デート



 街中の広場の時計の下で、大人しく待っている黒髪の美少女に大きな声で声をかけた。


「ごめんごめん! 待った?」


 走って来たけど、時計を見れば30分の遅刻だ。待った? って、そりゃそうだろ。


「うぅん、待ってたけど気にしてない。バイトがあったんでしょ? 終わる時間は分からないって言ってたもんね」


「そうだけど……あっそうだ! 待たせたお詫びに今日は奢るよ」


「そんなの悪いよ」


「ふふふ、俺だって稼いどる! 心配しなくていい」


 俺のいった言葉を頭の中でリピートさせても、稼いどる! ってなに? 急に恥ずかしくなってきた。


「勇くん、行こ」

「お、おう」


 愛華は右手を差し出してきた。このシチュエーションの正解は、察しが悪い俺でも分かる。




 二人で手を繋ぎ歩きながらのデートが始まった。


 愛華の柔らかさ、暖かさが手から伝わり、嬉しさと照れくささで、顔が熱くなる。


 チラッと横を見れば、愛華の頬もリンゴ飴みたいに赤くなっていた。


「おっ、お熱いね! デートかい」


 広場の近くで出店カーに乗っているゴリラに話しかけられた。ゴリラが視界に映った瞬間に愛華の手に力が入った。


 俺は愛華に小声で大丈夫だと言い、ゴリラに話しかける。


「ゴリットル先輩じゃないですか。何しているんですか?」


「料理とかできる車を買って、クレープ屋やってんだよ。食べてみてくれや」


「いいんですか? 金は払いませんよ」


「お前それを彼女が居る前で言うか普通」


 はぁ、とゴリットル先輩は溜め息をついた。


「後輩が彼女連れて来る時に金なんか取れるわけねぇだろ。お前は金を払うフリでもやって、俺から受け取りを却下されるまでの一連の流れがあるだろうが」


 そう言うものか。


「勉強になります」


「お前だから言うけど、次からは先輩の顔に泥を塗ったら知らねぇからな。他の先輩にはやるなよ」


「はい!」


「彼女も悪いな、コイツ言わねぇと分かんないから」


 ゴリットル先輩がクレープをさっそく作ってくれる。


 愛華から肩をつつかれる。ゴリットル先輩は誰? と言う視線を貰う。


「あぁ、厳密に言えばもう先輩じゃないんだけど、たまに会うとご飯を奢ってくれる良い人だよ」


 ゴリットル先輩は怪人だが、悪の組織を辞めている。怪人が悪の組織を辞めるのは良くある事だ。


 街には無害な怪人がわんさかいる。だから魔法少女は怪人といっても、すぐさま攻撃したりしないのだ。


 まぁ悪の組織に入っていない無所属の無害じゃない怪人もわんさかいるんだが。


 ただ愛華は先輩後輩と言い合う仲が気になったのだろう。


「そう」


 短い返答。俺が悪の組織でバイトをしていると知ったら、魔法少女の愛華はなんて言うのかな。


「ほい、お前はチョコバナナクレープで、彼女さんにはいちごパフェクレープ。あ、あぁ」


 ゴリットル先輩は俺と愛華にクレープを差し出すと、ちょいちょい手を仰ぎ愛華に向かって話しかける。


「勇と仲良くしてやってくれよ」


「はい」


 ゴリットル先輩の言葉に愛華が透明感のある爽やかな笑顔で微笑む。


 美少女のこの笑顔は反則だ。俺の胸はドキリと高鳴った。



 ゴリットル先輩の店から離れて、ベンチに座る。すると思い出したかのように愛華が目を見開いて、俺と目が合った。


「ッ! そうだ勇くん、剣で戦う試合! 勇くんが出る試合、いつあるの?」


「え? 試合なんてないけど」


「ん?」


 愛華が俺の言ったことでハテナマークを浮かべている。


 たしかに俺は小中と何よりもまず剣に励んできた。それが俺の生きる意味だったのは間違いない。


 中学までは神童と言われ、剣では俺に勝てる奴はいなかった。神童という言葉は、努力を否定する言葉として嫌っていたぐらいだ。


 だが高校に上がって一回目の試合で、この世界の現実を思い知ることになる。


 強い奴が集まる大会の総渡り戦で俺は、一週間かけて0勝32敗と、この大会始まって以来の残念な結果を叩き出すことになった。


 怪人と正義マンには全然敵わなかった。


 中学で相手にならなかった怪人も正義マンも、高校では普通の人では相手にならなくなっていた。


 高校でようやく、俺が普通の人って認識が出来るようになった。ありがたい。


 神童って持て囃したヤツらを殴りたい。世界一の剣豪になると言っていた子供の頃の俺に教えたい、無理だってな。


「おし! 俺の行きたい店、愛華の行きたい店って、交互に店をひやかして時間潰すの、面白くないか?」


 愛華のハテナマークを残しつつ、俺は話を切って、愛華の手を引いた。





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