素直になれない地雷系人気アイドルが『最っ高のファンサするから明日のライブ見てよ』とこっそり告白するまで

時雨

素直になれない地雷系人気アイドルが『最っ高のファンサするから明日のライブ見てよ』とこっそり告白するまで

「ねーえ。オタク君」

「なんて?」


 昼休みの喧騒とは場違いな単語に思わず読んでいたラノベが手から滑り落ちた。くそ。今絶対端折れたな。


「んー? 1回言ってみたかっただけだから、気にしないで」


 目の前で机に頬杖をついていた、予想外の人物――西野 初にしの ういは、そんな俺を見てフフッと笑った。そんな表情でも絵になる。今写真撮って、オークションにかけたら50億くらいで売れんじゃないかな。


「オタクに優しいギャルか」

「その通りじゃない?」

「まぁ、その通りだけど……」


 その通りでしかないけどさ。西野がギャルと言えるのかはともかくとして。

 ただ、オタク君は切実にやめて欲しい。呼ばれるたびに色々自覚しちまうじゃねぇか。


「それはどうでもいいんだけど」

「どうでもいいんかい」


 俺のツッコミを華麗に無視した西野は椅子から立ち上がると、ポンと俺の机を叩いた。見れば、なにか置かれている。映画のペアチケット、らしい。


「オタク君、どうせいつでも暇でしょ?」

「どうせって……いやそれよりオタク君って……」

「7月24日、一緒に行こ? 誘う人いなくて困ってたの。夏休み初日でしょ? みんな予定あるみたいで」

「確かに24日は暇だけど……」


 陰キャだからな。日曜に予定なんかないよ。あと夏休みの予定もないな。悲しいかな、友達1人もいないんでね。見事に入学式から3週間、学校休んだせいで。だから今、寂しく教室の隅でラノベ読んでるわけだし。


「良かった。じゃあ、学校の最寄り駅前の噴水に朝の10時集合ね、オタク君?」


 『オタク君』にすっかりハマったらしい西野は勝手にポンポン話を進めると、俺の席から去っていった。向かった先は、輪になって話している陽キャの群れ。違和感なく話に滑り込み、さっそくみんなの注目をさらっていた。


「俺、アイツと映画行くのか……いや待ってほんとなんで俺なんだ?」


 小さな自問自答は、陽キャの笑い声にかき消された。






 西野 初は、間違いなくこの高校で1番有名な生徒である。というのも、彼女が人気アイドルからだ。過去形なのは、今は活動休止しているから。

 彼女がアイドル活動を始めたのは12歳で、デビューして1年でセンターの座を勝ち取った。その後所属していたグループがバカ売れし、人気が最高潮になったところで、なぜか彼女はアイドル活動を無期限で休止した。


 西野 初は、アイドルをしていただけあって、とんでもない美人である。入学式式からしばらくは男子全員が目を合わせられなかったし、女子には色々貢がれている。制服は彼女のために作られたみたいだし、どんなダサい服でも見事に着こなしてしまう。

 あといろいろ派手で、髪は黒色のボブにピンク色のインナーカラー。ついでにピアスの穴も大量に空けていて、本人によると左耳の耳たぶに1個、軟骨ピアスを4つ、右耳は耳たぶに2個、トラガスとかいうところに1個つけているらしい。

