君に愛の言の葉を
櫻葉月咲
1
雲一つない真っ青な空に、煙が緩やかに上へ上へと
今日この日は、幼馴染みの十三回忌。親族らは先に予約していた店へ行ってしまい、この場に残ったのは大和一人だった。
「こんな所でどうしたの?」
ふと、ほど近くから掛けられた声に、大和はビクリと肩を強ばらせた。
(こんな
優しく穏やかで、ともすれば遠くに飛んでいってしまいそうな、そんな声音。それに、どこかで聞いたことがあるような心地よく耳に馴染む声。
幼馴染みの墓がある場所は山深く、都会から車で二時間は優にかかる。
しかし「こんな所で」とはどういうことだろう。
もしかするとこの近くに住む子供だろうか。けれど、ここは山の中だ。近くと言っても、来る途中で見た家は五軒に満たなかっただろう。ならば──。
(いや、そんなはずがない)
自分の中で浮上した予想に、そんなわけがない、と苦笑する。
幼馴染みは、
けれど、意を決して声がした方を見ると大和の瞳は大きく見開かれた。
明るい髪色の少女──亡くなった幼馴染みと同じくらいの年齢だろうか──がじっと見つめていたのだ。
(……は?)
緩やかに編み込まれた髪が、風に乗ってふわりと揺れ動く。くりくりとした大きな瞳を逸らすことなく、こちらをじっと見つめている。
『和音』に似ているという確証は無いのに、大和の本能は『和音』だと言っていた。
「ね、何をしていたの?」
好奇心を抑えきれていない声音で、少女が問い掛ける。
大和から十メートルほど先に居るだけで、あくまでも本人の口から聞き出そうとしているかのようだ。
「あー……えっと」
「うん」
「……オレ」
もだもだと年甲斐もなく手をこまねき、反射的に顔を俯かせる。その拍子で掛けていた眼鏡がずり落ちそうになった。
「大丈夫、ゆっくりでいいから」
いやに近くで声が聞こえたかと思えば、ぽんぽんと優しく大和の頭を撫でてくる。
その手は温かく、もう居ないなんて思えなかった。
◆◆◆
ジーワジーワ、ミーンミーン。
外ではこの季節特有の蝉たちが、これでもかとうるさく大合唱を奏でている。それも相まってか、はたまた扇風機一台という環境が悪いのか。
「暑い!」
言いながら、大和はゴロリと横になった。
手に持っていたシャーペンをポイと投げ捨て、ひとつ大きく伸びをする。
「確かに暑いけど、何も寝転ばなくても」
小さなテーブルを挟んだ向かい側にいる
その首筋には、うっすらと汗が
和音とは幼稚園からの幼馴染みだ。
「それもこれも夏のせいだ」
やおら引き締まった表情をして、大和は起き上がる。
──そう、夏のせいだ。
暑いのも、宿題がたくさんあるのも、今大変な思いをしなければならないのも。
「……まぁた始まった」
自分の世界に入り込んだ様子の大和に、和音は先程よりも心底呆れたというような声音で言った。
「仕方ないだろ、夏なんだから」
「まぁ……ね。でも、それはそれで冬になったら『冬のせいだ』って言うんでしょ」
「うっ」
和音の指摘にひくりと口が
冬は冬で好きだが、嫌いだ。朝は寒くて布団から抜け出せず、一歩外を出れば冷たい風が吹き荒ぶ。
けれど夏の方がもっと嫌いだった。
この季節にいい事なんて無い。それもこれも宿題が大量にあるせいだ。
夏休みだということにかまけて、新学期が始まる一週間前の今日──和音から「宿題やった?」と聞かれるまで遊んでいたのだ。
言ってしまえば計画性が無いだけだが、大和の持論ではそれはそれ、これはこれという話だ。
「あー……けど、和音とこうやって一緒にいる時間の方が好きだなぁ」
和音の呆れた眼差しから逃れたくて、
「──も」
「え、なんて?」
小さな声音でよく聞き取れなかったが、いたたまれない視線からは逃れられた。
「ううん、続きやろうか。ほら、早くしないと日が暮れちゃう」
そう言って、和音は新しくノートを広げる。
サラサラと滑らかにシャーペンを走らせているが、伏せられた瞳からは感情を読み取ることは出来ない。
けれど、ここで少しの違和感が頭をもたげた。
僅かだが普段の幼馴染みとは違う、と。
(落ち込んでる、っつーかなんつーか)
先程言った言葉が駄目だったのだろうか。どちらにしろ、和音にそんな表情をさせたことに少なからず罪悪感を覚える。
「どうしたんだよ、んなしょげちゃってさ」
大和はテーブルに身を乗り出し、お前らしくない、と言葉を継ぐ。
本当に言いたいこととは違うが、どうか伝われ、と想いをのせる。
「大和は優しいね。……なんでもないから気にしないで」
それまでの重苦しさが嘘だったかのように、和音はニコニコと微笑む。
大和に向けられた表情は、やはり少しの違和感があった。しかし、それも一瞬のこと。
けれど、その一瞬だけ見えた『何か』に怯えるような瞳は嘘じゃないと思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます