第16話  契約

 入院中の彼女は、意識不明だった。


 睡眠薬の大量摂取らしい。


 テレビでよく観る彼女は、眠っていても美しい顔をしていた。


「何故でしょう?」


 彼女が、人気絶頂期にあるのは、僕も知っていた。

 このタイミングで自殺?

 疑問を抱いて当然だ。


「あの世界は、いろいろありそうだからね」


 院長が、知ったふうな事を言った。


「ご本人と契約しないと、僕は何も出来ません」


「私では、駄目ですか?」


 彼女の眠るベッドの傍らにいた女の人が、立ち上がった。特別室のカーテンが揺れる。


「どなたでしょう?」


「私、華菜のマネージャーです」


「ご本人でないと、無理ですね」


 僕の中の死神は、自殺者は地獄行きだと、主張してくる。


 しかし、どうしても彼女の立場で、自殺なんてするとは、思えない。


 僕ですら知ってるほど歌が売れ、女優として引っ張りだこだ。


 番宣も無いのにバラエティーにも呼ばれて、賢く受け答える。


「すみませんが、皆さん、この部屋から出て行ってもらえませんか?」


 僕は、彼女の心の中へ、侵入する事に決めた。


 彼女のすぐそばに座ると、額を指で触れた。


「まるでスタートレックのスポックだな」


 これは、仕方なかった。僕自身は、人間なので、死神の持つ力の中でもディープな物を使う事は、簡単ではない。


 彼女の心の表層は、真っ暗だ。意識を失っているからだろう。




 どんどん彼女の心の深いところまで降りてゆく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る