 メイクも赤いアイシャドウにキラキラしたグリッターでうるうるした感じを演出している。

 要するに、『地雷系』を地で行く人間なのだ。この格好は、所属していたアイドルグループが"病み感"を全面に押し出してたのも関係してるのかもしれないけど。





「にしても、西野に話しかけられるなんて思ってなかったなぁ」


 放課後になっても信じられず、チケットを家の机の引き出しにしまった。


「いやマジでなんでだ?」


 もう一度呟くも、分かるはずもなく。女子と喋ったことなんてほぼないから分からん。かろうじて妹とは会話するけど……妹だし。


「服とかなに着ていったらいいんだ……」


 本気で分からない。妹――莉々亜に聞いたらいいかな。ついでに喋ったこともない陰キャを映画に誘う理由についても尋ねてみようか。ハハッ。笑えねぇよ。


「だぁぁ。緊張すんなぁ。むしろ俺行っていいのか?」


 ベッドに寝転がる。あんなトップアイドルの隣に俺が並んでいいのだろうか。西野の気まぐれとはいえ。


「まぁ、莉々亜に聞けばいっか……」


 ブツブツ呟いていると、睡魔が襲ってきた。眠気に任せるように目を閉じる。早く24日にならないかな。






「やっべ。寝坊した……」


 けたたましく鳴り響く目覚まし時計とにらめっこ。24日。日曜日。今日は西野と遊びに行く日だ。誘われた翌日に莉々亜に事情を説明したところ、連日服屋を連れ回され、着せ替え人形にさせられた。いつの間にか美容院の予約まで取られてたし、家に帰ってからも夜遅くまで髪のセットの練習やらなんやらをされた。

 莉々亜に誘いを受けていいのか尋ねたが、答えは絶対受けてこいっ! だった。莉々亜曰く、女子は好感のある男しか遊びに誘わないそうだ。西野は俺に、少なくとも興味はあるはずだから、楽しんできなさい。ただし粗相はしないように、と思いっきり背中を叩かれた。けっこう痛かった。


「8時半だから……間に合うことには間に合うか」


 朝ごはんはもう……諦めて。

 あとは莉々亜を叩き起して……莉々亜の分の朝ごはんは作らなきゃ。荷物の用意をして、頑張ったら30分で家出れるか?


「いや、出なきゃな」


 呟くと、ベッドから体を起こした。カーテンの隙間から降り注ぐ日光が眩しい。ぐぐっと背伸びして、自分の部屋から洗面所に向かう。まずは顔洗おうか。






「ギリギリセーフ」


 滑り込むようにして噴水近くに行くと、既に西野がいた。いつもとメイクを変えて、服装もテイストを変えている。胸元にリボンのついた白いブラウスに、ピンクのミニスカート。身バレ防止だろうか。ピアスも外していた。雰囲気は違うけど、よく似合っている。


「セーフじゃないよ、オタク君」

「ご、ごめん」


 確かに女の子待たせてちゃセーフじゃないか。もうちょい早く起きないといけなかった。


「まぁ、別にいいんだけどね」


 謝った俺に西野は背を向けた。


「映画、行くよ…………あと、けっこうカッコイイじゃん、今日の格好」

「あ、ありがとう」


 慌てて西野の隣を歩く。贅沢だけど、緊張するな。なんで来たんだ俺。なんて反応したらいいか分からないし。


「オタク君はさ、なんで今日来たの? やっぱ暇だったから?」


 しばらく黙っていると、ふと西野が口を開いた。こういうとき、会話の上手い人だったらもっと沈黙を減らせるのだろうか。


「暇っていうかなんていうか……普通に楽しそうだと思ったから?」

「ふぅん。オタク君なんて呼ばれてるのに?」

「まぁ、事実だし……」

「ふぅん」


 アニメ、漫画が好きで、ラノベも好き。深夜アニメは欠かさず見るし、ケータイの待ち受けはアニメのポスター。これをオタクじゃなくてなんと呼べよう。あと、単純にもう慣れた。

 俺の返答に満更でもないような表情をして西野は小さく笑う。


「なんでボクに誘いかけられたんだろう、とか思わなかった?」

「それは今でも思ってる」


 なんで話しかけられたのか、なんて自分の中で永遠の謎だ。宇宙誕生の理由よりよっぽど気になる。


「ナイショ」

「え?」

「だから、ナイショ」


 俺の方を見て綺麗に笑う西野は、やっぱり俺のことをからかってるみたいだった。


「そうだなぁ……映画終わったら、教えてあげようかな」

「はぁ」

「ウソウソ。単に仲良くなりたかったから」

「仲良く……」


 一体西野はなにを思って俺と仲良くなりたいと思ったんだろう。こんなことを言うのはなんだけど、映画に行く人なんて誘いたい放題じゃないんだろうか。


「なんで俺なんかと……」


 思わず疑問が口をついて出た。しまった。

 ハッとした顔になった俺に、西野はムッとしたような表情をした。西野にツンツンと頬をつつかれる。大丈夫かな、これ。マスコミにリークとかされないかな。


「自分で自分を否定したらダメだぞ、オタク君。少なくともボクは、オタク君に好感を持っている。理由は禁則事項です……ってオタク君、ほっぺた柔らかいね。気持ちいい」

「……ハルヒ見たことある?」

「……この前見た」


 今度はなんで俺に好感を持ったのか。そこを尋ねたくなったけど、飲み込んだ。かろうじてツッコミだけ返す。やっぱり西野の考えることはよく分からない。オタクをからかいたいだけか、他の理由があるのか。


