第5話 聖遺物

 ミリアムから興奮気味に理由を聞かされたケヴィンだが、今一つ納得がいっていないようだった。


「記憶が無いから、世界を救ったなどという実感はないが、オレが偉業を成したって事で敬われる理由があるというのは分かった。

 だが幾ら何でも、神の使徒扱いは行き過ぎじゃないか?」


 その問いを聞いて、まだ興奮状態から戻ってきていないミリアムに代わってマーティンが説明を始めた。


「勿論、それだけが理由ではないのですよ。

 ケヴィン様が眠りにつかれた、その同時期から存在し続けている貴方様の所有物の事が、決定的な理由になっているのです。

 今、ミリアム殿下がお持ちの聖遺物がそれです」

「あの聖遺物が、オレの所有物……?」


 まさか聖遺物と呼ばれる伝説級の代物が、自分の持ち物であったとは。

 ケヴィンはこの先の展開に嫌な予感がしてくるのを止められない。


「はい。何といっても特筆すべきはその不可侵性ですね。

 どんな力自慢が開けようとしても決して開かず、どんな武器を当てても、果ては攻撃魔法に限らずあらゆる魔法を何十発と当てても傷一つ付かなかったそうです。

 そしてどれだけ時が経っても全く状態の劣化が無い。

 その為、この物は既に神の領域に近い物であると、ロムス教会が認めたのです。合わせてケヴィン様の聖人認定が行われた、という経緯になりますね」


 傍目からは大した装飾もない普通の書物のようにしか見えない。

 過去の自分は一体どんな秘密を残してしまったのか、知る事に対しやや及び腰になるケヴィン。

 だが運命とは時として無慈悲なものである。

 ちょうどその時、ミリアムが興奮状態から復帰したのだ。


「はっ⁉ そうでした、大切な事を忘れていました。

 こちら、教会がお預かりしていたケヴィン様の御物でございます。

 返上致しますので、お検め下さい」


 素早く厳かな雰囲気を纏い、ミリアムは手にある書物をケヴィンに差し出してきた。

 しかし、ケヴィンとしては受け取ろうにも体が動かない事にはどうしようもない。

 そこでマーティンを視線を送ると、理解している体で頷いた。


「アマラ、拘束段階を緩めて下さい。ケヴィン様の腕が動かせるくらいに」

「はい」


 マーティンに言われてアマラは手元で何か操作している。おそらく、あれも魔具なのだろう。

 直後、ケヴィンは拘束が緩んだのを感じた。だがまだ腕を動かせるには至らない。


「どうですか~? 腕動きます~?」

「いやまだ動かせないな」

「では、このくらいで~。どうでしょう~」

「……ああ、動かせるようだ。ありがとう……っ⁉」


 何度目かの調整の後、腕を動かせるようになったケヴィン。

 そのまま腕を寝具から出すと、驚愕に目を剥いた。

 表に出したケヴィンの右腕は、手首から先が無くなっていたのである。


「これは……? なんで……?」

「……分かりません。ケヴィン様を発見した時既にその状態であったと、報告を受けております」


 痛ましそうにマーティンが説明をする。

 見ればミリアムやアマラも居心地悪そうにしていた。

 しかしその心配はいささか的外れなものだった。


「い、いや……右手が無い事に驚いているわけじゃなくて……。

 すまん、上手く説明できそうにない」

「……そうですか。あまり気を落とさない事です」


 医師が常識的な範囲で助言をするに留めたマーティン。

 だが、ケヴィンの心境としてはそれどころではない。

 何故ならば、目が覚め拘束されていた状態の時から今に至るまで、ケヴィンの為である。

 今もケヴィンは右手の指を動かそうとして、確かに動いている感覚があるのに、肝心の右手がそこに無い。

 試しに右腕を寝台に押しつけてみても同様。下腕部に接触している感覚はあるが、その先の右手もちゃんと感覚があるのだ。

 記憶の事以上に違和感があり過ぎて、どう考えればいいのか分かっていない状態。

 そのように異常な驚き方をするので、ミリアムが心配そうに声を掛けてくる。


「あの……大丈夫ですか?

