【共存派】はすぐに主勢力となった。

 死妖になったからと言って歩く死体リビング・デッドになったわけじゃない。むしろ身体能力や五感などの物理的強度は比べ物にならず“元より優れた肉体を手に入れた人間”とすら表現できる。だから死妖は非感染者たちと手を取り合える、はずだった。

 そのおごりによるものだったのか――一部の【共存派】は自分たちを次のステージに進んだ新人類、非感染者ニップたちを下等で劣った旧人類とみなし、非感染者は死妖の資源として完全に管理すべきと言い出したのだ。

 当然ながら反発は起こった。けれど意外にもこういった意見は少なく無く、新たに【畜人派】(人間を家畜にする、の意)と呼ばれ、真に非感染者との共存を望む勢力は【親人派】と再定義された。

【親人派】はのちの〈終局都市〉及び終末統合機関ヴィーゲを創設することになるのだが、そこに至るまで【畜人派】と人間を巡る無数の闘争があったという。

終局都市ターミナル〉が建都されてからも【親人派】と【畜人派】は現在に至るまで激しい殺し合い――戦争を行っていた。

 そして直近であった大きな戦争が燎原戦役、というわけである。

 しかも、十五年も続いたその戦役を終わらせたのは非感染者ニップの少女であった。

 けれどその真実を知るのは一握りの死妖のみであり、少女は彼らから《最後の英雄》と呼ばれている。

 

 それが僕の姉さん――出雲サヨだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る