第12話

「中途半端……?」


 問いかけの意味がよく分からず、私は彼の言葉を、オウム返しに呟きます。

 フィルは「そうだ」と頷いて、再びじっと、私の顔を見つめました。


 ……私のいた世界には、獣人などという種族は存在しません。

 

 物語の中には出てきましたが、それはあくまで、創作物としての話です。

 当然ながら『それはそういったもの』なのだと、私は考えるまでもなく、ただ受け入れておりました。


 童話の世界では動物が喋り、幻想譚では魔法が使え、異世界には獣の耳と尻尾をもつ人間たちがいたとして、何を不思議に思いましょうか。


 ぼんやりとそう考えてから、私は自分が、未だにこの世界を受け入れられていないという事実に気が付きます。

 今この場に私がいるのは現実なのに、なんとなく、それをお話の中での出来事のように感じていたのです。


 ……いえ、リカルド様から婚約破棄を言い渡されるそのときまでは、もう少し、この世界も現実味を帯びていたように思います。

 今ではまるで、覚めない悪夢を見ているような、そんな心持ちでした。


 本当の私は、もしかすると昨夜見た夢の食虫植物に飲み込まれ、とうに死んでいるのかもしれません。

 いっそ、そのほうが楽なのではないでしょうか……。


「おい、大丈夫か?」


「っ、あ、はい……」


「なにやらぼんやりとして、目の焦点が合っていなかったぞ? 昨日は、ちゃんと眠れたのか?」


「……正直、あまり」


「そうか……」


 声をかけられ思考を戻すと、フィルが私の顔を、心配そうに覗き込んでおりました。

 ふいに伸ばされた手が、私の額にさらりと触れます。


「――っ!? 何を」


「熱はないな。屋敷に着いたら、鎮静作用のある香を用意しよう。……話の続きは、少し眠ってからでいい」


「あっ! い、いえ、ごめんなさい。……えっと、獣人の姿が『中途半端』でしたっけ? そんな事は、誰も言っていませんでしたけど……むしろ、」


「聖女よりも、獣人のほうが優れた存在のように言われたか? ……まあ当然か。あの男は『婿王』だからな」


「むこおう?」


 意味は伝わるのですが、元の世界ではもっと他の言い方があったような……。


「正統な王家の血筋は、王妃が引いているという事だ。偉そうに威張っているが、あれは婿養子に過ぎん」


「そう、なんですか……」


 話の腰を折ってしまった事を、フィルは怒ったりしてはいないようでした。

 ですがやはり、話の主軸が見えてきません。


 ……初めて会ったときもそうでしたが、彼はなんだか、もったいつけて物事を語るのが好きなのでしょうか?

 おそらくですが、ショートケーキの苺を、最後まで取っておくようなタイプの気がします。


「どうしてその、王様が婿だと、聖女が劣った存在のように言われるのが『当然』になるのですか?」


「……正確には、獣の耳も尾もない『人間』が、という事だが」


「それは分かります」


 細かな訂正を述べてから、フィルは足と腕を組み、不機嫌そうに(これは私が、口答えをしたせいかもしれませんが)言葉を続けました。


「教会の連中も一枚岩ではなくてな。……お前が聞かされたであろう『王国の始祖である番と、その祝福をした聖女』の話。これには別の解釈がある。むしろ、そちらが有力説だと俺は考えている」


「別の、解釈……?」


「王家の血筋は『獣人同士の番の子孫』ではなく、『初期の獣人と、聖女の間に生まれた子孫』だという説だ」

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