第13話

 夫再誘惑作戦で忙しくしているマナリィが素材集めに奔走している時、以前働いていたターナー商事が良からぬ動きをしている事を小耳に挟んだ。


 その情報を持って行きつけの喫茶店で食事を兼ねてレイシャに相談すると、


「ああ、偽レイシャね。うちの父さんが過去の栄光に縋りたくて打ち立てた企画よ」


「レイシャさん的には嫌じゃ無いんですか? その、自分の偽物だなんて」


「あたしは既にあの会社辞めてるしね。そもそもモデルとして雇われの身だったし。血の繋がりのある親子だけど、経営に口出しする権利までは無いわ」


 特に興味もなさそうだった。

 仕事とプライベートを完全に割り切ってるのだ。

 そんなストイックな性格を見習いたいマナリィである。


「でもレイシャさんに似せても、それはレイシャさんでは無いですよね? 骨格だって違うし、癖だって」


「それはそうよ。でも会社としては急に広告塔に辞められて経営が右肩下がりだから挽回する為にも手段は選んでられないって状況でね?」


「レイシャさんの許可は?」


「あたしに選択肢なんてないわよ。でも周囲はうまいこと騙せてるみたいよ? ほら」


 レイシャの指さした方向には街頭スクリーン。

 そこには偽レイシャのPVが流れていた。

 それを見ていた住民が足を止めてほうとため息を吐いている。


「あの人たちにとって中身は誰だって良いみたいで少し癪だわ」


「モデルなんてそんなものよ。あくまでも宣伝したいのは服の方なんだし。モデルはそれを美しく見せるマネキンなの。服より主張しちゃダメなのよ」


「そんなこと言っちゃダメです。私は、ありのままのレイシャさんが好きだから、仕事を請け負ってるんですよ?」


「そう言ってくれるのはあんただけよ。他の仕立て屋はまず最初に服の機能性ばかり並べ立てるもの。誰が着るかまで考えてないわ。売れればそれで良いのよ」


「そんな寂しいこと言わないでください! またモデルに戻って!」


「戻ってどうするの? 言っておくけどあたしはあんた以外と組むつもりはないわよ? 旦那が戻ってきた後もあたしと一緒に組んで仕事できるの?」


「それは……」


 マナリィは自分がいかに無茶振りしているかを自覚して口籠る。


「嘘。冗談よ、冗談。あとは別にね、あたしははそこまでモデル業にこだわってないの」


「どうしてですか?」


「服を売る手段て本当にそれだけ? もっと他にも色々あるんじゃない? それにモデルに戻って売り込めばあんたも比例して忙しくなるわ。それは嫌でしょ? せっかく戻ってきてくれた旦那様を支えたいでしょうし、どっちみちその道は無理よね」


「じゃあどうするんですか?」


「あんたが広告塔になるのよ。あたしがプロデュースしたって宣伝して、あんたがそれを着て街を練り歩く。それでどうかしら? 主婦がモデルとなって売るのよ。マナリィに似合うなら自分もって飛びつく子は多いと思うの」


「うぇえええ!」


 マナリィは絶句する。

 レイシャの企画は心臓の弱いマナリィにしてみれば酷い無茶振りだったからである。


「そんな恥ずかしい真似出来ません!!」


「そう? 夫は会社で奥さん自慢すると思うわ。鼻高々になった夫は浮気なんか考える余地はないと思うけど? だって家に帰れば自慢の妻が待ってるんですもの。それこそあんたの理想の夫婦生活でしょ?」


「確かにそうですけど、恥ずかしくて死にそうです!」


「我慢なさい」


 ポンと肩を叩く親友の笑顔はそれはそれは眩しいものだった。

 



 そして羞恥心をかなぐり捨てる事数ヶ月。

 夫のハルクが目の色を変えてマナリィに言い寄ってきた。

 レイシャの言った通りに事が運んでいるのは嬉しい反面複雑だった。


「あれ、マナリィメイク変えた? いつもより綺麗だ」


「朝から何言ってるんですか。うちに化粧品を買い足すお金なんてありませんよ」


「う、うん……そうなんだけどさ」


 

 ハルクは初々しい態度でマナリィに見惚れている。

 そして朝食後、我慢できないとばかりに体を重ねた。

 朝からこんなにも求められるなんて思わず、内心ドキドキとした。それでもハルクは夢中になってマナリィを貪った。



「行ってくるよ、ハニー。帰ったら続きをするから。それまで出掛けてはダメだよ?」


「ええ、行ってらっしゃい。晩御飯は精のつくものにするわね」


 疲労困憊のまま、夫を見送るマナリィは効果的面すぎだわとレイシャの戦術眼を内心で空恐ろしく思う。

 同時にこれから体が持つかしらと不安を感じるのだった。

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