「もうそろそろ映画の開始時刻だね」

「だな。ていうか今日、本当に俺で良かったのか?」

「うん。むしろ今日はオタク君が良かったかな」


 はぁ、と思わず煮え切らない表情をする。2人でチケットをお姉さんに差し出し、スクリーンへと足を運ぶ。映画は、この時間が一番ワクワクするよな。CMを見てる時間も好き。映画への期待が湧いてくるから。


「緊張するね」

「そうか?」

「この時間はボク、いっつも緊張する」


 西野はスクリーンを真剣に見つめている。理由は、映画が始まってすぐに分かった。


「……西野、この映画に出てたんだな」

「出てた。ボクが活動休止する前の、最後の仕事だった」


 ポップコーンをひとくち。男子とは全然違う、白くてほっそりした手が、暗い映画館の中で光るように見えた。


「自分の映画を見るときはいつも、緊張するの」


 映画の中の西野は、ダンスを踊っていた。廃部寸前のダンスの元に有名コーチが来て全国を目指す、というよくある話だったけど、その中で西野は一際輝いて見えた。人気アイドルまで漕ぎ着けただけあって、オーラがすごい。それに……


「でも楽しそうだよな」

「えっ……?」

「いや、1番その……楽しそうだなって思って。あ、撮影の大変さとか分かってないのに、ごめん」


 一般人の俺には、西野の葛藤も苦労も、なにも分からない。ダンスもここまで上達させるのに相当練習しただろうし。キラキラしたスマイルを常に浮かべて、時には涙も見せて。

 西野は瞬きをして、スクリーンを見つめた。今流れているのは、初めての大会で優勝して、みんなで肩を組んで喜んでいる場面。


「……んーん。やっぱオタク君は最高だね」

「え?」

「ボク今まで、自分で、緊張しぃなのに気づいてなかった。オタク君ボーッとしてるから覚えてるか分からないけど」

「一言余計だな」

「文化祭で、その……ライブ前のボクに、声をかけてくれたんだよ。大丈夫? って」


 そんなこと今まで忘れてた。まさか自分から西野に声をかけるなんて。文化祭マジックで強気になってたのかもしれない。


「今まででっかいステージなんてさんざん踏んできて、緊張なんてしないと思ってた。だって、全校生徒が集まっても1000人もいかないでしょ? だからさ、緊張なんかしないと思ってたんだけど……」


 スっと息を飲む音が聞こえる。


「よく見たら手、震えてたんだよ」


 あぁ。そうだ。はっきり思い出した。小道具係になった俺は文化祭当日、俺のクラスの出し物のダンスの荷物を取りに行ってたんだ。そのときたまたまバックステージに西野がいて、声をかけた。いつもと違う声色と、平気そうな顔をしているのに手が小さく震えているのに気づいて、声をかけた。


「そのとき初めて気づいたの。ボク、緊張するんだって。大きなライブの前だって、きっと緊張してたんだろうな……ボクはそれに気づかなかった。メンバーもマネージャーも気づかなかったのに、オタク君だけが気づいたんだよ」


 こちらを向いてホロりと笑う。自分が彼女にそんな影響を与えてたなんて、思ってもみなかった。


「ボクたぶん、自分の感情を知るのが苦手なんだよね」


 もう一度西野は前を向いた。映画から大きい音が流れていて、その音で俺たちの会話はかき消されている。


「だからたぶん、アイドルには向いてるの。自分の感情に捕らわれないから、切り離して演じることができる。本当はボク、メンヘラとかでもないけど、それっぽくもできるし……」

「なるほどな」

 

 西野の話は確かに納得がいった。確かに西野は病んでる感じがしないけど、それを全面に売り出してるし。


「でもオタク君はそんな、誰も気づかなかった私の感情に気づいてくれたんだよ」


 映画はいつの間にか場面が切り替わっていた。クライマックスももうすぐかもしれない。


「ありがとう、オタク君」


 そこは本名が良かった、なんてツッコミは野暮だろうか。俺は西野のきらめく横顔を見た。アイドル活動を休止してから初めて見た笑顔。本当に、本当に好きで、本気なんだろうな。


