【第一章 〈終局都市〉と新参者】

◇伊丹ミツキという少女


『終わりがあれば始まりがある』なんて言葉があるけれど、あれは詭弁だと思う。

 始まりがあれば終わりがあるのは当然だ。

 出会いがあれば別れがあるのと同じで、物事のおこりには必ず結びがついている。

 だから正確には『終わった後にも続きがある』だと思うのだ。

 なんでそんな話をするのかというと――


 ――――


 四月と言えど夜は肌寒い。特に、今日のような雲ひとつない満月夜の都市内部は。


「ううっ、寒いぃ」


 ホテルから一歩出ただけで、僕はすぐにでもロビー内へ引き返したい衝動に駆られた。

 あの広いベッドと柔らかい布団に包まれて夜襲の恐れなくいつまでも眠っていたい……そんなことを思いながら、夜空にぽっかりと浮かぶ満月を見上げていると、一人の少女の声によって現実に引き戻された。


「あのぉー、出雲いずもサヨさんですか?」


 そちらを見れば、人懐こそうな印象を持たせる垂れ目とウェーブがかった長い紫髪が特徴的な少女と目があった。


「え――そうですけど」


 反射的にうなずくと、少女はパッと笑顔を咲かせた。


「良かったぁ、人違いだったらどうしようかと」

「えと、あなたは……?」

「あ、わたし、伊丹いたみミツキって言います。まざ……ヴィーゲ統括事務総長から出雲さんをヴィーゲ本部まで案内するようにって言われてきました」


 そう言って、伊丹さんはペコリと頭を下げた。


「案内なんてそんな、場所自体はわかってますし」


 だからわざわざしてくれなくても、と言う前に伊丹いたみさんがこほんと喉を鳴らした。


「『万が一、道に迷って面倒な事態に巻き込まれたら困るからね』とのことです」

「今のは統括事務総長の真似ですか」

「です。似てませんでした?」

「いえ、会ったことないんでわからないです」


 どうやらこの人はだいぶな人らしい。第一印象は天然に決まった。


「それにしても、出雲さん……」


 伊丹さんがじっと僕を見つめ、頭のてっぺんから足の先まで見回してくる。なんだ? 

 チェックアウト前、三十分は身だしなみに費やしたから怪しい部分は何もないはず……。

 険しい表情で見つめていたはずが、いきなり表情を蕩けさせて、


「可愛いですねぇ、チューしたいくらいです。してもいいですか?」

「…………アリガトウゴザイマス。ダメデス」


 第二印象、軽い。こんなのが案内役で大丈夫なのか。人手不足なんじゃないだろうな。


「む、今『こんな美人が案内役で嬉しいな、もしかして人手不足なのかな』って思いましたね?」

「美人は案内役につかわされないという謎の偏見は治したほうが良いですよ。

 ……まぁ、人手不足なのかなって思ったのはそうですけど」

「ここはいつでも慢性的な人手不足ですよぉ。

 そうじゃなくて、出雲さんと同い年だから私が役目を負ったってだけです」

「同い年……ってことは、学校も?」

「はい、出雲さんが転入してくる望が丘学院の新二年生ですよぉ。なのでそんな硬くならず友人として気軽に接してください。そんな感じで、とりあえず行きますか!」


 伊丹さんはにぱっと笑い、歩き出す。

 第三印象、悪い人ではないらしい。

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