第3話 伯爵令嬢様


 豪奢な馬車が何台連なってこの田舎街までお嬢様ご一行はやって来た。その様子に私たち使用人は圧倒されていた。

 お付きの人や、暫く滞在するらしいからその荷物、といった事からなんだろうけど。凄いなぁ……


 私たち使用人は出迎えるべく、門の前に一斉に並んでご令嬢が降り立つのを今か今かと待っていた。


 一際豪華で大きな馬車から伯爵令嬢様は現れた。


 その人はとても美しかった。


 可愛いと言うよりは美しいと言うのが当てはまる容姿。出るとこは出てる、ボン、キュッ、ボン! って感じの、男なら誰もが虜になりそうな体つき。

 私は思わず自分の、あまり凹凸のない胸元を見て撫でて、これが同じ女子かと突っ込みたくなる程の違いに笑うしかできなかった。


 体つきだけじゃなく、ご令嬢はお顔も美しく、目は切れ長で大きく、鼻筋はしっかり通っていて高く、唇はふっくらと艶やかだった。しかし、何より驚かせたのは、髪は鮮やかな朱赤、瞳は黒に近い焦げ茶色だったこと。


 この地ではその髪色と瞳の色の組み合わせは忌み嫌われるとされている。それは言い掛かりのようなもので、だからどうなるといったモノではないのだけれど、皆が思わず顔を引きつらせてしまったのは仕方のない事だと言えよう。


 そんな事は知らないとばかりに、ご令嬢は優雅に、しかし堂々と此方へとやって来た。


 すぐに出迎えた皆が頭を下げて、ご令嬢ご一行様に歓迎の意を表した。



「皆様、突然の訪問に快くお出迎え頂き、ありがとうございます。暫くの間滞在させて頂きますので、どうぞよろしくお願い申し上げます」



 そう言ってご令嬢は、私たち使用人にも恭しく頭を下げてくださった。

 なんて美しくて良い方なんだろう……! 皆が顔を赤らめて、美しいご令嬢を見つめるしか出来なくなった。

 

 うん、まずは合格だね! って、何者だ、私は!


 だけど本当に綺麗な人。容姿だけじゃなく、立ち居振舞いもそう。真っ直ぐで鮮やかな朱赤の髪色は、とっても美しい色で、光に当たるとキラキラと自らが光を放って見えるくらい。

 生まれながらのお嬢様って感じ。私とは大違い。でもだからって卑屈にはならないよ。比べること事態が間違ってるんだからね。


 私がお世話をさせて頂くつもりでいたら、伯爵家から侍女も一緒に連れて来られてて、身の回りの世話は何もしなくても問題ないと言われてしまった。それはそれで良かったな。うん。


 男ばかりで、若く麗しい女性に飢えていたこの邸の使用人達は、目の保養とばかりにご令嬢を見つめている。ってか、不敬になっちゃうよ、それ!



「やっぱり、都会のお嬢様は違うねぇー」


「あぁ、あんな美しい人がこの世にいるもんなんだなぁ。すげぇなぁ」


「連れて来られた侍女たちも、みんな洗練されていて素敵だな。はぁー、久しぶりに女の子を見たって感じだよなぁー」


「ちょっと、私も女なんですけど!」


「ハハハ、そうだったわ、サラサも女だったわなぁ! 忘れてた!」


「コイツに性別とかねぇよ。サラサはサラサだ。単体だ。なぁ?」


「なにそれ! どういう意味よ!」


「怒んなって! ほら、ヘレンさんに付いてなくて良いのか? あっちに行っちまうぞ?」


「え? あ、待って待って! ヘレンさーん!」

 


 この邸の事をご令嬢の侍女たちに伝えたり案内したりするべく、ヘレンさんはご令嬢一行様と邸内へと入っていく。私も侍女だからちゃんと紹介してもらわなくちゃ。

 

 走ってヘレンさんの後を追う。その時、何かに躓いたのか、私は派手に転んでしまった。そして転んだ時に何処かに頭をぶつけたのかどうなのか、そのまま気を失ってしまったようだった。


 目覚めたのは自室で。窓から入る光はなく、既に陽が暮れ始めているようだった。



「大丈夫か?」


「え? あ! ヴィル様!」



 私の傍にはヴィル様がいて、心配そうに私の様子を見ていたヴィル様と目が合った。驚いて思わず起き上がろうとして、まだ頭がクラクラするのに気づく。



「無理はしなくていい。頭を打ったようなんだ。痛いところはないか?」


「だ、大丈夫です! すみません、こんな時に!」


「いい。気にするな。軽く頭を打ったようだが問題はなさそうで良かった。だが暫くはゆっくりすると良い。何か食べやすい物でも用意させよう」


「ありがとうございます。でも、それくらい自分で出来ます。今日はお客様もいるから、みんな忙しいと思うので……私のことで手を煩わせたくありませんから」


「無理はするなと言った筈だ。これは命令だ。私の命令は?」


「……絶対です……」


「よく分かっているな。ならいい」



 そう言って、ヴィル様は目尻を2ミリ下げた。それから優しく私の額を撫でてくれてから、颯爽と部屋から出ていった。


 涙がでそうになっちゃう。優しいその手が嬉しくて、だけど切なくて、思わず布団を顔まで上げて、私は少しだけ泣いた。


 


 

 

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