 何でしたら聖遺物の件は明日にして、本日はもうお休みになった方がよろしいのでは……」

「……いや、大丈夫だ。色んな事を後回しにすると目覚め悪いからな」


 首を振りながらケヴィンは続ける事を告げる。

 右手の件は今考えたところで答えが出ないことは確実である。

 それならば、今片づけられる問題から着手した方が建設的だと、ケヴィンは強引に思考を元に戻した。

 心配ではあるが、ケヴィンの意思を優先する事に決めたミリアムは、再度聖遺物を差し出してくる。


「では、こちらをどうぞ」

「ああ」


 つい右手で受け取る動作をしてしまい、ケヴィンは一旦首を振る。

 そして改めて左手で手を伸ばし、に触れた瞬間、体の中を雷が駆け巡ったかのような衝撃を受ける。


「なっ⁉ こ、これはああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……」

「「「――!」」」


 ケヴィンは左手で顔を押さえながら、呻き声を上げている。

他の三人は再びの異常さに身構え、特にマーティンとアマラは昨日の出来事の再来かと咄嗟に行動に移そうとしていた。


「まさかまた、暴走ですか?」

「先生! 拘束強めます!」


 その時思わぬところから返答が。


「……いや、いい。……だいじょうぶ」


 他ならぬケヴィンからであった。

 彼は今両手(と言っても右手は無いが)で顔を覆うようにして体を丸めていた。蹲るような恰好である。

 どんな表情をしてるのかを三人からは確認できない。


「……警報は鳴っていないようでしたね」

「あっ、そういえば確かに」


 そこまで考えてマーティンとアマラは緊張を解いた。

 しかしそうなると今この状況は何事かという疑問が湧いてくる。

 三人とも話しかけていいものかと逡巡していたが、意を決してミリアムが話し掛けた。


「あの、ケヴィン様……?」

「……いま……なんねん?」


 何故片言なのだろう。益々分からないと思いながらもミリアムは返答する。


「何年……ですか? 今は統王暦2975年ですけど……」

「……それしらない……しんれきで」

「しんれき……? あ、神暦ですか。それだと、えーと」

「神暦だと4502年ですね」


 ミリアムが答えを悩んでいる間にマーティンが割り込んで答える。

 その顔に笑みが浮かんでいた。どうやら彼は何かに勘付いたようである。

 果たしてその言葉に対するケヴィンの反応は劇的だった。


「うぶぁ⁉ …………さ、さん、ぜん、ねん、も⁉」

「え? え?」

「この状況、なんですかね」

「……ンフフフ、フフッフッフッフフフ――」


 順に。

 さらに沈み込むケヴィン。

 混乱しまくるミリアム。

 同じくよく分かってないが緊張感の無さが気になるアマラ。

 そして推測が確信に至って笑いが止まらないマーティンである。

 

 アマラはマーティンの様子に彼の癖が表に出た事を感じ、問うてみた。


「先生、何か気付いたんですか? でしたら、もったいぶらずに教えて下さいよ」

「――フフ。……そうですね。このままというのもよろしくないでしょう。

 ずばりケヴィン様、……記憶が戻ってますね?」

「え⁉ そうなんですか?」


 マーティンの指摘とミリアムからの確認にケヴィンは、

(こくん)

 と頷きだけ返した。


「わあ~、良かったですね~……ってあら~?

 だったらどうして沈んだままなんでしょう~」

「……そうなんですよね。何故でしょう?」


 目下最大の懸念事項であったケヴィンの記憶が戻ったのだ。

 本来なら喜んで然るべき。しかし当の本人は三人の前で沈んでいる。

 もはや理解不能な状況だった。マーティンだけはこの状況を楽しく見ていたが。

 ケヴィンもこの状況が良くないと分かっているのか、事態を打開する為、意を決して口を開く。


「……これね?」

「はい?」

「これ…………にっきちょう、なの。……オレの」


 ーーーー時が止まった、気がした。

 そして誰かが「ププッ」と吹き出したのをきっかけに。


「……ウクク。ダ、ダメ、我慢できない! アーッハハハハハハ!

 アハ、アハ、アハハハハハ! か、神の使徒の、聖遺物が、日記帳って!

 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

「プッ、ち、ちょっと、ププ、あ、アマラさん笑い過ぎで、クスクスクス」

「ウフフフフフフ、フクッククックックッグ! ゲホッゲホッゴホッ」

「……………………………………………………………………」


 大爆笑である。

 大惨事である。

 恥ずかしさの余り蹲って顔を上げれないケヴィンは、

(オレの代わりにこいつらの記憶無くなってくれないかな)

 と物騒な事を半ば本気で考えていたのだった。

 

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