第40話 百合ヶ峰桜花 #2

「――到着! しましたわ!」


桜花は、両手を天に突き上げて喜びを表現する。

ルナは桜花に続いて車を降りた。


「ずいぶん遠かったね……」


都内から車を走らせること小一時間。

ルナと桜花は、郊外にあるショッピングモールに来ていた。アパレルショップに始まり、レストランやカフェ、フードコート、おもちゃ屋や本屋、果ては映画館まで備え付けられた、郊外特有の「全部入り」モールである。


「無駄に巨大な駐車場! 子供連れ前提の広々店内! 丸一日潰せる充実のショップ! 格安お値段! オシャレを捨て庶民の生活に寄り添った、消費社会の究極系ですわ! 以前から見てみたくて!」

「桜花ちゃんが来たかっただけ説あるね」

「ふふふ……いいでしょう? せっかくなら、わたくしも楽しくないと」


そう語りながら桜花はルナを振り返り、にっこり笑った。


「それに――岩崎さんも、いい顔になって来ましたわ」

「……え? そう……かな」と、ルナは自分の頬を手で触る。

「さ、行きましょう」


と、桜花はルナに手を差し出す。

少しの気恥ずかしさを感じながらも、ルナは桜花に頷き返してその手を取った。





桜花と一緒に回るショッピングモールは、なかなかに刺激的だった。

刺激の主な原因は、お嬢様の金銭感覚と常識の欠如、だったけれど。

たとえばフードコートで食べたクレープがすこぶる気に入ったらしい桜花は、店の権利を買い取ろうとオーナーを呼び出そうとする始末だ。ルナと笠村の静止で何とか諦めたようだったが。


「――まずまずの収穫ですわね」


桜花は満足げに、スキップ混じりの軽快な足取りでルナの前を歩く。

笠村は大量の荷物を抱えて、影のように二人の後ろを着いてきていた。


桜花は、くるりと踊るようにルナを振り返る。


「岩崎さんも、何か買いませんこと? 無理やり連れ出したのですから、代金はお支払いしますのに。わたくしからのプレゼントですわ」

「ありがと。……でも、悪いよ。誘ってもらって、ちょっと気が晴れたし」

「そう? それならいいのですけど……」


そう言いつつも桜花はまだ納得できていないのか、キョロキョロと辺りを見回した。


その時、傍らの小さな人だかりの中心から、カランカラン、と小さな鐘の音が響いた。


「何かしら? あれ」と、桜花が足を止め、その一角を眺めて首をかしげる。

「福引きのようですね」荷物を大量に抱える笠村は、涼しい声色でそう答えた。「モールで一定金額の買い物をすれば、くじを引くチャンスがもらえるとのことです」

「へぇ……」


ルナは景品一覧を眺めて、目を見開く。


「うわ、すごい。一等はクルーズ旅行だって」

「――それですわ!」と、桜花は「ぱん」と手を打ち合わせた。





「ほ、ほんとにあたしがやるの? 桜花ちゃんの買い物でもらった券でしょ?」


と、ルナは福引きの台の前に立ち、不安そうに桜花を振り返った。台の上に鎮座するのは、ガラガラと回して出てきた玉の色で当選が決まる、昔ながらの抽選機である。


「ええ、せめてこれくらいは受け取ってくださいまし」


と答えた桜花は、ちょっと頬を膨らませて視線を逸らした。


「それに……わたくしはちょうど、ですの」

「はは……」


どうやら桜花は、またソシャゲのガチャで爆死したようだ。

資産家・百合ヶ峰家の末っ子である桜花は、その無尽蔵の資金を武器に「出るまで回す」ガチャ戦略でブイブイ言わせていた。ところが最近、親御さんから一ヶ月の課金金額に上限が設けられたらしい。おそらく最近その上限額に達して、欲しいキャラが入手できなかったのだ。


そういうことなら、と、ルナは抽選機のハンドルを握った。





「――だめだったねぇ」


ルナは両手いっぱいにポケットティッシュを持って、モールの休憩スペースにあるベンチに座っていた。

桜花はその隣でぷりぷり怒っている。


「いったい何ですの? あの景品は。二等がベビーカー、三等が釣り竿だなんて。バラバラな上に価格差がありすぎではなくて? これが噂に聞く格差社会という奴かしら?」

「違うと思うなぁ」


苦笑するルナの手には、ポケットティッシュに混じって商品券が握られている。

何度もくじを引く中で二等を当てたものの、ベビーカーをもらっても仕方なかったため、代わりに商品券を受け取ったのだった。


「ファミリー層へアピールしようとした結果、コンセプトが迷走しているのでしょうな」


と、笠村が冷静な分析を挟むが、桜花の怒りはまだ収まらないようだった。


「ここは一等が当たる流れでしょう? ほんとに物の道理がわかっていませんわ」

「一等……クルーズ旅行かぁ。どんなのだろうね」


ルナの呟きに、桜花はキラーンと目を輝かせて身を乗り出した。


「――岩崎さん、やっぱり興味がありますの?」


その圧力にちょっと戸惑いつつも、ルナは素直に頷いた。


「う……うん。船って乗ったことないし、一回くらい、とは……」

「――笠村」

「はい、お嬢様」


と、笠村はスマートフォンを桜花に差し出した。

桜花は画面も見ずにそれを耳に当て、ベンチを立ち、ルナから少し離れる。

しばらくすると電話の相手と繋がったらしく、そのまま何やら話を始めた。


「な、なになに? どしたの?」というルナの困惑の呟きに、笠村が桜花に代わって答える。

「――お嬢様は岩崎様のために、何かをして差し上げたいのです」

「何かって……」

「以前お誘い頂いた、たこ焼きのお食事会。お嬢様はずいぶん楽しまれたようで、あれ以降、お家でも事あるごとにあの日のことを語っておられます」

「……」

「そんな岩崎様の元気がないと、最近は心配しておられたようですから。不器用で型破りではありますが、純粋な気遣いであるとご理解頂ければ……」

「は、はぁ……」ルナは歯切れ悪く頷いた。


ちょうど桜花の電話も終わったらしい。

桜花は通話を切るとルナに駆け寄り、ぐいっ、と顔を近づけて、満面の笑みを浮かべる。


「――!」

「……へ?」

「あの景品写真のクルーズ船……船体の模様で気が付きましたが、うちのグループ企業のものでしたの。直近で空いている日程をすべて押さえましたから、夏休み、一緒に船の旅を楽しみませんこと?」

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