「西野。頑張れ」


 小さな声は果たして西野に届いただろうか。映画が終わったあとに小さく頑張るねって言ってくれたから、聞こえたかな。


 その日、西野の「今日は楽しかった」という一言で俺たちは別れた。





『今からオタク君の家行っていい?』


 そんなメールを俺のスマホが受信したのは、遊びに行ってから1ヶ月経ったある日のことだった。終わらない夏休みの課題と格闘していた俺は内容に目をひん剥いたが、俺が向かう、と送れるくらいの余裕は残っていた。毎年格闘してるからな。もう慣れたもんよ。


『いや行きたいから行く。オタク君どうせ、宿題終わってないでしょ?』


 なんで分かるんだろう。ケータイの前で首を捻る。


『こんな時間だと危ないし』

『お兄ちゃんに送ってもらうから大丈夫』


 ここまで言われたら断れない。お願いします。住所と共に書いて、椅子にもたれた。休みが終わるまでまだ1週間あるし。1週間全力で頑張ったら大丈夫なはず。


 ブォォォォ、とバイクの排気音が聞こえてきて、椅子から立ち上がる。窓から様子を見ると、西野が手を振っていた。バイクは来た道を戻っていて。急いで外に出る。


「こんな遅くにごめんね」


 玄関前で小さく手を合わせた西野に首を振ると、彼女は少し笑った。


「オタク君。あのね、ボク、もう1回アイドルすることにしたの。本気でね、アイドルのこと好きなんだなぁって気づけたから。オタク君のおかげで」


 照れくさそうに頬をかく。


「そ、それでさ。明日初めて、ライブやるの。明日から、またメンバーに戻るの。だからさ……」


 まるで西野の視線に、絡め取られるようだった。目が合った瞬間、花火が弾けるような、そんな感覚がした。


「1回、ギュッてしてほしいな…………ほら、ボク、案外緊張しぃみたいなんだよね?」


 いたずらっぽく笑う彼女は、まだ俺をからかっているのか、それとも……


「ね、黒鈴くろすずくん?」

「わ、かった……明日のライブ、頑張って」


 ギュッと握った先は……西野の手。

 西野の、赤みの残った頬と耳を気にしないようにして。心臓が爆音を立てる。


「手かぁ」


 西野はちょっと残念そうな顔をしてるけど、これ以上はできない。手を握るだけで、もう心臓が壊れそうなんだ。


「うん。俺にはこれしかできないよ。頑張って」


 そもそも西野にとって、俺はただの知り合いだろう。そう伝えると、西野はそっぽを向いた。


「ういって呼んでよ。黒鈴君が嫌なら、ボクと2人きりのときだけでもいいから」

「なんて?」

「あぁもう。ナイショ。はい。ナイショ」

「分かった、うい」


 ナイショナイショと繰り返す彼女にいたずらっぽく言ってみる。いつまでもからかわれっぱなしにされるわけにはいかない。


「だぁぁぁぁ、もうっ。オタク君のくせに」


 恋なんて経験したことがない。こんな気持ちになったことなんてない。だから、これが初恋だと断言できる。

 たった数回しか話したことがないけど。相手は国民的アイドルだけど。


「それで、どうやって帰るの?」

 

 尋ねると、彼女はしら〜っとシラを切った。


「お兄さん呼ぶの?」

「あ、あの、黒鈴くん。その、あの、こんなお願いまでして悪いんだけど……」

「なに?」

「一緒に喋りたいから、送ってくれない?」


 ムズムズした感覚に任せて、自転車を引っ張り出す。たぶん西野の家、こっからけっこうあるよな。明日西野はライブなのに、夜更かしさせるわけにもいかないし。


 後ろに乗るよう勧めれば、西野は素直に従った。

 自分がこんな青春を経験するなんて思ってもみなかったなぁ、と苦笑する。背中に暖かい重みを感じたまま、俺は自転車を漕いだ。夜の生温かい風が気持ちいい。


「ねぇ。黒鈴くん」


 後ろから道案内をしていた黒鈴が、少し微笑むような、そんな気配がした。


「明日、テレビ見ててよ。最っ高のファンサするから。楽しみにしててね」


 心臓がまた、大きく跳ねた。

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