地獄の鬼ごっこ

「あははははっ」


「あははははっ」


 海で二人の女性の笑い声が響き渡る。

 激しい水飛沫とともに。


「『ウォーターバン』」


 エリザが魔法を使いソフィアに水をかける。

 いや、かけるというよりはぶつける。


「えいっ」


 ソフィアは両手を海面につけ思いきり振り上げる。

 すると、水柱が立ち自分に飛んでくる水を吸収する。

 掛け声はかわいいけど、威力が怖い


 二人とも海の楽しみ方少し違うよね。


 もう、二人が仲良くなるのは不可能なのかもしれない。


「マルコ、向こうまで泳がない?」


 俺は隣に間を開けて座るマルコを誘ってみる。


「断る。何故、俺が貴様などと」


 やっぱり無理か、普通の方法では。


「ふ〜ん、マルコは俺に負けるのが怖いんだね」


 こんなふうに挑発すれば簡単に釣れる。


「舐めるなよ。貴様なんぞに負けるか」


 マルコが立ち上がる。


 いいね。マルコのそういうところ好きだよ。


 砂浜まで歩きだした、瞬間。辺りが暗くなる。

 どういうことだ?


 海に、砂浜にいた人たちは一斉に顔を上げる。


「……は?」


 誰が呟いたのか分からなかった。


 上を見上げた先には、太陽がなくなっていた。


 空を舞うドラゴンに隠されて。


 ドラゴンの金色の瞳が下の人間を見る。その瞳に感情は宿っていない。脅威として感じていないのだろう。


 俺の魔法で創る龍なんかとは違う。圧倒的な威圧感が体を強張らせる。


 ドラゴンが口をこちらに向ける。

 だんだんと胸を膨らませる。


(嘘だろっ?!)


 ドラゴンブレス。


 ドラゴンの種類にもよるけど、大体は魔力で生成した高熱の炎を吐き出す。


(『障壁、魔力100000』ッッ!!間に合えぇぇっ!)


 周囲の上空に巨大な障壁を展開する。


 一帯に広がりきった刹那、炎が吐き出される。


 しかし、炎は俺の障壁に阻まれ、鎮火する。


 どこからか悲鳴が上がる。

 それにつられて海岸は阿鼻叫喚地獄へとなり変わっていく。


 泣き崩れる者。逃げ惑う者。叫び狂う者。


(まずい、周りがパニックに!これじゃドラゴンを刺激してまた攻撃を……。

 あれ?来ない)


 疑問に思い、ドラゴンを見る。


「ッッ!!!」


 寒気が全身を襲う。手足が震え、頭が真っ白に。おかしくなって思わず口角が上がる。


 金色の瞳が俺の瞳だけを捉えていた。


「マルコ、無駄だとは思うけど避難勧誘をお願い」


「なっ?!まさか囮になるとでも?」


 マルコがありえないと言うように聞いてくる。


 意外と優しいんだよな。知ってたけど。


「そうだね。俺にロックオンしたみたいだし」


「……お兄ちゃん?」


「あなた」


 いつの間にかこちらに来ていたソフィアとエリザ。


 良かった。無事で安心した。


「二人も避難勧誘お願い」


「待って!それじゃあ、あなたが――」


「――行きますよ、エリザさん」


 俺をどうにか止めようとするエリザを、ソフィアが引っ張る。


 ソフィアの表情からは悔しそうな感情が表れている。


「じゃあ、頼んだよ」


 俺は三人に笑顔で手を振った。


(『飛翔、魔力50000』)


 浮遊感を身に感じながら宙に浮く。


 そのままドラゴンの元へ。


 やっぱり、金色の瞳は俺の瞳だけを覗いている。

 まるで、俺を敵だと認めたような。


 まあ、そうなんだろうけど。


 はあ〜、ドラゴンなんてAランク冒険者が複数人がかりで相手する奴だよ?

 ここから引き離そうと思ったけど大丈夫かな?


 でも、俺だけを狙っているのならやりようはある。


 よし、普通じゃないけどドラゴンと鬼ごっこを始めるか。



◆◇◆◇◆◇



「どうして、あのまま行かせたの?!」


 フィンが去ったあと私はソフィア・トレードに言い寄っていた。


 あり得ない。家族でしょ?それに、自分の好きな人なんじゃ。


「私だって一人で行かせたくなかったですよ?でも、私たちがついていってもお兄ちゃんの足手まといになるだけです」


「はあ?」


 ソフィア・トレードの発言に思わず声が漏れる。


 そんな言い方じゃ、まるで……


「フィンが勝てるとでも?」


「当然です。だって私のお兄ちゃんは最強ですから」


 ソフィア・トレードはフィンの勝利を疑っていなかった。


「……私はそっちに行くわ。アンタはあっち、マルコは向こう」


 なんだか心配した自分がバカらしく思えてきた。


 ドラゴンという圧倒的な存在に圧されて冷静な思考ができていなかった。


 ドラゴンが最凶なら、フィンは理不尽。


 私には、フィンの負ける姿が想像できなかった。



◆◇◆◇◆◇



 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!


 めっちゃ怖い。背後からもの凄いスピードで迫ってくるドラゴン。


 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。


 充分引き離したよ?!俺、どうやって帰るの?!

 今帰ろうとしても、たぶん追いかけてくるだろうし!


「ハァッ、ハァッ、ハァッ」


 肺が痛い。初めての空中飛行で呼吸がしづらい。


 肺が限界を迎え、止まってしまう。


『ギュアァァァァァァ!!』


 背後から迫るドラゴンの巨体を間一髪のところで躱す。


 互いに見合って、静止する。


 どうする?体力はない。それに剣ももちろんないから、魔法しか。


 でも、もうすでに魔力は全体の3分の2を切っている。


 ……あ、ドラゴンって言ってしまえばトカゲだよな。


 ならいけるかも。無理なら死ぬ。

 まあ、いけるだろう。なんてったって俺の魔法だけはチートだからな。


(『周囲の気温を下げる、魔力200000』)


 トカゲって寒かったら冬眠したよな?


 周囲の気温が低くなり、どんどん寒くなっていく。

 ……ん?あ、俺の今の格好上裸だった。さむっ。


 だけど、ドラゴンは冬眠状態に入ろうとしているのかフラフラしている。

 そのまま下に落ちていく。


(『風刃、3000』)


 風の刃が飛んで行き、ドラゴンの首をはねる。


 絶命したドラゴンは海に落ちて沈む。


 ああ、終わった。


「へっくしゅ」


 寒い。


 ドラゴンから生き残れた喜びは、寒さによって消された。

 

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